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書評『紙の動物園』

初出 2015年「宝島」


 今年クラウドファンディングによって設立された「日本翻訳大賞」は、質が良いにもかかわらずセールス的にはなかなか厳しい海外翻訳文学に明るいニュースとなった。
 面白い小説なら国内にたくさんあるのになぜ翻訳小説を読むのか? それは国内の小説にない面白さがあるからに決まっている。たとえばこの『紙の動物園』という海外SFもそうだ。
 著者のケン・リュウ(スト2のリュウとケンをもじっているのかと思ったがちがうらしい)は1976年中国生まれ。子供の頃にアメリカに移住、現在は弁護士・プログラマ・作家の3つの顔を持っている。本書の表題作「紙の動物園」は〈ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞受賞〉3冠に輝き、「もののあはれ」はヒューゴー賞受賞とかなりレベルが高い。
 本作には一五篇の短編が収録されている。SFというよりは幻想小説に近く、読んでいるあいだじゅう、とても奇妙な感覚を味わった。
 例えば、宇宙船に住む日本人の一人称で語られる「ものののあはれ」には、鹿児島、久留米市、芭蕉、など、我々には馴染みの単語が出てくる。サムライ、ハラキリ、ゲイシャ——ステレオタイプな日本文化を揶揄するB級コメディとは違い、使い方や理解はなにひとつ間違ってはいない……なのに、やはりどこかズレている……言うなれば、録音された自分の声を初めて聞いたときのような奇妙さ。
 こんな違和感は国内作品を読んでも絶対に味わえない。
 自分たちの文化を異邦人の目で見られる。
 それも、海外文学の魅力なのだ。

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