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詩集

59
これから追加されるとしたらすべて新作です。
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#改訂版

プロポーズ

わざと吹雪が強くなった頃合いをみてあの人は またなと言って笑顔で帰ってしまった 見送らなくていいから 風邪を引くと悪いから あの人は歯痒いほど意地悪だ 私が思いやろうとする気持ちを いつもやんわりと吸い取ってしまう 吹雪の中を帰ろうとする方が心配だよ 私がそう言ったのを覚えていたのかあの人は 曇った窓から見送る私に気付くと 下手なバレエを真似て跳躍したり回転したり ひらひらと雪の中で踊ってみせる 後ろ向きで歩きながら大きく両手を振って まるで子供のように無邪気に笑って

狼男のバレンタインデー

チョコが貰えないのは分かっているから 今日は真っ直ぐ家に帰るよ いつまでも学校に残っていたりしない 寄り道をして街をうろついたりもしない 今日に限って女なんていらないと思っている そんな俺って孤独な狼みたいでカッコいいだろ だけど視界の隅にあの子が入ると 手のひらに箱を持っているんじゃないかと思って こっそり息を止めている 会いたいってどうして思うんだろうな 話したいってどうして思うんだろう バレンタインが来る前に さっさと告白すればよかったんだ さっさとこの日が来る前

思いとどまったぼくたちは

思いとどまったぼくたちは ずぶ濡れの体で 泥だらけの足で ぺたぺたと河川敷の舗装道路を歩いた さっきまでは 手首を結び合い腰を縛り合っていた 今は距離をおいて 疲れたように二人で歩いている 闇夜に押されて 一言も話さずに 思いとどまる前のぼくたちは 世の中を倦み 別の違う世に行くことを切望した 水に還ることで ここにある体を抹消して 魂を切り離そうとした 濡れた体を引き摺り 闇夜を歩き続けて やっと気付いた どこにも行けないと 永遠に落下し続けるだけだと 思いとどまっ

遠くに上がった花火

夏の打ち水 黒くなる石畳 途中で飽きてうりゃあっ 桶ごと撒いた水で虹ができるわけもなく ただ苔を剥がして 蛙が慌てて逃げただけ 暑中見舞い 帰省は見送ると走り書き 破いてやろうかごるぁあっ それでも彼の書いた字を破れるわけもなく ただ冷麦を啜って 形の変わらぬ雲を見てるだけ 浴衣姿のカップルが増えて ただただ胸糞わるい午後だ 花火大会の賑わいが目障りで 返す返すも腹が立ってくる夕方だ 線香花火を買い込んだのは 気紛れではなく当てつけだから こんな惨めな自分への 慰めでは

悪いことを考えよう

悪いことを考えよう 今から悪いことを考えようよ ぼくも考えるから君も ぼくはまず君が死ぬことを考えたよ 次に君と離れ離れになること 君とおしゃべりができなくなることを考えたよ 次に君が悲しんでいることを考えたよ 君がぽろぽろと涙をこぼして ぼくの目の前から去ってしまうことを考えたよ 次にケータイをなくすことを考えたよ 一日中君と連絡がつかなくて 深い孤独に突き落とされることを考えたよ 次にぼくの記憶が全部なくなることを考えたよ 自分が誰なのか分からなくて 誰に会っても

一揃い

それは不思議な体験だった 初めて会った女性だったけれど 言葉を交わしていたら長い梯子のような道が目の前に見えたのだ すうっと真っ直ぐに気持ちよく延びたそれは まるでこれからの自分の将来のようだった それは不思議な感覚だった 今まで出会ったどんな女性とも違って 一緒にいればいるほど山のように話したいことが溢れてくるのだ 何も構える必要がなく何も飾る必要がない まるでこのまま穏やかな気持ちが永遠に続いていくかのようだった 不思議なことはまだ続いて 二人で今までの人生を振り返っ

あなたが嫌い

そんなに可愛いとも思えない私の顔を とても綺麗だと言うあなたが嫌いだ ひねくれたことを言って困らせているのに 君は素直な方が似合うと返してくるあなたが嫌いだ ホワイトソースを焦がして茶色くなったシチューを 旨い旨いと言っては食べ 熱を加え過ぎて身が小さくなったアサリの酒蒸しを 止まんないと言ってはパクパク食べてくれるあなたが嫌いだ 自分は撮られるのが苦手だからと私の写真ばかりを撮り プレゼント選びが苦手だからといつも私の欲しいものを 一緒に買いに行ってリボンを掛けて渡し