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【禍話リライト】なかむらさん

 怪異にはどのようなきっかけで巻き込まれるかは分からない。それが、楽しい飲み会の席の可能性だってある。
 これは、些細な日常に怪異の種が紛れ込んでいた話。

【なかむらさん】

 大学時代に宅飲みをする人は多い。
 普通なら、場所を提供する人やお金を出した先輩はどっしりと構えているもので、後輩が準備するのが一般的だろう。当時大学4年だったBさんの時もそうだった。
 平成の中頃の話。
 Bさんの同級生のマンションが広く、防音もしっかりしていたため後輩たちを招いて飲み会をすることが多かったそうだ。夏なら焼き肉、冬なら鍋をしていた。

 ある初冬の晩、後輩3人、家主、Bさんの5人でその年最初の鍋をすることになった。後輩の一人に料理の上手い子がいて、その子を中心に台所で鍋の準備をしており、家主とBさんはリビングで食器を並べていたという。
 一通り食器の準備も終わり、テレビを見ながらくつろいでいると、後輩の一人が入ってきた。彼は、料理があまり得意ではないので、サポートに回っていて実際、手持無沙汰だった。その彼が中扉を開けてこう言った。
「あの~、何か変な女性が来てますよ」
「女性?」
 Bさんが答える。今日の飲み会は男性ばっかりで、女性など呼んでいない。
「なかむらさんという人が玄関にいらっしゃってるんですけど」
 時計を見ると9時前、訪問販売やセールスとは考えにくい。大家さんや宅配は名乗らないだろう。いろいろ疑問があったが、家主がこう言う。
「そんな人知らないから帰ってもらって」
「分かりましたー」
 そう言って、後輩は再度中扉を閉めて、玄関へと向かう。
 その時に、Bさんはいくつか不自然なことに気が付いた。このことに気付くのに時間がかかったのは、少しアルコールが入っていたからだという。
 まず、基本的に訪問者はインターホンを押すのに、今回はその音が聞こえない事。つまり、いきなり扉をノックしたことになる。
 次に、広めで防音が行き届いていることからも分かるように、結構セキュリティが行き届いているマンションなのだという。だから、オートロックをどうやって抜けていきなり玄関に来たのか。
 最後に、これが最大の疑問なのだが、家主はリビングに腰を下ろしたまま動こうとはしない。なぜ、この男は玄関へ行かないのか。普段からまめな男で、そんなことを面倒くさがって後輩に押し付けるような性格ではない。
 そんなことを考えていると、3度みたび後輩が返ってきた。かなり困った顔でこう口にした。
「すみません。『なかむらさんで分からないなら旦那さんの名前を出したらわかりますかね?』と言い出したんですが……」
「夫婦別姓じゃないなら、旦那さんもなかむらさんじゃない?」
 思わず、Bさんはまともな突っ込みをしてしまった。
「あ、そっかー」
 そのまま、玄関へ向かう。
「何だよ、アイツ。それぐらいわかるだろ。台所でも酒飲んでるんじゃないの?」
 軽口で場を和ませようと、Bさんが家主の方を見ると、ニコリともせず、真顔を玄関へ顔を向けている。
「じゃあ、俺も対応してこようか」
「いや、いいだろ」
 そんなやり取りをしてすこし経つと、「できましたー」と料理上手な別の後輩二人が鍋などを持ってきた。
「おお、できたか。うまそうだ。ん? アイツは?」
 玄関で対応しているはずの後輩がいない。
「あいつ、玄関で扉を開けて話してたんですけど、出て行っちゃいました。用事でもあるんですかね」
 玄関は、台所から見える位置にある。
「待て待て」とBさんは中扉を開けるが、後輩の姿はない。外廊下に出るもいない。皆の最初の待ち合わせ場所だったマンションの1階のエントランスまで見に行ったが、どこにも居なかったのだそうだ。
 とりあえず、部屋に戻ると、「おいおい、始めるぞ」と皆が楽しそうにしている。
「あいつは?」
 Bさんが姿が見えないことを告げると、別の後輩が「私用じゃないですか?」と返した。
「先に食べとこうぜ、あいつの分だけ残しときゃいいんだよ」
と家主はビールを勧めてきた。
「お、ありがとう」
 グラスでうけたものの、釈然としない。なし崩し的に、鍋パーティーは始まり、あっという間に数時間が経ってしまった。
 しかし、その後輩は帰ってこなかったのだという。この晩、Bさんは翌日用事があったため、夜中にこのマンションを辞すことになっていた。他の2人は泊まり込んで徹底的に呑むことになっていたので、かなり盛り上がっている。
 時計を見ると、12時を回ったところだったので、Bさんは帰り支度を始めた。皆もかなりアルコールが入っていたからか、抜け出た後輩に「どうしたんだ」と電話をかけるそぶりもない。
 挨拶をして、建物の外に出る。結構飲んでいたので、酔い覚ましも兼ねて、マンション前の自販機でコーヒーを買う。すぐ外にある大通りに出ると夜風が冷たい。
 すると、通りの車道の向こうに抜け出た後輩が立っているのが見えた。両手をポケットに突っ込んでこちらを見ているので、声をかけた。
「おい! おーい」
 呼びかけたのだが、視線がこちらを向いていないことに気付いた。先ほどまでBさんが居た部屋を睨んでいるのだ。顔が上を向いている。鍋を食べていたものの、両手をポケットに入れなければならないほど寒くはない。
 かなりの大通りで、向こうに渡るのが大変なため、結局Bさんは家に向かうのとは逆方向だったこともあって、後輩には声をかけずに家に帰った。

 翌朝、クリアな頭で考えて、酒に酔っていたとはいえいろいろおかしいところがあると思い当たった。用事を済ませて、大学で会った家主や後輩に、「結局戻ってきたのか」、「なぜ戻ってこないことを気にしなかったのか」などを問いただすも、家主も後輩二人も「うん、うん」「あんまわかんないけど」と気の入れた返事が返ってこず、暖簾に腕押しの状態だ。
 結局、そのままうやむやになってしまった。そのあと、バタバタと大学を卒業し、縁が切れてしまって聞かないまま今に至るのだという。

 数年して、Bさんは、この話を一言多いことで定評のある多井さんにした。
「気持ち悪いね」
「今は全員どうなってるのか分からないんだけど」
「ふーん」
 多井さんは、まだ何か続きがあるものだと思って黙っていた。話の端々から、Bさんが何か伝え忘れていることがありそうだったのだ。
 数分経ったが、進展がなさそうだったので、「また話しそびれてたことを思い出したら、メールか何かで連絡でもくれれば」と言おうと思ったら、Bさんが大声を上げた。
「あ!! あれ!? 何で忘れてたんだ!」
「何です?」
「部屋を出て戻ってこなかった後輩の苗字が『なかむら』だった。何で今まで忘れてたんだろ」
 これを聞いたときに、これまで多くの禍話を聞いてきた多井さんも両腕に鳥肌が立ったという。
「忘れてたんですか」
「うーん。忘れることなんかあるんですかね」
「良かったですね。思い出せてよかったですね」
 と多井さんは場をまとめたものの、ヤバイ話には違いがない。Bさんはその名前をいつから忘れていたのか。
                          〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第四十夜(2024年4月27日配信)
29:25〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいていま……

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