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福知山線 城館めぐり(中)黒井

12時過ぎ、篠山口行きの福知山線普通列車に乗る。
20分ほどで着いたのが黒井駅である。ここは兵庫県丹波市になる。丹波市は、平成の大合併でできた市で、このあたりはもともと春日町という町だった。黒井駅は、時間帯によっては特急も停車する駅だが、小さな田舎駅という感じで、駅前にはコンビニの一つもない。

黒井駅舎

駅舎から出て、真正面に見える山が目的地の黒井城跡である。標高356mの山の上に築かれた城で、戦国時代には荻野直正が城主となり、丹波平定を急ぐ光秀と対峙した。第一次丹波侵攻では、光秀軍に大打撃を与え、退却させている。だが、数年後に荻野直正は病死してしまい、この間隙をついて光秀は第二次丹波侵攻を行い、丹波平定を実現させた。

駅周辺からのぞむ黒井城

丹波平定後、明智光秀の重臣・斎藤利三(再び「麒麟がくる」を見ていた方向けに説明すると、須賀貴匡が演じていた稲葉良通(演・村田雄浩)から逃げてきた武将)が黒井城の麓の陣屋に入り、戦後処理を行った。この地で生まれた斎藤利三の娘がお福、後の徳川家光の乳母である春日局である。春日局という名は、ここ春日町に由来する。

駅前の春日局(お福)の像

駅には、あまりパンフレットが置かれていないので、いったん駅から西に向かって歩き10分弱ほどの場所にある春日住民センターに立ち寄る。

春日住民センター


周辺には丹波市役所春日支所など公共施設が集積する

そこでもらった地図を片手に今度は黒井城の方向へ進む。山頂の部分が、きちんと整備されており、目をこらせば麓からでも石垣が見える。今からこれを登るのか・・・と思いながら、少し情緒のある住宅街を進む。

やっぱり高い・・・

センターからは15分ほどで登山口についた。ちなみに、このとき季節外れの夏日で、なおかつ黒井駅にコインロッカーがなかったために、パンパンのナップサックを背中にしょっている状態だ。昨年、熊被害があったらしく、注意喚起の看板も出ている。よほど引き返えそうかとも思ったが、逆にここまで来たのだからと思い、意を決した。

登山口、右奥に5台くらいは停められる駐車場がある

12時50分、登山開始。山頂までのコースは、なだらかコースと急坂コースの2つがあったので、迷わずなだらかコースを選ぶ。きちんと整備はされているので歩きやすいが、普通に山道だ。一応、熊対策のため音を出しながら登れと看板が出ていたので、スマホで音楽を流しながら行く。平日だが、途中で2~3人を追い越したり、4~5人ほどとすれ違ったりした。これなら音楽を流さなくても良いじゃないかと思ったが、しばらくは流しておいた。

普通にしっかりとした山道

久しぶりの山城なので、結構汗をかくし、しんどい。ただ、やはり若さ故か25分ほどで山頂にたどり着いた。案内などでは40分と書かれているので、コースタイムのおよそ3分の2だ。
麓から山頂がよく見えたように、山頂からも麓がよく見える。360度のパノラマで、ときおり吹く風が心地よい。

山頂から城下をのぞむ

山頂部には、自然石を積んで築かれた石垣があちこちに残っている。

遺構の保護のため階段が設置されていた
本丸跡にある石碑、保月城は黒井城の別名

石垣を見て回り、休憩して程なく下山を開始した。登山口には、20分弱で戻ってこれた。登山口にある自販機でスポーツドリンクを即座に買い、一気に飲んだ。

駅へ戻る途中、興禅寺に寄った。斎藤利三が入った陣屋の跡地に建てられた寺院で、ここが春日局生誕の地となる。寺院の周りには石垣と水堀があり、実戦が想定されていたことをうかがえる。こちらの石垣と堀もなかなか見応えがあった。

興禅寺
立派な山門

14時過ぎに再び黒井駅に戻ってきた。14時29分頃の篠山口行き普通列車には余裕で間に合ったので、駅待合室でしばらく休憩した。

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