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あさひ市で暮らそう46 発展途上中の面白宿

 洋太は仕事があけるといつものように自転車でフラフラとしていた。今日は海岸線から旭駅方面へ行く予定だ。道の途中でキッと急ブレーキをかけてすれ違った二人に振り向いた。


「お前達、どこにいくんだ?」


 大きめのリュックサックに手提げのビニール袋。ビニール袋にはいかにも食材が入っているのに、どう見ても地元民ではない。

 いきなりの声かけに二人の青年は驚いてふりかえると、自転車にまたがる自分たちより歳下そうな少年にホッした。


「予約した宿に向かっているんだ」


「それってどこにあるんだ? どこから来たんだ? 何で歩いているんだ?」


 矢継ぎ早の質問だが悪意は感じないし、いつの間にか自転車を押して隣に立っている。


「海の近くだからもう少し先かな。都内。タクシーがつかまらなかったんだ」


「まさか人間が駅から歩いて来たのか?」


「人間? えっとまあ、そうだけど」


「荷物持ってやる。乗せろ」


「え、でも……」


 盗難を心配した二人は自転車のかごに荷物を乗せることはできなそうだ。


「なら、これに乗せてお前達が押せばいい。ビニール袋を持って歩くよりマシだ。交代で乗ってもいいぞ」


 それからしばらく歩くとその宿は飯岡地区にあった。『あさひシーサイドコテージ』は海岸線道路に面した宿で独特な形態をしている。

 入口近くには真っ黒に日焼けした壮年の男で宿主キヨが立っていた。


「いらっしゃい。予約の方かな?」


 うなづく二人にキヨはあたりをキョロキョロ見回すが、それらしき乗り物がない。


「何で来たの?」


「歩きで。タクシーがつかまらなくて。買い物も必要でしたし」


 キャンプ初心者に優しいシステムの『あさひシーサイドコテージ』は食材だけでBBQが楽しめて、宿泊もできる。


「そりゃ、大変だったね。すぐに露天風呂を使って一汗流すといい。

 あれ? 予約は二人だったよね?」


「俺はこの辺りの者だ。たまたまこいつらに会って面白そうだからついてきた。ここは何だ?」


「自由な宿。自由すぎてまだ制作中。ワッハッハ!」


 キヨは説明しながら青年二人を露天風呂に案内する。確かに道路に近い建物らしき物の前には工具が並んでいた。


「はいよっ。ここが露天の船風呂。リアル湯船だ」


「「「ブッ!!」」」


 キヨのくだらない冗談に吹き出す三人は素直だ。そこには甲板かんぱんや操舵室が外された船があり、先端部分にお湯が張られ湯気が立ち、真ん中は洗い場、後部に備え付けられたウッドデッキでは青空の下真っ裸でごろ寝できるようになっていた。


「気のいい人から譲ってもらったんだ。これを欲しがるライバルはたくさんいたみたいだけど、元持ち主さんが俺たちの使い方に喜んでくれて選ばれた」


「船の第二の生き方としては奇抜で面白いもんな」


 洋太も元持ち主に同意する。青年二人を船風呂に残してキヨと洋太はコテージの方へ戻った。


「これは何をやりたいんだ?」


 グルリと見回した洋太だが船風呂をはじめとして不思議なスペースすぎて理解できない。


「俺たちは、三世代が楽しめて、障害があっても楽しめて、ペットがいても楽しめる場所を作りたいんだ」


 キヨは宝物のように我が子のように自分たちが作っているものたちを見た。


「それはいい場所になりそうだな」


「子供たちにキャンプとか自然とかを感じで遊んでほしい。爺さん世代は孫が楽しむ姿を見たいが、キャンプで寝泊まりは難しい。ここなら、昼間は孫たちが走り回るのを見て、子供たちはテントで寝て、年寄りたちはコテージで寝れる」


 キヨが案内してくれたコンテナで作られたゲストルームはバリヤフリーになっていてベッドも一つは介護ベッドであった。五人分のベッドにエアコン、さらにトイレは広く車椅子が可で、バスも別々。


「キヨは何者なんだ?」


「実は設備屋だ。こう見えてかなり資格を持っていて何でもできちゃうんだぞ。ワッハッハ!! 本職は本職でちゃんとやってる。時間を見つけてここをやってるから時間が足らん」


 キヨは白い歯を見せて豪快に笑った。


「なら、キヨはいつ休むんだ?」


「仕事もこれも、ぜぇんぶ遊びみたいなもんだからなぁ。ハッハッハー」 


 外には他のコンテナルームもあり、少人数で泊まることもできるし、部屋の外にテントを張り楽しむこともできる。


「ここだけ柵付きなんだな」


 コンテナルームの一つを指さした。唯一テント張りがしにくそうな仕切りになっている。


「そこはペット同伴の部屋だ。この前、旅行家族が予約したホテルがペット不可なのを知らなくて三人はホテルに泊まるけど、息子さんが車内泊するって話をたまたま聞いて、ここに泊まってもらったんだ。その時はまだ国の許可が下りてなかったからお金を取らずに使ってもらった」


「お人好しすぎだろ?」


「俺はさ、数千万円の借金も、離婚も、再婚も、大腸がんも経験して、だけど、こうして元気にやってるし、今の嫁さんは一目惚れしてナンパして結婚したから、ゆったりしたい人に貢献したいなぁと思ってるんだ」


「おいおいっ! 濃い濃い! いきなりのぶっ込んてきていい話なのか?」


「んー、いいんじゃないかなぁ。ワッハッハ!」


 それから改装中のエアストリームハウスを見学して外に出る。


「あれは何だ?」


 敷地の隅にコンビニ袋がいくつかあるのだが、どうにもここに似つかわしくない。


「あれは浜から拾ってきたゴミだ。サーフィンの帰りにはゴミ拾いすることにしているんだよ。近くのサーファーにも声かけするんだけど「おかしなオッサン」って思われているだろうな」


「まともなオッサンの間違いだろう?」


 真顔で答える洋太にキヨは喜びと照れで破顔した。


「まともか。なら続けていくべきだな」


「もちろんだ」


 二人は握手して、洋太はその場を離れることにした。


「あの白い部屋ができるのを楽しみにしてるぞ」


「ああ。また来てくれ。明日は宿泊客がいないから、彼らを飯岡灯台に連れて行ってやるつもりなんだ」


「それはいい! あそこは大変にとても絶対にいいところだ!」


「俺もそう思う。地球ってデカイなぁと感じられるところだ。人は年に一回はデカイ景色を見なきゃちぢんじまう。

若い時に大きな自然を見ておくと心は大きくなって、下手なことに負けないと信じてる」


 キヨは遠い空を見上げた。


「キヨはいい事言うなぁ」


 キヨに手を振った洋太は宿の敷地を突っ切るように裏手に向かって自転車を押して行く。


「お前達。またこの宿に、旭に来いよお!」


「おー!」「わかったぁ!」


 船の露天風呂から明るい声が聞こえてくる。


『キヨの夢はでっかくて、ここはきっといつまでもいつまでも発展途上中なんだ。面白いなぁ』


 洋太のニヤニヤは止まらなかった。


 その後、あさひシーサイドコテージはエアストーム部屋が増えたり、面白い車が導入されたり、本格サウナが増えたり、外装壁ができたりと、どんどん発展している。


 きっとまだまだこれからも。


 ☆☆☆

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 あさひシーサイドコテージ様(インスタやフェイスブックで予約をご確認ください)

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