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令和四年の八つの短編

 こんにちは。
 初めての方、はじめまして。

 新年が明けて最初の投稿は、毎年決まっています。

 昨年noteに投稿した自作の小説に、あれこれ註釈を加えた「覚え書き」を残す作業です。

 三島由紀夫には『花ざかりの森・憂国』『真夏の死』そして『殉教』という自選短編集があり、いずれも新潮文庫から出ていますが、『殉教』を除く二冊の巻末には、著者自らの手による自作自註が載っています。おこがましいことですが、多分、私はその三島のようなことをやってみたいのだと気付きました。作品のレベルも、批評眼も、まるで比べものにならないので、この文を読み返すと恥ずかしくなりそうですが、いずれ忘却してしまう前に、「このとき、こんなことを思っていた」という記憶を残しておくことは、今後の創作に役立つ気がするのです。

 スティーヴン・キングが『小説作法』という著作の中で、小説を読めば何かしら学ぶことがある、と語ったあと、警句のようにこんなことを言っていました。「概して優れた作品よりも、出来の悪い作品に学ぶことが多い」と。キングが言うには「下手な作品は『してはならないこと』を教えてくれる」そうで、その言葉には私も共感するところがあります。自分も、自作の中で「してはならないこと」をやっている自覚があるからです。

 私の覚え書きは、誰のためでもなく自分のために書くものですので、自己満足の読み物になります。それでもこの記事に付き合って下さる親切な方には、深く感謝を申し上げます。

◇◇◇

1.『間男のでんぐり返し』の覚え書き


 2022年最初の投稿は、厳密に言うと年が明けた深夜に寝床に潜りながら仕上げていた知冬のからだという小説でした。自分の中では前年の作品としてカウントしているため、今年最初の小説は二月に投稿したこの『間男のでんぐり返し』ということになります。

 詩人のムラサキさん主宰による「NEMURENU」(ネムキリスペクト)というアンソロジーに参加することを目的に作った短編小説で、このときのテーマは【朝起きてカーテンを開ける】という非常に難しい回でした。「初めて小説を書く人は、主人公が朝起きるシーンから始めがち」というあるあるの法則を逆手に取ったようなテーマです。

 たいへん悩みましたが、ふと「股ぐらから朝を迎える」という言葉が浮かんできて、そこからシチュエーションを膨らませて書き進めました。書いている最中、「股ぐらから朝を迎える」なんて言葉、いったいどこからやって来たのか考えていたところ、向井豊昭という六十五歳の新人作家が書いた『BARABARA(バラバラ)』(初出1996年 早稲田文学)の書き出しなのではないかと思い当たりました。ドキドキしながら手持ちの単行本を掘り出して確かめたところ、

 朝は股の真ん中からくる。鶏のように首をもたげた陰茎を、今朝もまた五本の指が握りしめていた。

 だったので、自分が今書いている作品と状況が違うことからセーフと判断し、ホッとしたのを覚えています。

 とはいえ、向井氏の優れた書き出しの影響がまったくなかったとも思いません。読んだ文章、覚えた言葉が、自分自身の内部から発せられる表現を生み出す元になっているのは疑いようのない事実だからです。小説を書く人の体は過去に読んだ文学作品の堆積でできている、という言い方は、決して大袈裟ではないと私は考えます。


2.『耳の婚活』の覚え書き


 NEMURENUの第46回のテーマ【それだけはやめておけ】は、どうしても構想がまとまらず、作品の提出を断念しました。そこでNEMURENUの第47回【虎】は是非参加したいと思い、「虎」をどうやって作品に組み込むかなど考えもせずに、九年前に書き始めたあと中断させていた婚活小説に着手することにしました。

 現在、結婚を見越した男女の出会いは、マッチングアプリを利用した出会いが盛んかと思いますが、九年前はまだ「お見合いパーティー」「婚活パーティー」という方法が代表的だったと思います。『耳の婚活』は、そんなお見合いパーティーが主流の時代に書き始めたものだったので、令和においては時流の後塵を拝する形になったことは否めません。現代小説は、つくづく時代の影響を受けるものだと感じます。

  自分が書いたものでも、昔と今では文体やリズムに変化があり、本人だけが感じるものかも知れませんが、この小説の前半は冗長な気がしています。舞台を東京に移した回想シーンから結末までが今回新たに書き継いだ部分です。新しく加えた後半は、文章のテンポが上がっており、自分の文体の変遷を窺い知る機会になりました。

 アンソロジーのテーマ【虎】の要素として、「虎口」という城の入り口を表す用語があることを知って採用しました。そこから「丑寅」まで一気に繋がったのは、作者自身もびっくりしたほどです。NEMURENUに参加していなければ、今もお蔵入りのままだったに違いありません。


3.『オキノタユウ』の覚え書き


 NEMURENU第48回のテーマが【絶滅危惧種】に決まったとき、私がすぐに思い浮かべたのは「アホウドリ」という天然記念物の海鳥のことでした。私の中学時代の愛読書だった筒井康隆『私説博物誌』には、実在する動植物が興味深く紹介されていたのですが、その中の「アホウドリ」の回が際立って印象に残っていたからです。ああ、アホウドリのことを書きたい、かつて日本の海で見られたというアホウドリの大群を、小説の中で復活させたい! と思いました。書き上げたときは、今までに感じたことのない嬉しさが込み上げてきたのを覚えています。

 チューリップの「アルバトロス」という歌を口ずさみながら、通学の自転車に乗って哀しいアホウドリの運命を思い、ひとり涙していた高校時代の自分の願いが叶ったような気持ちでした。今考えると異常な高校生です。

 作品の冒頭に、アホウドリの特徴を引用の形で掲示しましたが、実はどこかの資料をまるまるコピペしたものではなくて、自分で調べた情報を構成したものです。なかなかうまくまとめたなあと自画自賛させて下さい。


4.『エレベーターの孤独』の覚え書き


 NEMURENU第49回のテーマは、最終段階に残った三候補、「深海」「ファスナー」「エレベーター」の三つ巴となりました。選ばれる条件は、その日、大相撲五月場所における決まり手のレア度に委ねられるという、偶然性の高い決定方法でした。主宰のムラサキ氏考案によるもので、とてもユニークです。実は候補のうちの「ファスナー」と「エレベーター」は私が応募したテーマでした。結果は照ノ富士がレアな「切り返し」の決まり手で【エレベーター】が選ばれることになりました。

 エレベーターを舞台にした小説は、以前木星の翅を連れてという短編を書いていたので、書けなかったらこの作品を提出しようと思っていました。でも自分は「書く力」をつけるためにアンソロジーに参加しているのだと思い直し、新作に挑むことにしました。もうアイディアは枯渇しています。すっからかんです。それでも締め切りが迫ると、何の当てもなく進めていた文章が、新たな要素を引っ張り込んで物語の形を成していくことがあります。

 この作品には、その昔、自分が村上春樹の『羊をめぐる冒険』を通読したあと、チャンドラーの『長いお別れ』を読んだときに発見した「仮説」を作品の中に組み込みました。今から二十年も前のことでしたが、当時の私としては大興奮の「発見」だったのです。同じ発見をした人がいないかネットで検索したところ、気付いていた人が一人だけいました。あーやっぱりなあ、とちょっと悔しかったのを覚えています。


5.『マリー・セレスト号のしつらえ』の覚え書き


 NEMURENU(ネムキリスペクト)が記念すべき第50回を迎えました。このときのテーマが【完全犯罪】です。おもいっきり「推理小説」を連想させるワードです。しかし、ミステリーは非常に難しいジャンルだと思っているので、かなり懊悩しました。閃いたのは「マリー・セレスト号事件」という有名な海難事故をモチーフにすることでした。それだけでは単調になると思い、夫婦が通信アプリでメッセージのやり取りする様子を、同時に進行させることを思い付きました。結果としてこの思い付きが、自分の首を絞めることになりました。

 同じ主人公が、二つの進行をパラレルに抱えて結末に向かう。そうやって書かれた小説はきっと面白いはず。これは挑戦のしがいがあるぞと思いました。でも書くのはたいへんでした。私は締め切り破りの常習でしたが、この作品が一番仕上がりが遅かったです。

 余談ですが、船の「Mary Celeste」は「マリー・セレスト号」と「メアリー・セレスト号」の二つの表記パターンがあり、どっちを採用するか迷いました。コナン・ドイルの翻訳小説が「マリー・セレスト号」でしたので、こちらを選択しました。ただの放棄船が、ミステリーとして今日にまで伝わるほど有名になったのは、若きコナン・ドイルがこの事故を素材に小説にしたからです。一応、ミステリーの大家に敬意を表した形です。


6.『枕元の樹海』の覚え書き

 
 noteとWEB別冊文藝春秋のコラボ企画「2000字のホラー」に応募するために書いた作品です。自殺の名所の樹海が、枕元から見えたら怖いだろうなあ……という思い付きから、一気に頭の中でストーリーが出来上がりました。ただ、原稿用紙に換算して十五枚くらいの長さになりそうな予感が働いたため、最初から削りながらの執筆作業になりました。書きたいことを全部入れながら進めていたら、2000字の制限はすぐに訪れます。難渋しました。削ったためにシーンや会話に大胆な飛躍が発生し、わかってもらえるか心配になりました。読者を信頼する塩梅というか匙加減というか、その見極めが難しかったです。規定内に収めることはできず、文章の省略は書き手のセンスだということを学びました。

 ホラーを書いて思ったのは、怖い雰囲気や恐怖の方向性は、文体から醸し出されるものだということ。そして、その完成品であるホラー小説は、テクニックのかたまりだということでした。


7.『あの夜シュウの声』の覚え書き


 noteを始めた2018年に投稿した二十枚の小説『あの夜、シュウの声』は、ビュー数が一番低い小説で、ある時期から下書きに戻していました。もともとは、十年以上前に書いたもので、恋人たちが土手に座って会話をしているという、固定された一幕一場面だけで物語が進行して終わる実験的な小説でした。何となく物足りなさを感じて、最初のnote投稿で終盤を書き換えたのを覚えています。どこか欠陥がある小説なのだと思って取り下げていましたが、NEMURENU第51回のテーマが【君がこの手紙を読んでいるということは】に決まったとき、「手紙」というモチーフを扱っているこの作品のことを思い出しました。

 過去作の書き直し。実はこの作業が自分は苦手です。狭いところで現場作業をしている感じがするからです。それでも何とかこの作品を救いたい気持ちがあり、冒頭に洋食屋のシーンを設定して、これまで書いてあった恋人たちの逢瀬がメインの本編は、回想の場面にしようと小説を組み立て直しました。大幅な改稿を施し、「君がこの手紙を読んでいるということは……」の場面も新しく付け加え、ラストシーンを一部カットして、改訂版『あの夜シュウの声』が完成しました。

 ところで、この作品を改稿している最中、保坂和志氏のエッセイに目を通していて、ドキッとする箇所にでくわしました。「愛する人に死なれた喪失感を抱えた主人公が、死んだ恋人の記憶が残る土地を訪ねて、その恋人との回想に浸る——という類いの感傷的な話が大嫌いだ」とおっしゃっていたのです。世間にはそういう話を書きたいと思っている人がいっぱいいる、と。

 自分はこの作品で、見事にそれをやっちゃっていました。小説としては実にありふれた展開だったわけです。逆に言えば、誰もが一度は書きたくなる話だった、ということでしょう。そうです、私は書いてみたかったのです。

 この小説からは色々なことを教えてもらったような気がしています。忘れられない作品になりました。

 これも余談ですが、ヘッダーの写真は爆撃の写真ではなく、風向きの加減で煙が立ち込めてしまった花火大会の写真です。よく見ると大輪の火花の断片が写っています。


8.『皮のない葡萄』の覚え書き


 昨年最後の作品は、これがもっとも本来の自分らしい小説、やはり自分はこうでなければという……いやいや、そんなことは露ほども思ってはいませんが……そうです、変態小説です。

 NEMURENU第51回【猫飯店】というテーマで投稿しました。猫飯店は出てきません。この回は、この風変わりなテーマに追い込まれました。追い込まれると、私は変態小説に救いを求めてしまうため、このような人物を登場させてしまいます。

 書いていて面白かったです。人物が動くに任せて書いていました。私はどの作品もそうですが、プロットをあらかじめ作らず、一行目から順序よく書いていき、進行に任せてその都度プロットを生成しながら創作するスタイルです。小説の本当の終わりは、その部分に差し掛かる頃に見えてくる場合がほとんどです。この作品は、最後の最後にどうするか迷っていました。作者としては違うパターンも準備していたのですが、最後は主人公が教えてくれた気がします。自分はこうするんだ、という主人公の声を拾うのが、作者の役割だったように思います。


◇◇◇

 以上で、今回の「覚え書き」は終わりです。

 だいぶ長くなりましたが、ここまでお付き合い下さって本当にありがとうございます。

 今年はどれくらい小説をnoteに発表できるかはわかりませんが、新作の投稿を見つけたときは、是非、お立ち寄り頂けると嬉しいです。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 最後に、初めて訪れて下さった方、noteで私をフォローして下さっている方、貴重な時間を割いて、私の作品を読んで下さった方、スキを押して下さった方、コメントを下さった方、コラボをして下さった方、そんな風に私と交流して下さった皆様方に、心から深く感謝を申し上げます。皆様がいるので、続いています。


◇◇◇

※「NEMURENU(ネムキリスペクト)」とは

 ムラサキさんが主催する、noteでは老舗のアンソロジー。note内に埋もれている新作及び旧作の、小説、エッセイ、詩、漫画、ルポ、コラム、イラスト、音楽、動画……。それらは毎回ひとつのマガジンにまとめられ、一部のコアなファンに読まれています。noteユーザーであれば、自薦、他薦、どなたでも参加できるとのこと。不穏、妖艶、魑魅魍魎、SF、エロティシズム、アンダーグラウンド。これらの言葉に心が躍る方は、きっと楽しめるアンソロジーではないでしょうか。

 テーマは隔月に公募で決まります。また、創作で参加されると、作品を読んでの感想をしたためたお手紙を個別に頂けるかも知れない山羊の郵便局というシステムが利用できます。あなたに届けられたそのお手紙は、きっと今後の創作の励みになることでしょう。




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