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『2044年・特別編』(ショートショート)

 新型コロナのパンデミックが起きたのは、しっかり覚えてるけど2020年で、その頃俺は……、えーっと二25歳になる年で、今と同じテレビ番組の制作会社に勤めてたんだ。君はまだこの世に存在もしてないね。

 うん、そうそうADやってたよ。ディレクターが今じゃ考えられないくらいパワハラ気質でさ、すっごいいびられてた。犯罪すれすれだったよ本当に。俺は大学入る前に一年浪人してたから、新卒二年目だね。

 なんでその仕事ってそりゃあ、オリンピックの映像が撮りたかったんだよ。ああそっか、それも知らないか。東京オリンピックはさ、最初は二〇二〇年に開催する予定だったのよ。世紀の大イベント、なんとしてでも自分の手で記録したくてね。たくさんテレビ局とか新聞社とか受けてなんとか拾ってもらったのが今の制作会社でさ。まあ、今にしても思えば新卒二年目じゃオリンピックの映像なんて取らせてもらえないだろうけど。いやあ、二〇二〇年にやるつもりだったなんて、今じゃ考えられないねえ。

 もう当時はテレビ業界も右往左往に周章狼狽で大変だったんだから。まず撮影ができない。人が集まっちゃ駄目だから。大人数でバタバタしながら作ってたような番組はもう無理でね。バラエティ番組なんて特に。ドラマもアウト。俺はバラエティを担当してたから、もう本当に頭を抱えたよ。

 2020年の2月くらいから感染が広がっていって、3月にはもうお客さん入れた状態での撮影はできなくなって、4月の頭くらいにはもうほとんど収録ができなくなってたね。4月一杯は撮り貯めのストックがあったから、なんとか新しいものが出せてたんだけどそれもすぐに底をついてね。5月に入る頃には過去一年くらいに放送したものを「特別編」として放送するしかなくなったんだ。

 テレビの評判が落ちると思うでしょ? それがぜっんぜん大丈夫だったんだ。むしろ好評なくらいで。まあ、特に面白かったところを繋ぎ合わせてるから当然っちゃ当然なんだけど。で、ご存知の通り、コロナの方もあんまりよくならなくてねえ。感染者は増え続ける、ワクチンはできない。一向に状況は好転しなくて、収録再開の目途が立たなくなった。だからどの局も「特別編」を作り続けるしかなくてね。

 過去一年分の番組も数か月で使い切っちゃって、どんどん過去の素材から特別編を作るようになっていったんだ。18年のが終わったら、17年のを、それも尽きたら16年を、って塩梅で。2021年が終わる頃には2014年くらいの素材を使ってたかなあ。でもね、全く何も言われないの。評判がいいの。笑っちゃうよね。それで満足しちゃうんだよ、みんな。

 君、何年生まれだっけ。25年? じゃあ小学校低学年の頃に見てたのはだいたい90年代後半くらいの番組かな。知らなかった? そうだろうね。ちょっとずつ遡っていったからさ、ほとんどの人が気付いてないんだ。慣れちゃうとさ、分からなくなるもんなんだよ。え、うん。バナナマンも有吉も大昔はMCとかやってたんだよ。君が小学生の頃は体張ってたけどね。最近は見なくなったなあ。質問はそのくらい? ちょっと見たい番組あるからテレビつけていい?

 「“東洋の魔女”ニッポン女子バレーボールがソ連を破り、金メダルを獲得しました!」

 お、日本優勝か。頑張ったな~、すごいねえ。


霞を食べるような生活が、埃を食べるような生活には変わるかもしれません。