「fresh」の意味は「塩気のない」だった!?その1

#672 「フレッシュに英語史freshにhel活」
 新学期がはじまるのにあわせて「fresh」が取り上げられた。その中で驚いたのがfreshの元々の意味が「塩気のない」だったということだ。塩について多少の知識を持ち合わせ、また多少なりとも言葉に関心のある私は釘付けになった。そして、多少の知識をもとにfreshの語源を推理してみた。もちろん、素人のやること。興味半分で読んでいただければ幸いである。

(コンテンツの要約:主にchapter4)
 現代英語で「新鮮な」という意味の「fresh」は古英語時代は(綴りはfershでフェルシュの読み)、「塩気のない」という意味で使われることが多かった(=saltedの反対語として使用)。現代でも「fresh water」は「真水=海水ではない」という意味であり「塩気のない」とつながる。どういうことか?食料を保存するものは塩漬けにする、すぐ食べるもの(生もの)は塩漬けしない、それが「新鮮な」と結びつき、中英語以降は「新鮮な」が主流になった。なぜ変化したのか?いろんな考え方があるが、仏語にあった言葉が「新鮮な」で使われていたからだ、という考え方がある。それを横目にみて変わっていった?同じ形や意味が隣国にあった場合影響される、ということが英語史の場合よくある。
 そもそも、これはゲルマン系の単語なのにロマンス系の仏語にあるのか?実は、仏語もゲルマン系の言語(フランク語)の影響を受けている。そこから語彙を大量に取り入れて、語彙をゲルマン化させたという経緯がある。そして、その仏語に入ってきたゲルマン系の単語がノルマンコンクエスト以降、英国に取り入れられた単語がたくさんある。その中に大昔、ゲルマン祖語として共通していたものがたくさんある。つまり、英語と仏語で似ている単語があった場合、ゲルマン祖語に遡るペアというものが結構ある。freshもその一つ。フランス語においても意味変化を経て、一般的には「涼しい」「冷たい」という意味で多く使われる。先ほどの真水のイメージ、気温が引き締まったイメージ結びつきやすい?英語でも天気などを表すときのfreshはchilly、coldという意味になるので仏語的な意味も共有している。
 とすると、英語がフランス語のfreshから意味を借りたともいえるし、大元のゲルマン祖語のfriskas(フリスカス)から派生していてそれが英語側にも伝わっていたともいえるし仏語にも伝わったともいえる。だから今比べてもそこそこ似ているといえるのかも。これはいろんなパターンで説明できることなのだが、どれが正解か確かめることは、歴史言語学では必ずしもた易くない。はっきりと追いかけることができないことが間々ある。
 この単語の意味の発展に関する限り、大元のゲルマン祖語が共通しているから様々な派生的な語義も今、英語側と仏語側で共有しているんだ、という見方もあれば、特に中英語期以降に仏語と接したときに対応する仏語側のfreshのもつ意味を英語側が借りたからそこそこ似ている、ともいえる。単純そうにみえる形容詞だがそこには様々な音の変化もあった。そして借用もあっただろうし、独自の意味変化も絡んでいたかも。複雑な経緯をへて今の英語のfreshのもつ語感が確立してきて、それがカタカナ語として日本にも入ってきて「フレッシュ」という言葉が生まれた。 以上。

(umisio)
 山間部に勤務したおり「無塩(ぶえん)」という言葉に出会った。交通網が発達していなかった時代、そこで手に入る魚は基本的に塩漬け魚。生魚を目にすることは滅多になく、食卓に並べば「今日は無塩だ!」と喜んだとか。なるほど!沿岸部に住んでいる者にとって魚と言えば生魚が当たり前。「無塩」という言葉などなくて当然。言葉の「あるなし」、とりわけ「ない」を表す表現がその時代や土地に縛られていることを痛感した。
 もっとも、「無塩」という言葉も知った以上は自分の身につくようだ。そこでの宴席で刺身の盛り合わせを見ると、「今日は無塩だぞ!」と冗談半分にはしゃぎまくる。また、「無塩」という言葉を知ったことで、生魚を食べるのは特別なことだとの認識が生じ、その地を離れ以降は「無塩」という言葉を「新鮮」「とれたて」の意で使用したりした。
 今日のheldioでfreshの元々の意味は「新鮮」ではなく「塩気のない」という意味で使われていたことを知る。驚くとともに頭がフル回転…。先述の「無塩」の話を踏まえると、古英語期の人々(正確にはfershという言葉を生んだ人々)は、普段「塩気のない」(魚でいえば生魚)ものを食べつけていなかった、逆に言うと塩漬けのものばかり食べていたのでは?となる。ではこのfreshの「塩気のない」という意味はどこで生まれたのか?英国?それともフランス?はたまたゲルマン祖語?以下、推理してみた。
 発祥の地には次のいずれかの(複数含む)状況があったのでは?「塩の入手が容易だった」(場所によって製塩力に差。北方は難あり)「生ものが入手困難(山間部、高温多湿→腐りやすい)」「生ものを食べる習慣がない(=塩漬けがメイン)」「国の政策(税収確保、宗教的要素)で「塩漬け」推奨or生もの禁止」そこに、中英語期における仏語のfreshが「新鮮な」という意味だったという情報を加えて考えてみると…。
 当時、英仏ともに大きな製塩地を抱えており塩の入手は比較的容易だった?(英はリバプール周辺など、仏はノルマン征服の本山であるノルマンディ)。また、両国とも海に面していたので(全域ではないが)魚については生もの入手困難でもなかった?(英国ではある時期、塩辛いものばかり食べていたという話を聞いたことがある。)そして、中英語期の仏語では「新鮮な」の意味で使われていた、という情報を加えて仮説を立ててみると…
 古英語期に英国では「塩気のない」という意味をもつ「fersh」がすでに生まれていた。仏国にはなかったがノルマン征服で英国との往来が増える中、仏国もこの単語の存在を借用、不要な「塩気のない」という意味ではなく「新鮮な」の意味で使用するようになった。つまり、freshは「新鮮」からではなく、「塩気のない」が発祥なのでは?だとするとゲルマン祖語に共通の単語が果たしてあったのか?とか、ゲルマン祖語の発祥が海なし陸地だとしたらどうか?(内陸部は岩塩との絡みもあり)などなど妄想は広がる。
 以上、放送を聴いた時点の知識にもとづく推論。個人的には、freshという言葉は塩の介在がなければなかったのでは?と思ったりしている。(「ない」の単語が生まれる経緯を考えると…) つづく 
2023年4月3日(後日編集)




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