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詩集

59
これから追加されるとしたらすべて新作です。
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2018年12月の記事一覧

鏡の前で

鏡にはドッペルゲンガーのぼくが棲んでいて 今朝も自由に羽を伸ばしてくつろいでいる 「ははは目ヤニが付いてるぞだらしねぇな」 ドッペルゲンガーは鏡の中からぼくを指差して笑うけど あいにくあんたにも目ヤニが付いてるぞとぼくは言いたい あんたはぼくの鏡像なんだから たまには鏡像らしくぼくとおんなじように振舞ってくれないか 鏡の前に立つとぼくは微妙な気持ちになる ドッペルゲンガーのぼくがぼくの気持ちと一致しない顔をしているから 「わざとだよわざと違う顔で登場してみたんだよ」 ド

雪の石段

心を研ぎ澄ませようと思って 雪に埋もれた長い石段を登っている 夏ならば数千段の石が坂に沿って敷き詰められた修験の山道 しかし今は誰もいない雪景の山水画 すべての音を吸い込む白と薄墨の世界 君がいなくなって ぼくの心は荒涼としていくばかりだ 見返りのいらない優しさを 永遠に受け取れると思っていた それを無下にして悲しませたことは愚かだったし 若かったからって許されることじゃない 先に誰かがつけた足跡を辿り よろめきながら雪の石段を息を切らして登る 敢えて孤独に身を投じそそり

消失点

それではぼくは洗濯機の中へ帰ります 回っている中に帰ります 体が小さくなって入れるから大丈夫です 回りながら失礼します シャボンまみれで失礼します それではぼくは真っ暗な夜の都会へ消えていきます 雨降りの赤信号が滲む横断歩道を渡って消えていきます 急に人も車もいなくなるのが不思議です 靴音が消えたらさよならです 背中が闇に溶けたらさよならです それではぼくはこの広大な草原の中に隠れます 背よりも高い草の中へ分け入り身を隠します 夕焼けに草の先が金色に灯っているようです 君

初恋がわからない

いい年をして初恋について考えていた 雨宿りのために入った薄暗い無人の駅舎で 窓ガラスに顔を寄せて通り雨を眺めていたら なぜか昔仲良くしてくれた女の子たちのことが思い浮かんだ けれどもどれが初恋なのかわからない 可愛いと思ったから恋なのか ずっと一緒にいたかったから恋なのか ひと時も忘れられないから恋なのか 嫉妬したから恋なのか 通り雨が蚊柱のような姿で街路を黒く塗り替えるのを見ていた 雨音は記憶にあった彼女たちの声をかき消しただけでなく 音だけでぼくの首筋の体温をさらって

腐敗見学ツアー

広い空間ですね 広い空間です まだ先があるんですか? あります階段を下りてください さっきから階段を下りてばかりですね はい足元にお気を付けください また下りるんですか? また下ります 随分と地の底にあるんですね はい腐敗を見学するとはそういうことです ここにあるのは宝石ですか はい腐敗したダイヤモンドです 鉱物を腐敗というなんて初めて聞きますが ここが炭になっています 価値がなくなったということですか はい価値がなくなったということです また

タイミングと勢い

結婚はタイミング 結婚は勢い 結婚する前に聞かされたこの呪文ような言葉を 結婚したことがない人はどれだけ理解できるのだろう 私はひとつも理解することができなかった 結婚はタイミング 結婚は勢い なんなんだ わかりやすく教えろ 結婚はタイミング 結婚は勢い いやいやいや わからんわからんわからん 「結婚は」と「タイミング」の間には本当はいくつもの行程があり それで初めてひとつに繋がる言葉のはずでしょう 「結婚は」と「勢い」の間にも実は意味のある内容が挟み込まれ それ