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アートを買ってみた話:どこかにあるかもしれない世界の住人

枕元に置いて、寝る前に眺めるといい夢が見れそうな置物が欲しい。そんなささやかな欲求に応えてくれそうなアートを手に入れた。

前田明日美《water dome"Dwellaparallela"》


それがこの《water dome"Dwellaparallela"》(ドゥエラパラレラ)である。「どこかにあるかも知れない世界の住人という意味を込めた造語でドームの中に彼らの世界を映し出す呪文でもあります」と説明書きされている。
作者は札幌を拠点に活動する前田明日美。昨年私が企画した展覧会「生命体の存在」(本郷新記念札幌彫刻美術館)に作品を出品してくれた若手作家のひとりである。
手のひらに収まるサイズの小さなウォータードームの中には、カラフルな布やビーズ、水晶などさまざまな素材を組み合わせたオブジェが詰まっている。毛や触手のようなものがあちらこちらに生えており、揺らしてみると水の抵抗を受けながらこれらもかすかに揺れる。まるで生きているかのような動きをするので奇妙かつ面白い。作者からの手紙によると「イソギンチャクをモチーフにした作品で、半年間屋外・水中に設置した素材を使用しています」とのこと。たいへんに手間がかかっている。
どうしてこれほどまでに手の込んだことを成し遂げるのだろうか。以前彼女に作品制作の動機をインタビューしたときに、「布とかフェルトとか生命のない単なる物体と、生命ある生き物との境界に関心がある」と語っていた。確かにこれは底の深い、追及しがいのあるテーマかもしれない。生命の神秘に迫る大きな問題でもあるし、自分自身が何者であるかという自問自答でもあるだろう。だから彼女はイソギンチャクのようなものを作るにしても、イソギンチャクをただリアルに作っているわけではない。イソギンチャクの姿をかりて或るパラレルな世界を作っているのであり、この架空の世界では生命のない物体も生命ある生き物も同一のものとして存在しているのである。そしてそのような世界を作るためには、素材に真摯に向き合うことが必要だった。どうしたらこの人工物に命を吹き込むことができるだろうか?例えば、雨にさらしてみるとか、天日干ししてみるとか…。彼女のまじないはまだまだ続きそうだ。
もう一つの動機を挙げるとすると、自分の中の「怖いもの見たさ」である。子供のころから、水槽の中のものを覗き込むときに吸い込まれるような恐怖心があって、水族館に行くのも怖かった。それにもかかわらず、水の中の世界が気になって図鑑を開く。こうして知らず知らずのうちにいろいろな海洋生物の多彩で不思議なフォルムに引き込まれていった…という。作品のモチーフに海を想起させるものが多いのはそのせいである。
このウォータードームを眺めるうちに、「何かを恐れる気持ち」と「何かを憧れる気持ち」が同居する微妙な感覚が人の心を突き動かすものなのだ、と考えさせられる。芸術作品が創作される背景には、今も昔もそうした感覚がどこかにあったのではないか。例えば、神々の怒りを鎮め加護を得るために創造された装身具や人形など、古くから続く創作にも当てはまる。奇しくも彫刻家・本郷新も「なにかを尊び、なにかを恐れ、なにかをあこがれる気持が人間のなかからなくならないかぎり、彫刻は絶えずつくられていく」(『彫刻の美』)と書いているのである。
これからも前田明日美の制作に期待をするとともに、私もウォータードームにまじないをかけて寝ることにしよう。「夢でこの物体が生きていますように」と。「いい夢」になるかはさっぱりわからないが、少し怖くて、少し楽しい。

前田明日美インスタグラム


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