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令和五年の短編あとがき・覚え書き集

 こんにちは。
 初めての方、はじめまして。

 毎年、最初の投稿は、昨年noteに発表した自作短編小説のあとがき、覚え書き、をまとめたものになります。令和五年は新作と改作を併せて、計七本の短編を投稿させて頂きました。

 いわゆる自己満足の企画ですが、私の短編を読んで下さった方、これから読んでみようという粋な方、読んではいないが創作の裏側に興味のある方など、この記事に付き合って下さる親切な方に、予め心からの感謝を申し上げます。

◇◇◇



1.『ブラッディ・ザネリ』の覚え書き

NEMURENU53thテーマ【こんなもの頼んでないけど】

 初めて書いた吸血鬼小説です。こういったトラディショナルなモンスターを自作で扱いたいという願望は以前からありました。登場する「吸血鬼」は古来からある伝統的な設定を踏襲したものにしたいというのが私の根底にあり、ドラキュラ発祥の地ルーマニアに主人公の出自を求めました。そう言いながら小説の舞台は現代の東京です。人間を襲って吸血していたのは昔の話。都市生活を送る現代の吸血種族は、新鮮な輸血用パックを調達して吸飲し、人間と波風を立てないように、穏健な暮らしを望んでいます。

 難しかったのは、吸血種族のザネリとその仲間のクレアが、どういう経緯で故郷のルーマニアから東京に住むようになったか、それを端的に読者に提示する箇所です。がっつりと説明文になってしまいました。もう少し自然に本文中で紹介すべきだったのかも知れません。

 タイトルは、トマトジュースを使ったカクテル「ブラッディ・マリー」をもじったものにしようと思い、名前の「マリー」と似た響きの名前を探しました。ふと思い付いたのが「ザネリ」でした。「リ」しか合っていませんが。あとになって「ザネリ」が宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する人物だったことが判明しました。無意識の底にこの名前があったのかも知れません。『銀河鉄道の夜』の「ザネリ」が男の子なのか女の子なのか、という議論があるそうですが、私は何も考えずに男性の名として採用しました。

 ホラー小説として書いていないので、怖い話が苦手な方でも安心して読めます。広義にはファンタジーなのでしょうが、作者の意識ではコメディーとして書きました。

 この作品に関しては以前、MaryAnn様が記事で紹介されていた「小説ハイライト|装丁カフェ」なるサイトで、本編のハイライトとなる文章たちを配置した、扉絵のようなものを試しにつくったことがあります。吸血鬼っぽい雰囲気が出ているでしょうか。

画像は「装丁カフェ」に用意されたものを使用しました



2.『8の字』の覚え書き

NEMURENU54thテーマ【蛇】

 人間は古来から蛇と鰐に対して根源的な恐怖心を持っている、と何かで読んだ覚えがあります。日本で暮らしていれば、鰐と遭遇することはまずありませんが、蛇なら機会はあります。春先に実家に行くと、冬眠から目覚めて活動を始めた蛇を見かけます。実家には二メートルを超える立派なアオダイショウがいて、私は遭遇するたびに「ぬしだ……」と思い、植え込みや石垣の奥に隠れるまで息を詰めて見送ります。威厳があるのです。

 この短編は、小学校の同級生の何人かをモデルにしています。自転車で蛇を踏んだことと、そのあとに天候が激変するシーンは私の実体験です。初めて祟りを意識した出来事で、今でも憶えている少年時代の記憶です。蛇は祟るというのは本当で、実はこの小説の中で蛇を殺めるシーンを書きましたが、投稿した翌月、私は交通違反をしてしまい、罰則金を支払いました。自分の不注意ですが、この小説の中で蛇を虐めた罰があたったのだと瞬時に思いました。(自分がわるいです)



3.『アリスになって遊ぶ夜』の覚え書き

NEMURENU55thテーマ【自動的に消滅する】

 この頃から薄々感じていました。自分はスランプなのではないか。新しいお話を考えてみても書く前に自分でボツにすることを繰り返していました。

 追い詰められたときの私の奥の手が、自作の詩を掌編に改変するというもので、この作品は奇跡的にまとまったように思います。

 公園の赤煉瓦の壁で影絵遊びをする場面は、以前書いたまま未発表だった小説のシーンを流用したものです。やはりスランプだったのだと思います。

 ちょうど、noteの創作大賞の作品も進めていて……という事情もあったかも知れません。(結局、創作大賞は応募にまで至りませんでした。やはりスランプ……)



4.『夜更かしの人』の覚え書き

NEMURENU56thテーマ【ゴーストタウン】

 このときもスランプは脱していません。新作を途中まで書き進めていましたが、分量が長くなると気付いたら筆がはたと止まってしまいました。間に合わない。

 間に合わないと気付いたときの私の奥の手が、過去作の改変です。

 この作品は、私の過去作で唯一、二人称で書かれたものですが、厳密に言うと二人称小説ではありません。二人称小説に見せかけた一人称小説です。主人公を「君」と呼んでいる語り手が何者なのか、それがひとつのトリックになっているのですが、実にわかりにくいです。失敗作なので下書きに戻したのですが、せっかくテーマが【ゴーストタウン】なので、加筆修正して亡霊のようにこの作品を甦らせました。

 イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』、ジェイ・マキナニー『ブライト・ライツ,ビッグ・シティ』、倉橋由美子『暗い旅』、多和田葉子『容疑者の夜行列車』、少し前に芥川賞を受賞した井戸川射子『この世の喜びよ』など、著名な二人称小説にはある種の風格を感じますが、書くとなるとそれなりに難しく、軽いノリで挑戦するものではない気がします。なぜなら、最終的にはそうやって完成した作品は、もれなく語りに二人称を採択した意味が問われることになるからです。

 ちなみに、小説が書簡の体裁だと「君」や「あなた」や「おまえ」などと対象者に呼びかけることになりますが、これは表向き似ていても二人称小説とは呼ばないそうです。私も同意見です。



5.『犬を連れた奥さんの行方』の覚え書き

NEMURENU57thテーマ【恋愛小説家】

 私が参加させて頂いているNEMURENU(ネムキリスペクト)のテーマが【恋愛小説】ではなく、【恋愛小説家】であることに注目しました。人です。小説家がテーマです。さて、どんな人物を書こうかとつらつら考え、自分の本棚を眺めたときに一冊の文庫本が目にとまりました。それがチェーホフの『犬を連れた奥さん』です。昔々、東京の新宿京王1・2という映画館でニキータ・ミハルコフ監督の『黒い瞳』という作品を観たことがあり、そのときに原作を読んだ覚えがあったのです。この作品を題材にして書いてみようと勢いで決めました。そして地獄が始まりました。

 noteの新しい仕様で、小さな画像を左右に配置でき、文章を会話形式でレイアウトできるようになったのがちょうどこの頃でした。そこで、この作品にその形式を取り入れてみようと思い付きました。二人の人物による小説をめぐる対話です。

 しかし、対話は考えなしにだらだら書いていくと、すぐに退屈なものになります。間延びしますし、緊張感がなくなります。そこには工夫が必要でした。

 また、書評や読書感想の要素も重要なので、『犬を連れた奥さん』という短編をかなり読み込みました。常に資料を手元に置き、本編を確認しながら書かなければならないので、寝床に潜ってスマホで書く、という裏技を使えませんでした。締め切りが迫って来ました。仕上がりませんでした。

 締め切り当日、間に合わない旨をX(エックス)にポストした直後、悪寒に襲われて熱を測ったら三十九度一分でした。

 翌日、インフルエンザか二度目のコロナかを覚悟して耳鼻科を受診しました。駐車場での隔離診察でしたが、検査の結果はどちらも陰性で、高熱とひどい咳が続くただの風邪でした。検査結果の報告に訪れた看護師さんが、一瞬困惑した表情になったあと微笑を浮かべたのを覚えています。

 小説は、締め切りから八日が経って完成しました。



6.『沛然叔父さんの厄落とし業』の覚え書き

NEMURENU58thテーマ【三つの願い】

 これは、『願いをめぐる二つの短い物語』の中の一編です。

 本来なら【三つの願い】のテーマに合わせて、掌編小説を三本つくり、『願いをめぐる三つの短い物語』とする計画でした。しかし、複数の小説を同時進行で書き進めるというのに挑戦したら、案の定、追い込まれてしまい、このままでは一本も仕上がらないというピンチを迎えました。三作全部の完成は諦め、一つは過去作の改訂版を、もう一作はこの小説にしぼることにしました。久方ぶりの新作です。

 私は書きながら物語のプロットを組み立てる創作方法です。この作品は頭の中で終盤までイメージしていたのですが、文字数がどんどん増えて掌編が短編になってしまったので、分量を抑えるために終盤を変えることにしました。それがさらなる遅延を招きました。書いても書いても終わらず、消しては書き、消しては書き、何度でも書き直しをしました。ようやく完成したときは締め切りから十二日が経っていました。ネムキの皆様、申し訳ありません。

 この小説に宇宙人が登場するテレビドラマの話が出てきます。これは私が幼いときに観たドラマの記憶をヒントに書きました。何というドラマか失念していましたが、インターネットで検索して探したところ、松木ひろし脚本『俺はご先祖さま』(日本テレビ)だったような気がします。主演が石坂浩二さん、美人の宇宙人はハーフでタレントのマリアンさんです。



7.『磯崎ルンナ、午前三時に町を彷徨う』の覚え書き

NEMURENU58thテーマ【三つの願い】

 この作品では、本編の前に注意書きを設けました。

 2013年に書いた作品です。元々は二十枚の小説でしたが、note向けにショッキングな描写をなるべく排除して、十六枚に再構成しました。ご存知の方もいると思いますが、二十枚の九割を削ぎ落とし、原稿用紙二枚分の小説として『ルンナは夜明けまでに』という作品をnoteに投稿しております。本作はそのディレクターズカット版という位置づけになります。

 小説を書くという行為は、因業なものだと思います。誰かを幸せな気持ちにすることもあれば、誰かを不快な思いにさせることもあります。感謝されることもあれば、ひどく恨まれることもあるでしょう。作者は、それらのすべてを引き受けなければなりません。

 ジョン・アーヴィングの短編『ピギー・スニードを救う話』を、正月の間、私は何度も拾い読みしていました。この短編には、小説を書くということはどういうことなのか、その秘密の一端が明かされています。豚舎で豚を飼って生計を立てている容姿に恵まれないひどい臭いのする哀れなゴミ収集人ピギー・スニードが火事で焼け死んだことを受けて、作中、アーヴィングはそれをこう言い表します。

あとになって私は気づくことになる。作家の仕事とは、ピギー・スニードの命が助かった場合を想定すること、火事を起こしてピギーを窮地に追い込むこと、そのどちらでもあるのだ。

ジョン・アーヴィング「ピギー・スニードを救う話」p29 小川高義 訳 新潮文庫.


 私は、高校生のルンナを未明の町に彷徨わせ、残酷な仕打ちを与えたままこの物語を終わらせました。この場面で終わらせると決めたからです。けれども、物語が終わったあと、誰にも知られないところで私はルンナと赤ん坊を救っています。それができるのは、この世で唯一、作者だけだからです。

◇◇◇◇


 以上で、今回の「あとがき・覚え書き」は終わりです。

 最後の二作品は、厳密に言うと令和六年の投稿ですが、昨年の作品としてカウントしています。

 その『沛然叔父さんの厄落とし業』と同時並行で書きながらも未完になった作品があります。タイトルは『クレアの前の前の前の彼』というもので、昨年発表した『ブラッディ・ザネリ』に登場した吸血種族が主人公の番外篇です。吸血鬼小説でありながら変態小説でもあります。これは近いうちに書き上げたいと思っています。

 もう一作、【ゴーストタウン】のときに、途中まで仕上げていた作品があります。これはいつになるかわかりませんが、完成を目指すつもりです。

 スランプを脱しているとは言えませんが、今年もできる限り書いていきたい気持ちです。気が向いたときに読んで下さると嬉しく思います。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。皆様がいるので、続いています。


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