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おとうと

第39話

あれはラブレターだった

私の心にとりあえずの衝撃を放ってくれた出来事。
薄々勘付いてはいた。どっちかと言えば同性好きじゃない?と。
女子の友達は多かったけれど交際にまで発展することは多分なく。
弟が中学の頃、自宅のポストに封のしていない手紙が一通
投函されていたことがある。
黄色い彩のそれは切手もなく、誰かが直にポストに入れたと分かるもの。
宛名は弟になっていて、あの頃はとにかくいじめに苦しんでいたから
また嫌がらせされているのではと心配した。

学校から帰宅した弟に
「手紙がきてたよ」
と声をかける。
ピンとくるものがあったのか、弟はそれを手に取り中を検める。
「誰から?」
何が書いてあるのか気になるのは当然だ。
死ねとか消えろとかそんな言葉ばかり綴られた葉書が届いたのは
この1年前のことだったから。
弟はやたら嫌そうに

「今付き合ってる子。面倒くさいんだコイツ」

と言い手紙をテーブルに放った。こちら向きに置かれた便箋には
男の子でも女の子でも使える名前が記されていた。

「男の子?」

思わず聞いてしまう。
弟は大袈裟に笑って否定した。
その時はそれで納得したんだ。
だけど。

LGBT活動家が蛇蝎のように嫌う「保毛尾田保毛男」
とんねるずの石橋貴明さん扮する所謂ホモが織りなす
おもしろコントを弟は大好きだった。
私も好きで視聴していたが、私の「好き」とは意味が違った。
熱狂していたのだ。保毛尾田保毛男に。
「ホモでなくて」
と彼が言うたび狂ったように笑う。手を叩き顔を紅潮させて。
あまりに煩いのでテレビが聞こえないと苦情を言うほどに。

大人になり様々な人たちと交流できるようになり耳にするようになった、
男性の同性愛者の「保毛尾田保毛男に助けられた」という発言。
学校や職場で自分は少数派だと実感させられる場面をも
保毛尾田保毛男が笑い飛ばしてくれた。
悩んでいるのは自分だけじゃないと励ましてくれたと。
そんなもんかと思った。
若い頃から同性愛者に偏見はないと自負していても、
彼らの全てを理解しているわけではないことも知っている。
こういった感覚や感性は本人から聞かない限り知り得ない。
振り返り、保毛尾田保毛男に対する弟の熱狂は
求めた救いを得られた安堵から発せられるものだったのかも知れないと、
考えるに至った。


私が同性を好きだと感じたのは中学の頃。
ボーイッシュな先輩に恋してしまった13歳。
けれど私はその先輩にのめり込むというより
「どうしてあの人男子じゃないんだろう」
と悩んだし、先輩に対する憧れなんて一過性のものだったし
当時読んだ雑誌に
「女子の先輩に恋したからって同性愛者かもと悩まないで!」
「それはみんなが一様に抱く気持ちだから」
という文言を見つけ、「そうなんだ」と納得したものだ。

弟が同性愛者だったとして。
私は特に捉われない自信があった。
母が働く職場に紹介で入社しておいて
あんな真似されるくらいなら
家族には打ち明けてくれないかと考えた。
弟も色々しんどいだろうし
母だってあの出来事は面食らっただろうし
それは私も同様だったし。

「男好きでもいいけどモラルは守ろうよ」

そういう会話ができるようにならなきゃ
この先何かとまずいかも。
そんなことを考えた。

弟とはあちこち遊びに行った。
買い物やランチや。
目出度く18歳を迎えた辺りから飲みにも行った。
本当はいけないのだけれど。
チューハイを好んで飲んでいた。
私もそれに付き合った。
白木屋で食事してカラオケ行って、がいつもの過ごし方。
弟は歌が好きだった。よく付き合わされた。
3ヶ月にも満たない高校時代
ヤンキーから受けた暴力について聞かされたのもその頃のことだ。

登校して靴箱に行けば必ず上履きがなくなっている。

在学中、何度も上履きを購買部に買いに行くから
顔を覚えられてしまって
「いじめられてるんじゃないか」
と声を掛けられてしまい参った。

突然突き飛ばされたから思わず振り返ったが誰もいない。
代わりに響く周辺からの笑い声が耳に届く。
悄然と再び歩き出せば
「嫌われ者は辛いねぇ」
と嘲笑含みで誰かに言われ、再び笑い声が響く。

廊下に立っているだけで殴られる。

初めて聞く話。
入学までの紆余曲折、到底許せるものではなかったが
それを加味しても中々にエグいと感じた。

「そんなことになっているってどうして相談しなかったの?」
「もしあの頃そんなこと打ち明けたら、泣いて話なんてできなかった」

行きつけのカラオケ店で聞かされた思い出話。
(自業自得とはいえコイツも大変だったんだな)
そんな風に思った。


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