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【禍話リライト】ラブホの電話

 職場や施設などで独自ルールがあるところには、それなりにいわれがある。因習は、経験則に基づいたものなのだ。
 これは、ラブホテルにまつわる話。

【ラブホの電話】

 Aさんは、ラブホテルの清掃の仕事をしていた。
 そのホテルに直接雇われているわけではなく、派遣会社からの出向だ。
 午前中に出て、チェックアウト後の部屋を急いで直して清掃するのだという。

 そのホテルに入って日が浅いある日、清掃が終わった後にフロント横の事務所へ退勤の挨拶をしたら、年長のスタッフに声をかけられた。
「Aさんは派遣さんだから、あまりそんな機会無いでしょうけど、午前11時ごろに受付の電話が鳴っていても取らなくていいから」
 ラブホテルという形態もあって、フロントに人が常駐しているわけではない。むしろ朝などは、『御用の方はこのベルを押してください』と呼び鈴が置かれていることの方が多い。そういう時に、電話が鳴るという。
「あの、それでいいんですか?」
「いいのよ、どうせそんな時間の電話、碌なもんじゃないし。夜なら別だけど。かなりしつこく鳴ってるけど、絶対出ないでね」
 気持ちが悪いことだし、そもそも客からの電話なのだから出たほうがいいのではないかと思ったのだが、そのことが表情に出ても「きっと回線の状態も悪いし」「その時間はチェックアウトの人ばかりだから」「夜の電話が営業に大事だから」など意味の分からないことを捲し立てられて、そのまま頷いてルールを受け入れた。
 それでも、しつこいクレーマーの人が居て、電話に出ると長引くのだろうと自身を納得させたという。

 ずっとそのラブホテルの清掃を続けていたが、ある日の昼前、仕事が終わってフロント前を通りかかった時に電話が鳴っていた。見える範囲に社員はおらず、事務所に人の気配もない。『この電話のことか』と思って、電話の正面に回ってみた。
 電話の液晶ディスプレイには、
「公衆電話」
と出ていた。てっきり内線かとも思ったが外からのようだ。だから、『イタズラ電話なんだ』と思ったのだそうだ。いつもこれくらいの時間にかかってくるのだろう、と。
 『そのことも言ってくれればよかったのに』と年長のスタッフの顔を思い出したが、そのまま得心して、電話には出ずに仕事を上がった。
 すると、ホテルを外に出てすぐの道路脇に、公衆電話があり、そこで若い女が電話をしていたのだという。
 ホテルの目の前に人がいるとは思わず、面食らってしまった。
 それがついさっきまで居たホテルへの電話だとピンときた。
 しかも、しばらくつながらないと見るや、受話器を置いて、また小銭を入れて電話が壊れるかと思うほどの恐ろしい勢いでダイヤルしている。
 怖いのと勢いに押された感じで、ホテルに戻ると、事務所にはスタッフが戻ってきており、電話が鳴り続けていた。
 もちろん、皆出ようとしない。
「あのー、外の電話ボックスに女の人が……」
「分かってる。分かってるから」
「でも、警察に連絡した方が良くないですか」
 派遣としての微妙な関係の薄さが、その弁を言いやすくしたのだという。すると、いつかAさんに電話に出ないように言ったスタッフが教えてくれた。
「いやいやいや、そういうことじゃないの。今警察に連絡するでしょ、で電話は止まるわね、で、その人に何で電話したか尋ねても本人は『覚えてない』って分からずじまい。それで次は別の人が掛けてくんのよ。今女性って言ったわね、前はおじいちゃんだったの」
「何で!?」
 聞くと、どうせ調べればわかるからと教えてくれた。
 過去5年の間にこのホテルを出て自ら命を絶った人が3人いたという。そのうち2人が、直前にこのホテルに電話してきたのだそうだ。原因はけんかや不倫の露呈ののちの別れ話など様々なのだそうだが、かなりの無念の思いを残して電話をしてきていたことは確かだという。
 そういうことがあってから、この時間に近くを通りかかった人が衝動的に公衆電話から掛けてくるのだという。
「だから、どうしようもないの」
 この話を聞いて、すぐにAさんはこのホテルの清掃を辞めた。
 なぜなら、自分が電話ボックスに入って掛けてしまう可能性もある、と思いいたったからだという。そこを通らずには帰れない道なのだそうだ。

「もし、この電話ボックスが撤去されたら、自身のスマホからかけるのだろうか」というのは、この話を聞いた禍話レギュラーの多井さんの弁だ。もちろん誰も確かめてはいない。
                         〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第二十四夜(2023年12月30日配信)
23:55〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
下記も大いに参考にさせていただいています。


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