理想の家庭料理づくりは相手に寄り添うところからはじめよう
妻とは、家庭料理という言葉を通して見えている世界が違う
家庭料理の新デザインというゼミを終え、感じたことを一言で表すとこの一文になります。
ただ、正直にいうと、まだしっくりきていません。
なんども、なんども、この一文を書き直しています。
それほど、家庭料理という言葉が表す世界は深い。
ゼミに通い始めてから、ゼミで学んだこと、感じたことについて、何度か妻と話をしました。
そして、そのたびに、温度差を感じました。
私が話す言葉がなぜか妻には届かない
そう感じていました。
同じゼミに参加している人たちは、ゼミが終わったあと、満足そうにされています。
その中には、妻と同じように共働きで子育てをしている方もいらっしゃいます。
ゼミの内容はきっと素晴らしいはず。自分もそう思う。
でも、なぜか妻には伝わらない。
伝え方が下手なのか?
この温度差はなんなんだ?
ずっと考えてきました。
ゼミの内容、妻が話した内容や行動、自分の母親がしてくれていたこと、他の人の話。
自分の中にある、それらをつなぎ合わせ、導きだした答えが、
妻と私で、家庭料理という言葉で見えている世界が違う
ということです。
買い物、調理、片付けという狭い世界しか見えていない私。
子供の成長、アイデンティティの育成、夫の健康という長期的な内容に始まり、
・作り置きの料理であと何食持つか
・いつ作るか
・いつ買い物に行くか
・お肉の解凍など、料理の準備をしておかないと
と、終わることなく繰り返される家庭料理に、膨大な時間を費やしている妻。
ある共働きのママさんが、
「手を動かしている時間だけで、家事育児を分担していると言って欲しくない。考える時間も含めて分担して欲しい」
「子供の教育のこと、保育園のこと、仕事のこと、自分の体調のことなど、考えることはいくつもある。毎日、多くの意思決定をしている」
そんなことを言っていましたが、これを理解し、実際に経験しないと、家庭料理という言葉から、同じ世界は見えてこないんだろうなと思います。
とはいえ、実際にそれをするのはとても困難です。
ただ、
・会話する
・妻の考えや気持ちに寄り添い、より良くしていく
・美味しいの一言のように、気持ちを表現する
これを積み重ねることで、自分の世界を妻が見ている世界に近づけていくことはできると思います。
何年も、何年も、これを繰り返した先に、妻と同じ世界の中で、我が家の家庭料理が見えてくる。
これを、家庭料理の新デザインでの学びとして、これからも永遠に続けていきたいと思います。
いつも支えてくれている嫁と息子に、感謝の気持ちとして美味しいお菓子を買ってあげたいと思います^^