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サードプレイスを探す旅

13日土曜日。朝一で、くどうれいんさんの新刊『コーヒーにミルクを入れるような愛』を本屋に受け取りに行く。たまらず、その足で駅前の喫茶店に入り、パンケーキと紅茶を注文して読みはじめる。パンケーキには和三盆糖がかかっていて、ほんのり甘い。

「群像」の連載をたまに拝読しているので、読んだことのあるものがほとんどなのだけれど、それでも、読むたびに新しい風が吹く。あ~~幸せ!
読みたい本がある週末、これに勝る喜びがあるだろうか?

パンケーキを食べ終えてしまったので移動することにする。なるべく人がいないところがいい。前々から行きたいと思っていた、おひとり様専用の、クラシックが流れる喫茶室(会話禁止)に向かうことにする。

重たいドアを押して入店すると、すぐに階段があり、地下が喫茶室になっている。路面が見えない仕様になっていて、それが今の私にとっては、とても好ましく思える。なんとかメランジェという聞いたことのない飲み物を興味本位で注文。れいんさんの本の続きを読む。

店内にはクラシックがかかっていて、はじめの方は鋭角の形をしたピアノの曲だったので(これは…ちょっと今の気持ちのBGMとしてはきついかも…)と感じたりしたが、ほどなくしてフルートソナタに曲が変わったので安心した。フルートの冷たい頭部管に口を添え、あたたかな息を吹き込み奏でられるその音色は、ひとの呼吸を感じることが出来て、なぜか落ち着く。しかし、そう思うのはフルートだけで、クラリネットやオーボエではまた違った感想になるだろう。

私はクラシックは好きだが、クラシック通ではない。聞いたことはあるけど曲名はわからない、というもののほうが多い。

けれど、本を読んでいる途中で、ものすごく自分のこころに揺さぶりをかけてくる曲があった。この曲は、絶対に聞いたことがある。本を閉じる。耳を澄ます。出だしはフルートとクラリネットの二重奏。そのあとに弦楽器、ハープ。春風をうけて、明るくふくらんだカーテンのようなやわらかさ。ああ、この曲なんだっけ。。ラヴェル、たぶん、ラヴェルだ。店員さんに聞きに行こうか、いや、それはものすごく無粋な気がする。目を閉じて最後まで聞く。カウンセリングの時間が近づいてきたので、店をあとにする。

カウンセリングルームに向かう道すがら、お父さんと幼稚園くらいの男の子2人が手をつないで前を歩いている。子供たちが道端にたまった桜の花弁を両手にすくって、ぱぁっと放る。「さくらのあめだ!」「さくらのあめだ!」

喫茶店で聴いた曲も「さくらのあめ」のようだった。あの時、私のこころはたぶん、喫茶店にはいなかった。

カウンセリング。仕事のことだけではなくいろいろ聞いてもらった。次回の予約をして帰宅。

自分のこころが、ひとりでにどこかに行くような体験。それは、恐怖や怒りによって、こころを壊したり見失ったりすることとは真逆の位置にある。

話は大きく変わってしまうが、私は鳥の中で「孔雀」が一番好きだ。これはかなり小さい頃の記憶で、たしか弟や妹たちが生まれる前の話だと思うのだけれど、なぜか家に孔雀の羽根が一本あった。蛇の目のような大きな黒い丸がてかてかしており、まわりを深緑にふちどられた孔雀の羽根。私はそれが好きで、毎日飽きることなく眺め、この羽根をペンにして、文字をすらすらと書く自分のことを想像していた。しかし、弟妹が生まれ、人間が増えていくその空間の中で、孔雀の羽根の存在はしだいに薄くなっていった。そして、たぶんどこかのタイミングで親が捨てたのだと思う。その羽根のことは、今でもたまに思い出す。

帰り道、喫茶店でかかっていた曲を、あたりをつけてyoutubeで検索する。ビンゴ。やっぱりラヴェルだった。「序奏とアレグロ」。

大好きな本、さくらのあめ、序奏とアレグロ、孔雀の羽根。
私のことを、ひとりでに遠く遠くへ連れて行ってくれるものたちが、これからもたくさん増えるといい。


前回の記事にコメントをくださった方、読んでくださった方、ありがとうございました。とても嬉しかったです。そして、私も他の人のコメント欄におじゃましたりして、noteでの交流を楽しみました。
今週以降、予約投稿で読書記録があがっていきますが、ずいぶん前に書いたものの予約投稿です。文章のテイストが若干異なりますが、もし、読んでいただけたら嬉しいです。

さいごに


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