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「魂の遠近法」

「魂の遠近法」


 私が用いる魂の遠近法の概念は感覚界、自然界の遠近法から得たものであるが、魂の時間は自然界の時間とは全く異質である。

 我々は各自相対的な時間の感覚を所有しているし、混ざり合って、絡み合い、さらには瞬時に変化する。魂の遠近法とはその時の魂の状態や変化に即し即さずに対処する即興的な方法である。自明だがあらゆる魂の質を瞬時に洞察する能力を必要とする。
 無論、日常に於いて血肉化されるまで心身はあらゆる名状しがたい痛みを味わう。その経過を経て徐々に身についてくる。

 ただ、徐々にタフになる事はあっても慣れるという事はない。
 創造精神と即興精神が連動しつつ日常化されていくのだが、これは各個人が状況に応じて感受し、体得するしかない。

「魂の遠近法」は未だ未知の概念である。

「魂の遠近法」は私が命名したものであるが、この方法を用いている人物は皆無に等しい。この方法は誰にでも用いる事は出来ない。徹底した個人主義の果てに自らを解体する事が前提だからである。換言すれば魂の「間合い」とも謂えるが、如何せん対象が空気の濃度に似た心魂の流れを感覚的知覚として感受し得る感受性を必要とする

 今日の個人主義は未だ幼児期状態に過ぎぬ。ゆえに自然界の法則に即した原理を基点とした心理状態しか理解できぬ。これに耐え得るには余程の強化された魂と強固な意志、透徹した思考を必要とする。

 さらには心身のバランスを保持する事の厳しさは想像を絶する。この意識状態に至った魂の存在にはよく分かると思う。既に以心伝心であるならば説明を要しない。
 無論、このような意識状態は誰でも通過する通過点ではあるのだが、まだ今日の様相を観るに今後の個人の課題と思われる。

 やがて時期が来れば私が書いているこの内容を理解把握する人物が出現するであろう。これは魂から魂へと時空を超えて受け継がれるものだからである。

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