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ドイツの脱原発は誤り論について

ワシントン・ポストの投稿で面白い意見を読みました。

https://www.washingtonpost.com/opinions/2022/01/04/germanys-anxiety-about-nuclear-energy-is-leading-nonsensical-policy/

基本的に今のドイツ政府にはこれに論理的に反論するのは厳しいかと思いつつ、でも少しだけ付け加えたいと思います。(こういうのを書くと無節操なドイツ擁護と言われそうですけど)

まずこの著者の意見はドイツを外から見た場合に正当性がある意見だと思います。そこで、私からはドイツ国内政治と数字からあえてこの投稿に批判的に付け加えたいと思います。ちなみに私は現政府の再エネ目標は実現困難で30年脱石炭はほぼ不可能だと思っています。そこでガスが重要となり、今はガスの供給先としてのロシアの信頼性が問われているわけですが、このエントリーでは原子力の国内問題に絞ります。

記事内で紹介されているGrohnde原発ですが1985年運開なので2025年で40年を迎えます。ドイツは原発利用は40年なので4年短く停止を迎えました。これを例えば60年に延長するにはドイツの法律を変え、20年延長に係る検査・審査基準を策定し(今は存在しない)、環境団体との裁判に耐え、などの多大なコストと時間がかかります。

原発を10億ユーロで解体すると書いてありますが、これは延長してもしなくてもかかるコストですでに一部国民負担が決まっています。
国民が当時その公的負担を受け入れた背景には「2022年には脱原発するため、原発が想定通りの収益をあげられない」という条件があります。もし原発延長で収益が増えるなら国民負担分の見直しは必至で、泥沼の裁判になるでしょう。

問題は原発延長は支持派が思っているよりはるかにコストがかかることもありますが、これを負担するスキーム作りが難しいことです。原発延長のための裁判費用を負担してくれる金融機関がでてくるのでしょうか?これは22年脱原発決定後に大手電力が脱原発見直しの機運を高めようとした際にとても苦労したところでもあります。

また、原発の稼働延長に際して対応してくれる保険会社も今のところありません。

さらにこれらの原発はすでに燃料がありません。ドイツ国内には核燃料製造工場が2ヶ所ありますが、これらはすでに国外の受注で手一杯でドイツに回す余裕はないと言われています。つまり「今急に必要になったから延長」は時既に遅しです。ドイツの原発はエネルギーシステムとそれにかかる法制度として詰んでいるのです。

もちろんエネルギー多消費業界内には「ほら見ろ」と思っている方も多いでしょうが、2010年代後半からは産業団体は軒並みエネ転換を早く進めろという声に変わっていたので、問題は脱原発ではなくエネ転換の鈍化にあると個人的には思います。

もう1つ、数字を挙げて考えたいのは「原発は本当に欠かせないエネルギー源なのか?」です。

まず技術的にはドイツの原発は稼働中については世界で最も安全な原発に数えられ、事故を起こす可能性は非常に低いと言えます。私もドイツの原発が事故を起こすとはほぼありえないと思っています。稼働中、閉鎖済み、解体中の原発全て中に入ったこともありますが、作業員の放射線被曝も含めて安全だと思っています。

話を戻して、著者は記事の中で電力とエネルギーを使い分けているようで数字だけ見ると混ざっているので少し整理します。

ドイツの電力需要増加予測は幅がありますが、まずドイツ政府が21年7月に大幅に上方修正しました(これは流石にアホかと思いましたが)。
修正後の政府予測は2030年までに18%増、様々な予測の中間値で20%前半の増加です。34%増は最も高い予測で、実際現政権の政策ではエネルギー転換がこれまでより進むとしても電力需要が34%も増えるのは考えづらいでしょう。

例えばEVが電気を大量に消費すると言われますが、すべての自家用車がEVに入れ替わった場合電力需要は146.6TWhくらいです。今ドイツの再エネ出力抑制と送電ロスが54TWhあるので、EVがスマートに充電できる理想的な条件を考えた場合、電力需要増は93TWhで14%増です。つまり全ての車をEVに置き換えても(多分2050年以降)スマート充電が実現すれば電力需要は巷間言われるほど大きくはならないと言えます。2030年で電力需要34%増はEVの普及速度を考えてもないだろうなと思います。

暖房需要は再エネ化するより断熱で対応するほうが簡単です。すべてが電気暖房に置き換わるとしても同時に断熱改修も行われるので、暖房需要がそのまま電力需要に置き換わることはないでしょう。今後は熱向けの電力需要が増えるととともに熱需要は大幅に減るので、1次エネルギー需要は減るとみる専門家が多いです。
さらに言えば、地域熱などでは現在暖房のみとして使っているガスボイラーをコジェネに回すなどでより効率的に利用することになるので、省エネと効率化によって、エネルギー需要やガス需要が増すと単純にも言えないのです。

つまり電力需要は増えないという政府の修正前の予測はバカバカしいものの、34%増も多少過大ではないかと思います。というか、この予測は2030年政府目標を達成するのであればこれくらい必要となるというシナリオです。私はそれが実現困難と思っています。

次に、記事ではエネルギー(著者はエネルギーと書いていますが実際は電気です)の42%しか再エネではなく、残りは石炭と原子力と書かれていますが、実際は化石燃料が40%程度で原子力が13%です(21年)。

2030年再エネの電力ミックス80%は私はとても困難とは思いますが、Hoyer氏はそのために風力に2%の土地を割り当て、環境基準を緩和して森林を伐採して風車を建てると書いています。

これは一部正しく、一部不正確です。ドイツは景観や自然を破壊する場合代償地を用意する義務があり、風車を建てるために使われた土地の環境の劣化分は必ず別の場所で代償措置が取られ環境破壊はイーブンになります。つまり環境保護がなおざりにされることはないのです。風車を立てやすくなるとしても代償手段は今後も必要です。(彼女の自然破壊のレトリックはAfDがよく使います)。また2%を風車用地に指定することは2%の森林を切り開くこととは全く違い、伐採される面積は遥かに少ないのです。

最後に電力ではなく1次エネルギーで考えた場合、原発がどこまでドイツの気候政策に役立つかですが、私は原発は世界で重要なニッチを占めるとは思いますが、だからといってドイツが原発にベットすべきかとそうは思いません。

1次エネルギーにおいてはドイツの原発は過去最高で13%(99年)、電力は31%(97年)です。1次エネルギー源として原発が大きな割合を占めたことはなく、そのピークも2000年以前であり(ちなみにドイツが最初に脱原発を決めたのは2000年です)、11年の脱原発がなかったとしても割合が13%よりも大きくなることはなかったでしょう(20年は6%)。結局原発維持がドイツのエネルギー自立に役立ったかといえば過去の数字はそれを肯定しないでしょう。

再エネは90年は1次エネルギーの1%でしたが2020年には17%を占め、すでに原発の最盛期を上回っています。
これも脱原発を決めたからこそ達成できたものであり、もし脱原発を決めていなければ1次エネルギーに占める原発比率は10数%、再エネ推進は今ほど活発ではなく、再エネの比率は1桁台だった可能性もあります。
そうなれば原発と再エネの非化石燃料資源の合計は今よりも低いレベルにとどまり、ロシア依存は今より数%大きかったかもしれません(ドイツは石炭もロシアの比率が高いし、再エネが伸びない分はガスが必要となったはずなので)。

また海岸線が少ないドイツでは原発は冷却水を河川から取得するという致命的な欠陥を持っています。自然保護の観点から冷却水の放出温度は厳格に定められており、そのため、猛暑時は排水制限がかかり、原発は出力を落とす必要があります。気候変動で猛暑が増えると予想されるドイツでこの欠陥は無視できません。また酷寒でも水が凍って取水量が減り、出力を抑える必要があります。本当に電気が必要な極端な天候時にはドイツの原発は対応できないリスクがあります。

私はドイツの原発は発電所としては技術的には安全だが、原発を温存するエネルギーシステムは原発事故以外のリスクがあるし、そもそも過去に原発が主要なエネルギー源であったことも、将来そうなることもないので、やはり早期のエネルギー転換のほうがドイツには重要だと思います。

ロシアからのエネルギー自立を掲げるのであれば、早期に省エネと再エネを推進する方が長い時間をかけて原発の割合を維持するか、わずかに増やすよりも早くて確実だと過去のデータからは言えるでしょう。

これはあくまでkWhの話であり、kWや⊿kWをどうするかについては別途かなり真剣に考える必要があります。とはいえ、原発はドイツにとっては多少の緩衝材にはなりえますが根本的な解決策にはならなかったでしょう。

ついでにEUでみても原子力は1次エネルギーでは2005年の15%から2017年には13.4%に落ちています。公平を期すなら減少の大きな理由はドイツですが、ドイツだけではありません。他方で再エネは2005年の7.2%から14.8%に増えています。この長期のトレンドを考えると、フランスなどが原発を建てるのは理解はしますが、それによってEUの問題が解決に向かうとは言えないでしょう。原発の老朽化も考えると中期的にはEUの原発は今の割合を維持するか微増で手一杯だと思います。結局鍵は再エネが握っています。

さらに言えば、今この瞬間に電力で大きな問題を抱えているのはドイツではなく原発大国のフランスです。色々な理由で稼働できない原発が多い上に、極端気象時の出力抑制の問題は同じです。結局フランスで電力が足りない分はドイツなどが輸入した化石燃料と再エネで賄っているのです。

原発は技術は安全ですが、EUの電力制度の現実の中で相当に大きな問題を抱えており、フランスが新設計画を公表する(まだ公表していません、公表すると広報した段階です)しただけで、それらが解決するわけではないのです。そして結果的にフランスがドイツに頼る機会は中期で残り続けます(ドイツの発電容量は今後脱石炭で減るのに)。フランスが十分なアデカシーを得るのは2025年以降と言われていますが、これもフラマンヴィル3号機と「風力の増強」によるもので、フランスも再エネを増やさないといけない切羽詰まった状況にいるのは同じです。

ドイツは21年に石炭発電が増えましたが、その中には電力が足りていないフランスへの輸出分も含まれます。なので、ドイツの電力卸価格の高騰の原因には国際電力市場においてドイツ以外の国(主にフランス)で電力が不足していることもあります(その影響度は大きくはないとしても)。ドイツからフランスへは最大で4GW(ベルギー経由も考慮すればもっと多い)流れるので21年末の閉鎖分より少し大きい規模です。ドイツのエネルギー問題の原因の1つはフランスなのです。

ドイツの脱原発政策がナンセンスというHoyer氏の批判は理解できます。ただ、EUが原発回帰でエネルギー自立やロシア依存を減らせるかと言うと過去のデータからは相当に難しいと言わざるを得ず、著者の原発にかける期待は大きすぎると言えるでしょう。個人的には原発推進は今も再エネ推進より難しいのではないかと思います。

再エネと原発は電源として機能や性格が大きく違うというのは事実です。しかし、原発の大幅新増設はEUのどの国にとっても、フランスでさえも難しい問題です。
発電所単位では安定供給はできるが電力ミックスに占めるシェアはさほど増やせない原子力技術の穴埋めに化石燃料が必要という事実は変わりません。
2030年までは原発はどう頑張ってもあまり増やせないし、2040年でも1次エネルギー比率で10%上乗せして全体の4分の1まで増やすことはかなり難しいでしょう。ただし過去のトレンドからみれば再エネなら可能です。

フランスや他の欧州諸国が原発を必要という認識は理解しますし、歴史、外交、安全保障の観点から見てドイツの脱原発はいかがなものかという批判は私の専門外であり、歴史家によるこうしたコラムは勉強になります。脱原発の速度が早すぎるという点は、特に現状では、同意できる点も多いです。
他方で、「安易に原発をやめる」のは間違っていると言い切るのもどうかという気はします。

原発が気候対策として役割を果たす点は否定しませんが、原発リバイバルが起きると言ってもその気候変動対策としてのポテンシャルは数字を基に丁寧に洗う必要があります。
他方で、このようなあえて言えば脱原発に対する「安易な批判」には、ドイツが脱原発を今辞めたとしてそれがどんな問題をどの程度緩和するかについて冷静な評価が必要だと思います。この記事のような脱原発誤り論には、原発がドイツのエネルギー供給に大して果たしてきた役割の長期的なデータが不足していると感じてしまいます(役立たずだったとは言っていません)。

私はドイツの再エネ政策がうまくいっているともうまくいくとも思いませんし、理想主義と言うか非現実的だという批判には同意する点はたくさんあります。再エネは再エネで問題があるのですが、原発は技術的に安全で安定供給できるから原発を大いに増やせる、増やすべきというのは、個人的にはエネルギーシステムやエネルギー政策の過去の大きなトレンドからいえば再エネ以上の疑問があります。

ありがとうございます!