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LCOLCとは?LCOEの欠点を埋める議論を


(トップ画像はChatGPTが作成しました)

再エネコスト予測の落とし穴と新たな指標LCOLC

ドイツ政府の経済賢人会議メンバーであるGrimm教授が書いた興味深い論文を紹介します。タイトルは「再生可能エネルギーのLCOEは、将来の電力コストの良い指標ではない」というもので、LCOEが将来の電力コストを正確に示すわけではないという警告が含まれています。
そこで、著者らは電力需要を満たすためのコストを計算するために、新たな指標「LCOLC(Levelizd Cost of Load Covergae)需要充足平準化コスト」を提唱しました。著者らは、LCOLCはより正確な電力コストの見積もりを可能とすると主張しています。

なぜこの論文が公表されたのか:背景を理解する

ドイツ政府は、再エネの拡大によって、将来的には国内の電力コストが大幅に下がると公言しています。特に太陽光や風力といった再エネは発電量が天候に依存するため、予測可能な範囲であっても需要に完全に一致するわけではありません。このようなギャップを埋めるためには、追加の技術が必要となり、これを「柔軟性」と呼びます。この論文では、ドイツ政府が強調する「再エネによるコスト削減」がLCOE(発電コストの平準化)の計算に基づくものであることを指摘し、LCOEだけでは安定供給を含めた実際の電力コストを反映していないと論じています。

この問題提起はドイツ国内でも新しいものではなく、多くの文献がすでに指摘しています。しかし、現在の政府は再エネのコストが将来的に低下するという点のみを強調し、その他のコスト要因への言及が不十分です。この論文は、そうした背景の中で、再エネの全体的な経済性について再評価する必要性を訴えています。

LCOEの限界:再エネの経済的負担

論文の内容を簡単に言うと、ドイツでは2040年までに、風力発電と太陽光発電のLCOEがそれぞれkWhあたり4.69セントと2.59セントにまで低下する可能性が示されています。しかし、風力や太陽光に加えてバッテリー、ガス、水素貯蔵、水素発電を組み合わせた場合の全体的なコスト(LCOLC)はkWhあたり7.85セントまで上昇する可能性があります。また、太陽光と風力のみにバッテリーを組み合わせたシナリオでは、コストが21.7セントにまで高まるとも試算しています。

これは、太陽光や風力が発電しない時間にどのような柔軟性を使用するかによって、LCOLCがどのように変動するかを示しています。これらの数値は特定のシナリオに基づいており、Grimm教授らはこれらの計算が非常に単純化された前提に基づいているため、これらの数字を厳密なコスト予測や価格予測として使用すべきではないと警告しています。しかし、これらは将来のエネルギーコストの一定の見通しとしては機能するでしょう。

↓わかりやすくまとめた記事

LCOLCとは:全コストを含めた再エネの真価

LCOLCの概要とその重要性
LCOLC(Load Coverage Levelized Cost)は、太陽光と風力の大量導入を前提に、これらが発電しない時間帯に必要な電力を他の技術でカバーする際のコストを「最適化した指標」です。具体的には、2021年には柔軟性としてガスとバッテリー、2040年には水素も柔軟性の役割を果たすことを想定しています。このLCOLCは、理想的には「最小コスト」を表すものですが、現実のコストは予想を上回る可能性があります。
LCOLCは、太陽光や風力だけではなく、需要を満たすために必要な補完技術のコストも考慮に入れた平準化されたコストです。これにより、単に「LCOEが低い=電力コストも安い」とする見方が将来の電力コストを過小評価するリスクを示唆しています。

計算方法の説明
LCOLCを計算するには、まず電力需要を満たすために必要な技術の組み合わせを特定します。次に、これらの技術に関連する建設費用(CAPEX)、運営費用(OPEX)、燃料費などのコストを計算します。これらの総コストを特定期間内にこれらの技術が供給する電力量で割り、得られた値がLCOLCであり、通常はkWhあたりのコストとして表されます。

LCOLCの意義
LCOLCの導入により、太陽光や風力のLCOEだけでは把握できない、電力供給の実際の経済性をより正確に評価することが可能になります。この指標を用いることで、再生可能エネルギーの普及を推進する上での経済性を適切に理解し、電力システムの設計や政策策定において、より情報に基づいた決定を行うことができるようになります。

LCOLCによる洞察:再エネ政策の注意事項

Grimm教授らによるLCOLCの計算方法とその結果について
Grimm教授らのLCOLCの計算結果は非常に興味深いものですが、それに至る計算プロセスを詳しく見てみましょう。

LCOEの計算
この研究では、風力と太陽光のLCOEについて、2021年と2040年のデータをFraunhofer ISEの研究結果を基にしています。

柔軟性技術の選択とコスト
柔軟性を提供する技術として、バッテリー単独、バッテリーとガス、バッテリーと水素、さらにはバッテリーとガスと水素を組み合わせた3つのシナリオが考慮されています。それぞれのコストは、他の研究論文のデータに基づいて想定されています。

電力需要のシナリオ
電力需要については、需要が一定の超大口需要家と、時間によって変動する地域的な需要の2つのパターンが検証されています。需要も太陽光や風力の発電パターンと同様に、特定のパターンを示します。

これらの計算は、あくまで単純化された需要プロファイルを基にしていますが、電力需要を想定する初期段階としては十分な精度を提供します。


左が需要が一定、右が需要が変動

2040年に向けた電力コスト: LCOLCで見る未来

計算の前提
以下は、2021年および2040年における各電源のコスト計算の前提を示しています。

  • 2021年: 風力、太陽光、蓄電池、ガス(コンバインドサイクル)

  • 2040年: 風力、太陽光、蓄電池、ガス(コンバインドサイクル)、PEM水電解、水素貯蔵、水素(コンバインドサイクル)

以下に表にして示しましょう。

2021年の各電源のコスト計算の前提
左から風力、太陽光、蓄電池、ガス(コンバインドサイクル)
2040年の各電源のコスト計算の前提
左から風力、太陽光、蓄電池、ガス(コンバインドサイクル)、PEM水電解、水素貯蔵、水素(コンバインドサイクル)
ガスにかかるに係るコストの前提

LCOLCの計算結果

  • 2021年: 風力と太陽光のLCOEはそれぞれ5.49セントと4.07セントですが、柔軟性技術(蓄電池とガス)を加えた結果は、6.5ー7.5セント程度になりました。著者らはバッテリーのみのLCOLCも試算しています。これはIdel氏の「Levelized Full System Costs of Electricity」と類似する考え方ですが、「一国のエネルギーシステムを考えるには当然適しておらず」、オフグリッドよりも「他系統との連係などのオプションを用いたほうが良いということを」示しています。

  • 2040年: この年のLCOLCでは、風力と太陽光にバッテリーとガス、または水素を組み合わせるシナリオで、コストは7.63セントから8.11セントの間とされています。これは電力の安定供給に関連する最小コストと考えられます。

2021年の計算結果

LCOLCの結果だけを日本語にしました。
まずは2021年の結果を。

2021年のLCOLC

次に2040年の結果です。

2040年のLCOLC

この試算では、需要家側柔軟性(Demand Response: DR)、バイオマスや水力などの他の再エネは考慮されていません。Grimm教授によると、特にDRの導入がコストを大幅に下げることはないとされています。また、この試算には系統コストや税金、電力シェアリングなどのデジタル化に関するコストも含まれていません。

これらの結果から、系統コストや税金が現在のレベル(2024年は託送費12セント、税金10セント程度)を維持すると仮定した場合、2040年の電力価格は、30セント程度になる可能性があります。これは2024年のドイツ家庭向け電気料金の市場価格(新規契約で25セント、既存契約で35セント)と比較して、ほぼ変わらないか少し低い水準です。
ここ数年の託送費は、ガス価格が高騰したことで系統混雑対策費用が高騰したこともあり、2021年の7.8セントから比べて、過去3年で大幅に増えています。これが続くか落ち着くかは予測が難しいところです。

このように、LCOLC計算は、電力供給の実際のコストをより正確に把握するための重要な指標ですが、その予測や計算には多くの変数と仮定が関与していることが理解されます。

論文の結論と未来の電力コストへの洞察

論文の結論は、実際の電力コストが、風力のLCOEが4.69セント、太陽光が2.59セントとされる値よりもかなり高くなる可能性があるため、注意が必要であると述べています。
この研究によると、理想的な条件下では太陽光と風力にかかる追加コストは数セント程度に抑えられるともいえ、ドイツのエネルギー関連のディスカッションでは、LCOLCが8セント程度であることは高いとは必ずしも見なされていません。

しかし、系統整備費用などが含まれていないため、実際の柔軟性コストは少なくとも8セントは必要とされるでしょう。私はこれまでに柔軟性コストは最低でも6セント程度という評価を見たことがありますが、実際にはそれ以上かかることが予想されます。

太陽光と風力のLCOEだけを考慮すると、ドイツの電力コストが非常に低く、5セント程度になる可能性があると考える人もいますし、政府の言い方もこうした誤解を招きかねないものです。

しかし、2040年までにカーボンニュートラルを達成すると仮定した場合、電気代は現在の水準から大幅に下がることはなく、やや低下する可能性がある程度です。この論文の核心は、2040年までに現在とほぼ同じ価格で電力をグリーン化することが受け入れられるか、そのための投資を今すぐに始めるべきかという問いかけにあります。もちろん、Grimm教授らは、これらの予測をこの研究結果から直接コスト予測を導くことのリスクについて警告してはいます。

また、電力、暖房、交通を含む家庭のエネルギーコストは、電化とクリーンエネルギーの導入により低減する可能性があります。特にV2G(車両から電網への電力供給)が認められるようになれば、バッテリーコストがGrimm教授らが想定するような系統安定対策コストではなく、各EVユーザーの車両購入費の一部として支出されることになり、これが直接電気代に反映されるわけではないかもしれません。ただし、V2Gの普及も予測が難しい分野です。

過去の予測と将来の電力コストの見直し

記事を書いている途中で、2015年に「Agora Energiewende」が公表した2035年までの再エネコスト予測「Die Entwicklung der EEG-Kosten bis 2035」を思い出しました。この予測は、市場プレミアム制度(FIP)導入直後に行われたもので、2035年の再エネ賦課金と先物市場価格(Phelix Base Year Future)を合わせた電力コストがkWhあたり7.9セントになると予想しています。

さらに、スポット市場価格と賦課金を合わせたコスト評価では、2035年にはkWhあたり10.5セントになると試算されています。

これらの市場調達コストと再エネ賦課金の合計は、全ての電源からの電力調達コストと市場外での再エネ調達にかかるコストの和として、全需要を満たすためのコストに似た概念です。大まかに言って安定供給にかかるコスト(LCOLC)に近い値といってよいと思います。(ただしAgora Energiewendeの評価は再給電指令などの系統安定対策は明示的には含まれていない点は注意)

意外なことに、過去10年間で2040年前後の電力コストの評価は大きな変化が見られなかったことになります。もちろん、実際の電力小売価格は、LCOLCであろうと2015年の評価であろうと、それよりも高い値になるでしょう。

電力価格の現状と将来の展望

電力の税抜価格がトータルで約20セントになると考えることには、大きな違和感はないでしょう。これは欧州の他国と比較しても圧倒的に高いわけではなく、合理的な範囲内だと思います。(産業界の電力価格はここまで高いとやっていけませんが)
例えば、フランスの電力規制価格(ブルータリフ)は2024年時点で税込みで25~27セント程度です。フランスでは固定費が比較的高く設定されているため、ドイツで同じ27セントの電力契約を結ぶと、実際の電気代としてはドイツの方が低くなる傾向があります。それでも、電気代が今後大きく下がるとは考えにくい状況です。

他方で、EUは電力系統の国際連系を強化する方向であり、ドイツ国内で消費される水素は主に輸入されるため、ドイツの電力自給率を100%にするのは困難です。原発に頼ってもウランは輸入が必要であり、いずれにしても自給率を100%にすることはできません。
ドイツは再エネと国内産の褐炭を持っているために現在の電力自給率は比較的高く、これを大幅に向上させることは難しいですが、暖房や給湯の電化が進めば、全体のエネルギー自給率は向上させることができるでしょう。

再エネを増やすことで電気代が下がると考えるのはやや楽観的ですが、再エネの普及には他にも多くの意義があると言えます。

この研究は、ドイツが2040年までに再生可能エネルギーと柔軟性技術を用いて電力の脱炭素化を実現することを前提にしています。太陽光と風力にバッテリー、ガス、水素を組み合わせた場合の安定供給コストがどの程度になるかを示しているため、脱炭素化をしない場合や原発を使用する場合との直接的な比較ではない点にご注意ください。

電力市場の不均等なコスト負担と政策的課題

この論文の試算は、電力供給にかかるコストを平準化したものです。
Grimm教授は新聞の問い合わせに、「大企業が将来、再エネの発電が豊富な(電力価格が安い)ときに電力を消費してコストを削減することは考えられる」=大企業はDRでコストを抑制する可能性がある、と回答しています。
これは、実際に個人が支払う金額が、平準化されたLCOLCに託送費と税金を加えたものとは全く異なる可能性があることを意味します。

(以下有料ですが、ここからは私の考えを述べているだけで、論文に関する記述はここまでです)

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