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【禍話リライト】ビニール袋の男のこと

 9月4日に禍話が漫画化された『禍話 SNSで伝播する令和怪談』が発売される。心からお祝いするとともに、書店で予約したいと思う。
 皆さまもぜひどうぞ。
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 昨日の禍話は、先週、先々週の大作で語れなかった短めの話や、視聴者からの投稿を連打する形だった。その中からかなり禍い話を。

【ビニール袋の男のこと】

 現在30代のAさんが最近(令和に)、会社の用事で出張をした。普段ほとんど交流はない部署の先輩Bさんと二人でのことだった。仕事自体は無事に終わったものの、時間は遅く、結局ビジネスホテルでの宿泊となった。
 お互い隣同士の部屋になったものの、Bさんの部屋でささやかな打ち上げをすることになった。Aさんがホテル近くのコンビニでつまみと酒を買う。
「袋はお付けしますか?」
 との問いにも、仕事がうまくいった余韻があるのか、「お願いします」と答えた。
 Bさんの部屋に持参して、二人で乾杯をする。何の気なしに備え付けのごみ箱にビニール袋を捨てた。すると、若干袋の形が戻る微かな音がして、先輩が、ビクッと反応した。それもあまり笑えないような反応だったので、怪訝な目で見てしまった。
 もちろん「どうしたのか?」という意味での視線だったのだが、口には出ないものの、怪訝さが態度に出てしまったようだ。
「あっ、ゴメン。変だろ」
「いえ、そういう意味じゃないんですが」
「俺ね、ビニール袋が苦手なんだよ」
 ビニールアレルギーと言うわけでもないようだが。
「ビニール袋ダメってどういうことですか?」
 いまだに、この質問をしなければよかったと後悔するそうだ。
 先輩が答えた。
「ん~、子どもの時にちょっとね、嫌な体験をして」
 聞くとこういう話だった。

 B先輩が子供の頃に住んでいたのは、■■駅からほど近くの新興住宅地だった。新たに開発された場所で、ほとんどの家には住人がいたのだが、1軒だけ人が住んでいない家があった。他と同じく新しいにもかかわらず。しかも、普通そういう家なら、不動産屋の「売り家」などの看板が付くものだがそれもなく、どうも売っている様子はない。
 小学校の中では、その家には一つだけ鍵のかかっていない扉があって、そこから入れるのだとまことしやかに噂が流れていた。
 ある時、Bさんが小学校のクラスメートから、「その家に探検に行かないか」と誘われた。刺激の少ない生活の中で、一も二もなく承知したのだという。クラスメート何人かで、平日の昼に忍び込むことにした。
 家に入ると、一度にたくさん建てられた住宅だったため、自宅と代わり映えしない。家具もまだ置いてあり、比較的きれいなままだったので、楽しみはなかった。
「何も面白くないな~。帰ろうぜ」
 声をかけると、夕方になっていた。
 おかしい。
 昼ご飯を食べ終わって集合して、すぐにこの家に忍び込んだ。どれだけ遅くとも2時には入っている。しかし、ぐるっと回ってすぐに飽きたので、2時半、せいぜい3時だ。しかし、窓の外に迫る夕闇はどう見ても5時を越えている。
「どこで時間つぶしたっけ?」
「怖い怖い、帰ろう!」
 そう言って、家を出ようとすると、「ガタン!」ともの音がした。
 どうやら2階からだ。探索で、家の中に誰もいないことは確認していたので、一緒に来た誰かが、触っていたもののバランスが悪くて物が落ちたのではないか、それは戻そうーーと言う話になった。
 電気は通っていないので、薄暗い階段を登って皆で二階へ向かう。
「確かここだよな」
 見当をつけた部屋は、二階の一番奥、子ども部屋と思しき部屋だった。閉まっている扉を開ける。部屋の真ん中に子ども用の椅子があって、誰かが腰を掛けている。さっき見たときは、椅子は窓際の勉強机のところにあったはずだ。
 暗いので、顔ははっきり見えない。ただ、男性だということは何となく分かる。
 その家の人だと思ったので、Bさんはとっさにこう言った。
「ごめんなさい。すみませんでした!」
 周りも同じことを思ったのか、それぞれ謝罪の言葉を口にする。男は、その言葉を無視して、ポケットからビニール袋を出して頭にかぶった。
『なんで顔にかぶるの?』と疑問に思う間もなく、男の呼吸が荒くなった。首のところでビニールを結んでいないので、息ができないはずないと思うのだが、口の場所がその形に凹む。その間も荒い息遣いが続く。
 皆で、「うわ~! 怖い怖い」と部屋を駈け出した。
 首のところで絞めていないのに、頭全体にかぶったビニール袋の形がそうなったことも怖かったともいうのだが、大声を出して散り散りに家に帰った。
 翌日、学校で昨日の参加者が額を寄せ合って男の様子を述べたのだが、何の特徴もない。身長は高くも低くもない。太っているわけでも痩せているわけでもない。メガネは掛けていなかった。町ですれ違っても分からないような人だった。
 あとで聞くと、その家に住人はいない。つまり不審者だった。結局自分たちを含む不審者が、別の不審者に会ったというだけの話に落ち着いた。この話は周りの信用できる子どもたちにだけ伝え、怒られるのが嫌で大人たちには黙っていた。

 1週間もしないうちに、野球の大会があった。大人たちが見に来るような隣町との試合だ。一緒に忍び込んだ仲間の中に、野球少年がいた。だから、その仲間全員で見に来ていたという。
「あいつ、こういうところで目立つから女の子にもてるんだよな。だから嫌なんだよ」
 Bさんは、皆で軽口を言い合っていたという。
 野球少年が、バッターボックスに立った。見せ場と言うわけでもないが、やはり目立つ。すると、少し周りを見渡して突然バットを放り出し、関係のない方向へ走り出した。しょうがないので、次のバッターが立って試合は進んだのだが、結局野球少年は帰ってこず、そのまま試合を放棄してしまった。
 次の日も学校を休んでいた。パンを届ける名目で、皆で見舞いに行くと、ベッドの上で震えている。
「お前たちは見なかったのか?」
 大勢の観客に交じって、フェンスの外、道路沿いから見てる人が居た。視線を感じて、そちらの観客を見ると、こちらをまじまじと見ている。しかし、見覚えはない。『もしやスカウトか』などと甘いことを考えていると、やおら男はポケットからビニール袋を出して顔にかぶったのだという。
 しかし、本当にそんな人が居たら周りが放っておかないだろうし、ちょっとした騒ぎになるだろう。だから、皆は「そんな人いなかったよな」と声をそろえたのだが、「いや、絶対に居た」と言い張る。しかし、不思議と顔は思い出せないのだそうだ。
 結局、野球少年はその事件以来内向的な性格になってしまい、スポーツ全般をやめてしまった。空き家の事件以来男を見たのは野球少年だけなのだが、他の連中はインドア派だったので、家とか近くに来ていても気が付くタイミングがなかったのではないかとなった。
 結局、Bさんは高校の時に親の仕事の関係でその町を離れ、疎遠になったのでどうなったのかは分からない。しかし、それ以来ビニール袋がすれる「クシャクシャ」と言う音が苦手になってしまったのだそうだ。

 ここまでB先輩の話を聞いて、Aさんは、「それは嫌ですねぇ」と水を向けた。
「なー、嫌だろう」
 トラウマの話を聞いたので、小学校時代の楽しかった思い出などを聞いたが、穴埋めにはなってないようだった。
 場は盛り上がらなかったが、小学校時代に最寄りの駅で迷ってしまった話などを聞いて打ち上げは終わった。結局、最後まで雰囲気は暗いままだった。
 Aさんは部屋に戻って、「悪いことを聞いちゃったなぁ」と少し後悔をした。子供の頃の話なので、集団幻覚や思い込みかもしれないが、未だに尾を引いていることを掘り起こしてしまった罪悪感を感じた。
 自分のリアクションで聞いてしまったのが少し軽率だった。
 しかし、ビニール袋など街中にあふれているので、そんな経験をしてなくてよかった。と、Aさんは単純に喜ぶ。
 自室に戻ってぼんやりとそんなことを考えていると、のどが渇いてきた。と言って、先ほどのコンビニまで戻るのは少し面倒くさい。フロアの端にあるホテル据え付けの自販機に買いに行くことにした。少し高いが、まぁ仕方がない。
 廊下に出て自販機に向かう途中、二つ隣くらいの部屋の扉が開いていた。ちらりと見ると、中で人が作業をしていた。あまり疑問にも思わず、飲み物を買いに行く。自販機について、小銭を入れ『高いな』と躊躇しながら、ふと思った。
『こんな遅い時間に、部屋で作業をするか? 何か手を動かしていたな」
 記憶をたどると、「クシャクシャ」いう音が聞こえた気がする。ベッドメイキングや掃除などでビニールを使うことはあるだろうが、そんなに音がするだろうか。
 ジュースを手に、自分の部屋へ戻りながら開いている部屋を注意して覗くと、手に黒いビニール袋を持って作業している。服装は従業員のようにも見えるが、フロントで見た服とは違うような気がする。二人組で真面目に袋の中へ何か詰めている。
『今どき黒いビニール袋なんて使うのか?』と思ったものの、業務用のものがないとは言い切れない。しかし、そのまま捨てることもできないのにとの思いが脳内を占める。
 そこまで考えて、ふと考えついたという。
『B先輩の話で、ビニール袋と言っていたが、何色か聞いてなかったな。たまたまコンビニのビニール袋から話が展開したから白いコンビニ袋かと思っていたが、時代のこともあるし黒いあの袋かも』
 そこまで考えて、頭を振って妙な考えを振り張った。ふと、ポケットのスマホを見ると、この自販機への行き帰りの間にB先輩から連絡が入っていた。忘れ物でもあったのかと思ってメールを開くと、
「そういうことだから、よろしく」
とだけ書いてあった。意味が分からない。というか、怖い。
 不意に、『部屋に居ちゃいけないのかな』と思ったのだそうだ。そのまま、携帯と財布だけ持って外に出た。部屋にお金は払っているし、仕事で疲れているにもかかわらず。
 エレベーターに乗って下に行き、ホテルの外へ足を向けた。繁華街に近いということもあって、コンビニなど時間を潰す場所には事欠かなかった。
 不思議と、さっきまで疲れていて寝たかったのだが、外に出た瞬間目が冴えて、眠くはなくなったのだそうだ。『朝まではもつな』とコンビニで雑誌を買い込み、フロントの前の喫煙スペースで時間を潰すことにした。奇妙なことに全然苦痛ではない。
 ホテルに戻って椅子に着くと、携帯が鳴った。B先輩からだ。時間は2時を大きく回っている。出ると、電波が悪くてよく聞き取れない。
 内容は、言っておかなければならないことがあったのだが、言えなかったのは申し訳なかったという意味のことを言っているのだと思うだが、いかんせん電波が悪すぎて聞き取れない。
「〇〇の〇〇が……△△で……」
 飽きずに耳を傾けていて気が付いた。
 電波が悪いのではない。
 多分、ビニール袋をすり合わせている音が間に入っているから、聞き取れないのだ。そのことに気が付いたときに、B先輩がビニール袋をかぶって出電話していないかと思いいたった。思わず、気持ちが悪くて電話を切ってしまった。
 そのまま、同じホテル内に居るのも心地悪く、家を追い出された夫のように近くの公園で日が昇るまで時間を潰したのだという。だんだん回りが明るくなってきて、ベンチでうつらうつらしてしまった。顔を叩いて、目を覚ます。こんなところで寝てしまったら警察の厄介になってしまう。
 明るくなってからホテルに戻る。時間は7時を少し過ぎていた。その後荷物をまとめてフロントへ行くと、「お連れさんは早くに出られましたよ」と教えてもらった。
 あまりに早い出立だが、会いたくはなかったので安心はした。
 気持ちが悪いことがいろいろあったが、部署も全く違うし、毎日会うわけでも今後一緒に出張に行くわけでもない。割り切って、『今回限りの付き合いだ』と思うことにした。
 荷物を持って、駅まで向かって気が付いた。
 その駅が、B先輩の地元■■駅だったのだ。昨日は、別のルートから来たので、気が付かなかったのだが。
 Aさんは、
「トラウマの話、地元の話なんか振らなきゃよかった。もしかして、自分のせいでパズルのピースがはまったのかも」
ーーと話を締めた。
 B先輩がどうなったのかは、意識して知らないようにしているそうだ。同じ会社でも規模が大きければ、そうすることも可能だという。
 思えば、黒いビニール袋で二人組が作業していたのは、B先輩が泊まる部屋の隣ではなかったか。
                             〈了〉

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出典

禍話インフィニティ 第九夜(2023年8月27日配信)

1時間1分20秒〜


※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。


下記も大いに参考にさせていただいています。

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