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2期8話のTOKIMEKI Runnersについて

ヘッダーはかわいいから使いました。
前置きはやめよう。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会2期8話において『TOKIMEKI Runners』が披露された件についてである。
『虹が始まる場所』というサブタイトルの通り、虹ヶ咲の始まりの楽曲をここで持ってきた。高咲侑にピアノでイントロを演奏させることで、いわゆるアニメverとして発表された。それはおおむね好意的に受け入れられている

私も(はぁ~~ここでトキランとは考えましたねぇ~~)と思っていたのだが、2周目を視聴すると一つの疑念が湧いてきた。

本当にいいのか?高咲侑がTOKIMEKI Runnersを創ったということにして、本当に良いのか?


分かってはいる。 「頭では理解しても心では納得できない」という言葉を最近とある作品で聞いたのだが、まさにそれで正直これしか選択肢は無かっただろうし、最高の選択肢であったと思う。
この疑念の一番の問題はTOKIMEKI Runnersは既にこの世に存在している楽曲であるということだ。

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は12人となり、新たなスタートを迎えましたというような言説は4thもあり記憶に新しい。と言いながら『虹が始まる場所』と銘打ち、9人楽曲を披露していいのか?という問題については、アニメではまだ同好会は9人(+侑)の状態なので12人の楽曲は作れない。栞子はともかくミア、ランジュはあの流れで楽曲の中に入ることは出来ない。むしろトキランを経て加入という流れになっていくのだろう。
そもそも第二回スクールアイドルフェスティバルは最後のステージ前の言葉にもある通り、栞子、ランジュ、ミアの力添えがあったからこそここまでできたという形でフォローしているからいい。

9人の他の楽曲なら?例えば『未来ハーモニー』とか。これも一瞬考えたが、そこに高咲侑のスクールアイドル同好会にいる意味という答えを含ませる余地がTOKIMEKI Runners以上に生まれるだろうか…?

新規楽曲であったら?私の最初の予想はこれだったが、12人で新たなグループで動き出したのにわざわざ9人で曲を作るようなことをするか?仮にそれが採用されても5thliveで披露されたのち12人verを完全版と銘打ち披露される日が来るだろうことは想像に難くない。(Ifに仮定を重ねるな)

まるで詰将棋だ。それにアニガサキでTOKIMEKI Runnersを披露するという一手を打つならこれ以上ないタイミングであったことだろうことも理解している。

だが、私には「高咲侑、君なら自分に新しいものを見せてくれるはずだという」という期待があった。

「自分をめいいっぱい伝えようとしている、みんなの姿にときめいていたんだ」
「私も、みんなに近づきたい!」
「みんなと一緒に、今ここにいる私を伝えたい!」
「そうなんだ──これが私の、トキメキ!」

ランジュのスクールアイドルにならない侑が同好会にいることの意味という問いに対する答えにふさわしいのか?と
9人のスクールアイドルの生き様を観て侑が感じたトキメキを表現したい。

これらの答えとして、そしてあなたであってあなたではない侑が出すべき答えとして既存曲であるTOKIMEKI Runnersを(アニメの時空では初めて産まれた楽曲なのもわかっているしアレンジを加えることで別物としているのだろうけど)使うというのは、どうしても引っかかるというか、答えとして妥協というか、一歩後退してはいないだろうか?

侑もあなたも道順こそ違えどたどり着く答えは同じなのだ。であるからこそあなたであって侑なのだ。という考え方もあるだろう。であるならば、この楽曲におけるスクスタリスペクトはきっと不要だったはずだ。
最大の点は虹ヶ咲の1st live衣装を使っていることで、製作陣はリスペクトだと思ってやっているのだと思うが「ホラこういうの好きなんでしょう?」と言ってるように見えてしまうというか、どっちつかずというか、くどくなっているのかもしれない。
しかも、TOKIMEKI Runnersには栞子が加入した10人verがあるのである。なんというか余計あのVerの立つ瀬が無くなってしまうように見える

「じゃあどうすれば良いんだよ!文句ばかり言いやがって!!」と怒る人もいると思う。正直私自身もみみっちいこと言ってるな…という自覚もあるし、アニメで披露されたもの以上の得点をたたき出せる回答は出せる気がしない。だが、同じ気持ちを抱えてる人もいるのではないか。という想いである。

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