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「社会」をもう一度信じてみたくなるデュア・リパのポッドキャスト

イギリスに来てから1年、すっかり落ち着いて、楽しく生きています。最近は卒論をひたすら書き続ける日々です。1日なんとか4時間勉強しようとしていますが、この知的労働、なかなかに疲労困憊します。東京で仕事をしているときは余裕で12時間働けたのに……使っている脳が違うんだろうな。

さて、勉強しているとき必ずポッドキャストを流すようにしていて、かれこれ半年くらい続けています。主にファッションの歴史やビジネスに関するトークを聴いているのですが、最近すばらしい番組に出会いました。それは、ポップシンガー、デュア・リパの「Dua Lipa:At Your Service」という番組です。もともとBLACKPINKのジェニがゲスト出演していることから知ったんですが、これがもう本当に面白い!勉強ってある種孤独な作業だけれど、デュア・リパが囁き続けている限り、すごく励まされるんです。

まず何がいいって、彼女の声。やや低めのセクシーなボイスは、もう何時間でも聴いていたいと思える心地良さ。さらに普通のイギリスギャルよりほんのちょっとだけゆっくりめにしゃべってくれます。今IELTSやTOEICのリスニング教材を聞くとそのスピードの遅さに驚きます。それほど、現地のネイティブスピーカー、特に若い女子たちのトークは早い。いまだにグループ会話では苦労しています。だからこそ積極的にイギリス人同士の会話の番組を聴くように心がけていたんですが、中には耳触りがひどく良くない喋り方の人もいて、内容うんぬんの前に聞くに耐えかねない。その点デュア・リパはまず音声の面から言って120点です。

次に強調したいのが、彼女の博識さ。カルチャーだけでなく社会経済にまで興味の範囲が広く、かなりの読書家として知られている彼女は、ゲストが来る前におそらくものすごい量のリサーチをしているな、と思わせる質問力の高さで、深い会話をつむいでいきます。そして語彙も豊かで、言葉の選びかたも適切。こんなふうにていねいに質問してくれたらゲストも安心して身を委ねて話せるだろうなと思うのです。

最も心動かされた点が、その社会的な問題意識の高さです。ゲストに関しては彼女が会いたい人に会う、という観点から選んでいるようですが、バービーやLittle Womenを手掛けたフェミニスト映画監督、Greta GerwigやラッパーのMegan Thee Stallion、2016年にカリフォルニアのLGBTQクラブで起きた銃撃事件のサバイバー、Brandon Wolf、アメリカにいまだにはびこる黒人冤罪に立ち向かう弁護士、Bryan Stevensonといったインテレクチュアルな人々までゲスト層の厚さたるや。難しい問題を扱っていながら、ゲストもデュア・リパもとてもわかりやすい言葉で語ってくれるから、まったく異なる勉強をしながらでも次第に頭に内容が染み込んできます。同じ回を1日に繰り返し5回くらい流すのがおすすめです。そうして聴いていると、ひどい現実にパソコンのキーボードを叩く手が止まったり、ときには微笑みたくなったり、ゲストやデュアが放つ言葉に思わず目頭が熱くなったりしてしまう。

上述した銃撃事件のサバイバー、Brandonの回で、デュアが「これだけおぞましい銃撃事件がアメリカで起きてその度に反対運動が起きるのに、これって一体終わりが来るのでしょうか?」と言葉を詰まらせながら語ったとき、Brandonが「(後退するように見えて)実はこうした活動の積み重ねによってある州では法が改正され始めたりしているんですよ。明日からすぐに銃がアメリカからなくなるとは僕も信じてないけれど、でも着実に状況は進歩している」と。そしてデュアが、「希望をなくすことが最大の敵ですよね」と締める。論文で読んだのですが、アカデミアにいる人ほど、つまり学び続けている人ほど、人権や環境問題に対して希望をなくし、絶望し、鬱になる人が多いほうです。しかしこの絶望してからの逃避こそが状況改善の妨げになる。人は実はショッキングで悪いデータにばかり目を向けてしまいがちだけど、確実によくなっている側面を認めることも大切だなと感じています。

もう一つ心に響いた回は、英国Vogueの編集長(退任が決まってしまいましたが)、Edward Ennifulのストーリー。ガーナからの移民として子供の頃イギリスに来たEdwardが語る、ファッション業界の多様性について。彼が英国Vogueに就任した2017年前後から、明らかにファッション業界でダイバーシティが盛んにさけばれ、向上していったのは記憶に新しいですよね。デュア・リパに彼が語ったのは、「自分がVogueに携わり始めたときは、自分の理想やスタイルと状況はかけ離れていた。ただ僕は、黒人のゲイとして、移民として、自分が見ているような世界をファッション業界で実現させたかった」と。「さまざまな肌の色の人、体型の人、エスニシティ、ジェンダー……そういった、自分が育っていく中で自分を囲んできた多様な人々がファッションに存在することができるようにしたかった」。2018年当時、ランウェイを見て、「黒人やアジア人のモデルが増えた!」とただただ外部者として観察していたわけですが、実はこういった人々の絶え間ない活動の積み重ねがあったこそだったということです。

ゲストに対するデュア・リパのコメントも素晴らしく、ひとつひとつの言葉から彼女がひたむきに「Social Justice」を信じる姿勢が伝わってくるんです。いわゆる日本のエリートの中には「弱者が弱者なのは努力が足りないから弱者である」というディスコースを信じている人が多い。想像力の欠如に呆れる日々でしたが、同じ信念を共有できる友人と、この地で出会えたことは一生の宝だなと思う日々です。デュア・リパ はもちろん友人ではないけれど、彼女の知性に裏付けされた「善」に触れているうちに、もう少しこの世界を信じてみようという前向きな気持ちになれるんです。このような善な女性が、善な信念を持って、トップポップアーティストとして走っている世界を。先ほども書きましたが、勉強すればするほど、知れば知るほど絶望って広がります。また別の回に書くけれど、ファッションの理論や影の部分を学べば学ぶほど、いかに自分が無知で、華やかな部分しか見えてなかったかに気づいて恥ずかしく、同時に希望を失いつつあります。でもやっぱり諦めて、離れるべきではないかもしれない。その先に待っているのはたぶん冷笑的な現実逃避だからです。

こうやってあまりにもデュア・リパのポッドキャストが面白いものだから、聴いているうちにある日突然、たぶん3日前くらいからなんですが、「言っていることが全部わかる!!!」というモーメントが訪れました。この日を待ちに待っていた……。留学してから約1年、ようやく耳の飛躍的瞬間が!デュアのおかげでバッハに到来です。いまだにイギリスアクセントや超高速のギャルたちの英語には苦労していますが、これに関しても希望が見えてきました。とにかくデュア・リパには手紙を送りたいくらいに感謝してます。



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