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砂に埋めた書架から

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書評(というよりは感想と紹介文)です。 過去の古い書評には〈追記〉のおまけが付きます。
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2020年2月の記事一覧

吉田修一『ランドマーク』《砂に埋めた書架から》35冊目

 吉田修一の長編『ランドマーク』は、全部で10のチャプターに分けて構成されているが、しかし、冒頭から「Number 10」、つまり、10章から、という意表を突く形で始まっている。もちろん、誤植ではない。まるでカウントダウンされるかのように小説は進んでいき、「Number 1」の最終章で終わるのである。  埼玉県の大宮に、地上35階の高層ビルを建てる。完成すれば、このビルは街のランドマークとしての機能を果たすであろう。  ビルの名前は「O-miya スパイラル」。名前の通り、

ロバート・A・ハインライン『夏への扉』《砂に埋めた書架から》34冊目

 平面に高さを加えた三次元の世界は、言うまでもなく我々の住むこの空間のことであるが、それに“時間”を一次元加えた世界がいわゆる“四次元世界”だという。 (……そういう風に「四次元」のことを説明する読み物が、昔は多くあった)  しかし、この“時間”を加える、ということが私にはどうもわからなかった。  友人にその説明を求めたところ、彼は100メートル走のトラックを引き合いに出して、こう教えてくれた。 「人間の一生を、100メートル走に例えるとする。スタートラインが誕生した瞬間

山本周五郎『青べか物語』《砂に埋めた書架から》33冊目

 時代小説の書き手として有名な山本周五郎だが、そのため、時代小説が苦手だという人は、一生、周五郎の小説を手に取ることはないかも知れない。  でも、この『青べか物語』だけは、山本周五郎の小説を読んだことがない人にも、ぜひ手に取ってもらいたいと私は思う。こういう現代小説も山本周五郎は書いているのだということを、多くの人に知ってもらいたいからだ。  舞台は大正から昭和初期の漁師町である。貝や海苔が採れたり、釣り場としても知られている浦粕町というところだ。あの東京ディズニーリゾート