私、ようやっと日本人になれる!

天皇陛下ご即位に伴うパレード
『祝賀御列の儀』厳かな気持ちで、我が家で拝見してました。

現地にいるみたいな気分で、本気でテレビに向かって手を振っていたら
隣でテレビを見ていた義母も、一緒に手を振ってくれました。
義母は、ちょっと恥かしそうにしてましたが、でも次には力強く振ってました。
テレビの前でも、こんなにも感動して手を振りたくなるのは、天皇皇后両陛下のパワーだと思う。
それは、私達国民の中にある、日本人としての何か深いところで響いているのだと感じた。

心のどこかで、日本国民で良かったと思った。
日本の誇りプライドみたいな、凛とした気持ちがムクムクと立って行くようです。
昔はこんな気持ちは、全く無かった。
どこかで、西洋がおしゃれで、日本に対してよくわからない。好き嫌いの判断以前だった。

でも最近その理由がわかってきた。
そもそも日本に居ながら、日本の事を何も知らないし、興味も持てなかった理由。
それがGHQ政策である。徐々に日本人が日本人でなくなっていく。
そうまでしても、日本人を消していきったかった意志があった。

それから74年。
どの国も、国に対してこんな感覚だと思ってたいたら、
そんな国に対してプライドだったり、尊敬する気持ちが無いのは、日本だけだった事を知った。
また、好き嫌い以前です。判断材料すら持つ事ができないぐらい、国という認識材料になる基準が、そもそも入っていない。
すごい事ですよね。これって自分達の国を、質問されても語れ無い事でもある。
こんなにも国際社会になっているのに、外交どこれでは無い状態が、日本国民の状況である。中には、しっかりとら国民意識を持っている者もいますが、多くの方はこの状態ではないでしょうか。

オリンピックの時には、他国の方から日本の国を、逆に教わる事もありえます。
海外からの方の方が、日本の歴史をよく知ってます。たまにビックリする事があります。

もし、国を点とするなら、点と点が合わさって線を引くのは、この状況ならとうてい不可能です。

この様な自国に対するイメージを持っているのは、世界で日本だけです。
でも、戦後の戦略での結果であるが、これを良い悪いを越えて解析したなら、
この状態事態を、日本人の個性として捉えられます。
個性なら、良い悪いはないのであるから、最大限に活かし伸ばしていくのが大切だと思います。
子育てと一緒です。
どんな子供も大切。それぞれの個性を伸ばしてこそ、その子供が大人になって、
その能力をきっと社会に貢献するでしょう。
ならば、この日本国民が、新たにこの個性をどのように活かしていくかは
国民一人一人と、そん集合意識によって創られる日本人が国を思う意識ではなかろうか。
何か、学校教育を越えた、主体的、自主的な教育の始まりにも感じました。

ネット社会、いくらでも情報を集められます。
義務教育に依存し無い、本来の人間教育の常識が生まれるのでしょう。

ここまできて、改めて日本を初めましての気持ちで向き合っている人は、私だけでないと思います。。
令和の時代に移行し、災害や、日韓問題。そしてオリンピック、など、
最近は日本を意識できる偶然では無く、あえて必然な環境がきております。
日本国民それぞれが、国のイメージを再構築し、再認識する美しいドラマの始まり。
このように思ってるのは、きっと私だけでないだろう。

そのワクワクのドラマの始まりを、きっと今日のパレードを見ていて
私の深い日本人再認識プロジェクトをキャッチして、ウキウキそわそわをしているのを感じました。

そして日本人が日本の事を何故認識しなくなった理由も、このドラマにとって大事である。
そこのストーリは、国を一旦手放す事の大事さにあります。

戦争や、争いの原因であるのは、領土の奪い合いの戦いである。
今の戦いは、国と国との、両国が利益を通して、国の存続を守る争いでもあります。
国を愛し、国を失いたくない、国の存続させたい意志、国を想う気持ちが
争いの原動力にもなります。

ならば日本はいったいどうなんだろう。
日本の国に対する気持ちがぼんやりしている。(GHQ戦略等によって)
何を守り、何を存続させたいのか。軸がほとんど消えかかってます。

今回天皇からの発言で、平和の言葉が多く発信されていました。
日本人がどんな日本を再認識し、改めてどんな日本を見出していくのか。
本当にチャンスな時代である事を感じました。

昔の日本は、しっかりとした教育があったと、最近の日本の歴史を勉強して知りました。
私の教育の中記憶には、入っていないです。
でも納得しているし、どこかで自分の外で聞こえていたものから、だんだん知るほどに、
しった歴史観の事実を大事にしたい心が芽生えてきました。
これが目覚める感覚なのか、知識情報に感じず、自分ごとに捉えられる様になってきたのでしょう。

2000年以上も国を維持するには、強い意志と国に対してのプライドが国民に無かったら存続しません。そのプライドは私たちの中にただ眠ってるだけなんだと、最近知識から、自国の歴史認識の捉え方に変わりました。

その日本が、色々の理由があったとしても、一旦国を置いたのです。
色々な感情はあったでしょう、でもテロ一つもせずに、置いたのです。
侍らしい、国のあり方にさらに感動致します。

そして再びこの国を抱きしめます。
ここに、これからの日本人が、日本国の個性を表す時代が始まるのだと、個人的に確信しています。
そこで
再度国を受け入れて手にする時には、日本人だけの日本ではなく
誰もが、日本国を想う者の手によって、抱きしめられる、そんな国のブランドの様に思えます。

日本の国の天皇は、国民の平和の象徴です。
平和は、全世界共通の願いです。
日本を選択して、心で国民を感じた者なら、共に平和を生み出す国民ではないだろうか。
これは、世界では無い国民性であり、国のシンボルです。
どこか、自国の平和しか考え無い。しかしそれが、自国の領土を優先に守る心が始まります。
平和・平和を語るリーダーや、組織団体は数多くあります。
でもそれをれが所属意識を越えられ無いで、平和を実現しようと、争い戦争します。
国の境界線を越えた、国。そんな新たな国のイメージを日本国に改めて感じました。
天皇皇后両陛下に、そんな国を越えた国創りのシンボルなんだと、思えてなりません。

この令和の式典の数々を通して、日本国の新たな歩みを発見して
心ワクワクしている私の心模様を義母は知らず、
雅子さん綺麗だったね、多くの方がいたね〜と話かけてきたが、
うん〜としか言えなかった。
でもこのギャップも平和に感じました。

それぞれが、それぞれに想うとこから始まるんだと感じた。

まず自分自身が想う日本の国を創建してみようと思った

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191110-11100472-nksports-soci.view-000


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