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砂に埋めた書架から

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書評(というよりは感想と紹介文)です。 過去の古い書評には〈追記〉のおまけが付きます。
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2024年2月の記事一覧

乗代雄介『それは誠』《砂に埋めた書架から》69冊目

 名前は文芸誌でよく拝見していたが、作品は読んだことがなかった。けれども野間文芸新人賞や三島賞の受賞、芥川賞にも複数回ノミネートされるなど、評判の良さは耳に入ってくるのでとても気になる作家だった。四回目の芥川賞候補作となった『それは誠』で、私はようやく乗代雄介氏の作品を体験したが、それは、この小説をどうしても読んでみたいと思う理由があったからだった。  昨年の七月、第169回芥川賞が発表されたちょうどその日、著者がデビュー前から長年書き続けているという個人ブログ『ミック・エ

M・オンダーチェ『イギリス人の患者』《砂に埋めた書架から》68冊目

 古書店で、この小説の最初の段落を読んだとき、私の目はムービーカメラとなって、冒頭に登場する「女」の動きを追っている気持ちになった。そして、最初の区切りとなる空行までの、冒頭から三つのパラグラフ、行数でいうとわずか九行で、私はこの小説の文章に完全につかまってしまったと思った。つまり、早くもこの小説に書かれた文章の虜になってしまったのである。  その九行の間に、小説らしい事件は何も起きていない。庭仕事をしていた女が、微妙な天候の変化を察知して屋敷に戻る様子が書かれているだけで