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あさひ市で暮らそう44 白鳥舞う

『はくちょうさん まいとしきてね

 きよたきに』


 旭市内北東部に位置する清滝きよたき地区は干潟八万石の田んぼと緑溢れる下総台地を持つ自然豊かな地域である。その田んぼの真ん中に大きな看板が立てられ、そこには清滝小の児童が作った自然を誇りに思う標語が載せられている。これはその一つだ。

 

 そこからほど近い東庄とうのしょう町の『千葉県民の森』にある八丁せきには十一月になると多くの渡り鳥たちが飛来する。その数千五百とも二千とも言われ、水面が白鳥とカモでおおわれている。冬でも雪がめったに降らないから渡り鳥たちに選ばれているのかもしれない。

 

 朝六時半にもなると八丁堰の脇には車が沢山並び、堰沿いの砂の砂利道じゃりみちには立派な一眼レフ望遠カメラを持った写真愛好家だけでなく、ケータイカメラで白鳥を撮らえる自然愛好家の姿もある。


 白鳥のグループリーダーが上空の風を読んで滑走方向を選ぶと水面を蹴り始める。するとそのグループはそれに伴うようについていき、数羽の白鳥が空へ舞う。風によっては大きく旋回しながらある程度上空へ行き、そこからまっすぐに朝日に向かっていく。その先にある清滝地区の田んぼへ行くのである。

 その勇壮な自然の美しさにシャッター音がそここに鳴る。


「冬になると週に二日はここに来る。ゴルフ帰りにはちょうど戻って来る時間帯になるんだよ。夕方にV字で戻って来る姿も夕陽に光って見応みごたえあるぞ」


 老年の紳士は大きなカメラを手に楽しそうに話す。また水音がしたと思うとそちらへカメラを向けた。森をバックに。朝日をバックに。真っ青な青空をバックに。被写体の動きに同じものはなくせわしないシャッター音は続いていった。

 こうして毎日のように八時頃まで白鳥の飛び立つ姿を堪能することができる。


 白鳥たちにとって八丁堰は寝ぐらで、清滝の田んぼは食事処なのだ。広い干潟八万石の中で圧倒的に清滝地区に飛来する白鳥が多い理由は筆者にはわからない。夏に刈り取りを終え水を抜き落ち穂が伸びたものを耕して春まで休眠させている姿はどの田んぼも同じように見えるのだが、清滝地区で昼間を過ごす白鳥が断然多い。


「おっ!」


 あることに気がついた洋太は自転車を立ち乗りしてペダルを踏み込んだ。ほんの少し風を自分に纏わせるが、目標の方向にいる人物たちに不審がられては困るので寒さを和らげる程度にしておく。


「かずき! すず! こんなところで会うとは思わなかったぞ!」


 息も切らせずに二人の近くまでやってきた洋太はにこやかに話しかけた。

 二人は派手な車の持ち主で、遠くからでもわかる車影に洋太は喜び勇んでやってきたのだ。かずきとすずは車から降りて白鳥たちのダンスや休息を堪能しているところだった。


「洋太君はここまで自転車なの? すごぉい!」


 すずが手離しで褒めるので洋太は困ったように苦笑いした。


「白鳥がすごいから思わず車停めて見ちゃってたんだ」


 かずきのケータイの方向は白鳥たちが餌場にしている田んぼである。


「俺もコイツラを見に来たんだ。生き物って応援したくなるからな」


「?? 力をもらえるじゃないんだ?」


「あははは……まあ、それもあるな」


 すずの疑問に洋太は笑顔で誤魔化した。


「あ、お前たちから譲り受けた『もこふわ』な、小さな花をいっぱいに咲かせて母さんが喜んでいたよ」


 夫婦でサボテン好きで株増やしを楽しんでいたところ、楽しみすぎて場所がなくなってしまったと『サボテンフリーマーケット』を十二月に催していた。すずがDIYしている店舗を使ったそれは、多くの種類が並び圧巻の様子であった。

 洋太はその中で真っ白でふわふわで可愛らしい『マミラリア』を水萌里へのプレゼントにと購入した。


「恐竜は変化ないけど親父は毎日話しかけているぞ」


 真守へのプレゼントは『アストロフィツム鸞鳳玉らんぽうぎょく』で、棘なしで乾いた肌に白い斑点はんてんがついていて、五本の稜線がまるで恐竜の背のようなサボテンである。


「それも可愛らしい花を持つから楽しみにしていてよ」


「わかった。すずの店のオープンより先にかずきのサボテンになったな。サボテンルームは少しはすっきりしたのか?」


「いやぁ、スペースが空いたから新しいサボテン買ってきちゃったんだよね」


 かずきの照れ笑いにすずも笑ってしまっている。


「それはそれで楽しみじゃないか。店を正式にオープンしたら見せてくれよ」


「オッケー!」


 しばらくして白鳥の数グループが八丁堰への帰還を開始し始め、三人はその場を後にした。


『まもろうよ えがおをうつす

 すんだ水』


 その標語看板に頷いた洋太は自転車を停めて後ろを振り返る。


「美味い水が美味い米になり、美味い卵や肉になるんだ。この田んぼが守られていくといいな。

子どもでも知っていることを続けてほしい……。

俺たち神には自然破壊は止められないのだから」


 洋太はもう一度看板を見た。


「その気持ちを無くさないでくれ。そうすればこいつらも毎年来るさ」


 洋太が目を閉じると一迅いちじんの風が舞い、白鳥たちの背を押した。


 ☆☆☆

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