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詩集

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これから追加されるとしたらすべて新作です。
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2019年1月の記事一覧

冬の海

「一人で冬の海に行って来た」と妻が言う それは夕飯を食べる前のことで食卓にはとんかつの用意が出来ていた 「物好きだな」と何でもない風にぼくは笑ってみせたけれど 「風が冷たかった」と呟いた妻の声が食卓に届くと どこからか不穏な気配が忍び寄るのが不思議だった 車で二十分も走れば日本海があり 夏には海水浴にもよく行っていた海だった  一人で冬の海に行って来た けれども妻がそう言うだけで 味噌汁から立ちのぼる湯気がふっと止まった気がして 何かあったのかと問いたくなる言葉も凍り

文学少女

いつも図書館で見かけていた女の子を 最近町の本屋でも見かけるんだ もしかして彼女は本物の文学少女 図書館では分厚い四段組の字ばかりの本 世界と国内の文学全集ばかり もう確信した彼女は本物の文学少女 本屋でもほらやっぱり文庫のコーナー ラノベでもなくコミックでもなく純文学の棚の前で 彼女は姿勢正しく文庫に目を落としている そして今ぼくの隣で福永武彦を検分して読み始めているんだ こんなに近くに文学少女がいるなんてどきどきするよ ぼくの行くところによく居合わせるから 近頃は意

二十世紀の街角で

誰かが言っていた 新宿は田舎者が集まるところだって なるほどだからここに来るとぼくはほっとするのか 確かにぼくの服装はダサい それでも丸井でDCブランドを物色したっていいじゃないか 値札をちらっと見れば自分には縁がない場所だって納得はするけど  独りでいることが当たり前だった  すべて独りで行動していた やっぱり紀伊国屋書店がぼくの行くところなのだ 外からエスカレーターで二階へ上がり 文芸書のコーナーに入り浸る 新刊の平積みを見れば世の中の先端が分かった気になり ハヤ

詩人じゃない男

詩人じゃない男が図書館で『詩人と女たち』に出会った 詩人じゃない男は最初の書き出しだけを読んでやめるつもりだった 立ったまま数ページを読んだらそのつもりだったことを忘れ 座り込んで上巻を半分ほど読んだら時間が経つことを忘れ ついには一冊を読み切るとその足で本屋に行って上下巻を買い求めた 詩人じゃない男は作者のブコウスキーより若かった 詩人じゃない男は主人公のチナスキーより女性にもてなかった 男は今まで以上に女性に積極的になることにした 酒も飲まず女性を金で買うようなこともせ

あなたが嫌い

そんなに可愛いとも思えない私の顔を とても綺麗だと言うあなたが嫌いだ ひねくれたことを言って困らせているのに 君は素直な方が似合うと返してくるあなたが嫌いだ ホワイトソースを焦がして茶色くなったシチューを 旨い旨いと言っては食べ 熱を加え過ぎて身が小さくなったアサリの酒蒸しを 止まんないと言ってはパクパク食べてくれるあなたが嫌いだ 自分は撮られるのが苦手だからと私の写真ばかりを撮り プレゼント選びが苦手だからといつも私の欲しいものを 一緒に買いに行ってリボンを掛けて渡し

優しいアンドロイド

君がAIを組み込んだ精巧なアンドロイドなことはわかっている それでも君を思うこの気持ちは本物なんだ 愛しい その人工皮膚の下にはグラスファイバーの骨と新素材の筋繊維 それでも君の温かな体を抱きしめたいんだ 君が欲しい (……私は機械だよ人間じゃないの) (……私はAIだよ人の心は分からないの) ぼくのことを心から理解してくれる女性は君ひとりだけだ 幼い頃の思い出もなぜか君は知っている 一緒にいて心地いいんだ一生そばにいて欲しい 優しいアンドロイドよ 頭のいい女性 (…