Commercial Exchanges と Physical Flow

取引フローと物理フローの違いはなんですか?という質問をいただきましたのでわかる範囲で回答します。

これらの用語を正確に記すと
取引フロー:Scheduled Commercial Exchaneges
物理フロー:Physical Flow
となります。

そこで、ここでは
Scheduled Commercial Exchanegesを計画取引量
physical Flowを物理フロー
とします。

それぞれの言葉の定義はEntso-Eを参考にします。

計画取引量
各市場時間単位、入札ゾーン間の方向ごとに、明示的および暗黙的な割当による取引結果に基づく計画量の合計が示される。
総計画取引量とは、各取引プロセス後の明示的配分と暗黙的配分に対応する市場時間単位ごとのMW単位の計画を過去の全ての時間軸(年、月、四半期、週、日、日中)において、その方向と境界(例:2つの入札ゾーン間)に応じて集計したものである。
前日(Day-Ahead)計画で公表される値は、年間、月間、四半期、週間、日次ごとに集計された商取引結果で構成されている。
時間前(Intraday)取引で公表される値は、年間、月間、四半期、週間、当日ごとに集計された商取引結果で構成されている。
間隔は1日で、取引時間単位は市場時間単位である。
上記の値は、前日の締め切り時間以降に公表され、場合によっては、日中の各取引処理後2時間以内に更新される。

物理フロー
市場時間単位での入札ゾーン間の物理的フローを、可能な限り実時間に近づけ、申請期間終了後遅くともH+1時点で測定する。
物理的流量は、国境を越えた隣接する入札ゾーン間のエネルギーの実測流量と定義される。
(翻訳はDeepLさんに少しだけ手を加えています)

ざっくりいうと、計画取引量は前日の卸市場取引結果(時間前取引もありますがここでは前日市場の取引結果だと理解してください)、対して、物理フローは実際に流れた潮流の値です。
なぜこの2つに違いがあるのかというと、往々にして電力は需要も供給も前日の予測や取引結果どおりとはならないからです(そのために時間前市場などが存在します)。
わかりやすいのは、天気予報が外れた結果、需要がずれるケースです。傾向として、電力消費量はわりと気温に左右されるので、夏に予報が外れて暑くなったり冬に予報が外れて寒くなると電力消費は増します。
他にわかりやすいのは、再エネの発電予測が外れることだと思います。

電力は同時同量が原則なので、予測と前日の取引結果のズレを当日の取引で修正したり、または系統の制約に応じて前日の取引結果を調整するために国際連系の両サイドで再給電指令が行われることがあります。
そのために、実際のフローである物理フローと天候予測などをベースにした前日の取引に基づく計画取引量にはズレが生じます。
計画取引量には時間前市場の結果などが十分に反映されていないとすると、物理フローのほうがより正確な電力のやり取りを反映していると言えるかもしれません。

ただし、そこには課題もあります。
それは、計画取引量と物理フローの誤差が必ずしも説明したような違いだけを反映するものではないからです。

その例が第三国経由による調達です。
欧州の一部では国際連系によって多国間が複雑につながっています。そのため、ある国が売った電気が、第三国を経由して買った国に流れる場合もあります。
これも物理フローと計画取引量の誤差の理由になりえます。

逆に言うと、ある2つの国が、当事者の国だけで連系しており、系統の容量も十分で予測が完璧に当たるなら、計画取引量と物理フローは等しくなると言えると思います。

そこで、実際の2つの値の違いを見てみましょう。
出典はすべてEnergy-Chart(energy-charts.info)ですが、元データはEntso-Eです。

データはもっとも安定的に発電できる国ということでフランスをベースに見ていきます。
まずはフランスと系統がつながっているすべての国の2021年の月ごとの物理フローと計画取引量を示します。

ここでは、正の値の場合はフランスが輸入、負の値が輸出を示しています。(以降のグラフで負の領域に薄い青色を付けてあります)
例えば、フランスはドイツに対して
冬(1月、11月、12月)は計画取引量も物理フローも輸入超過
夏(6月、7月、8月)は計画取引量も物理フローも輸出超過
年間では計画取引量で輸入超過、物理フローで輸出超過

になります。

ドイツとフランスだけを抜き出すと以下のようになります。


これを見ると3月、9月、10月には計画取引量と物理フローが逆方向になっており、すでに述べたように年間合計でも物理フローではフランスがドイツに対して輸出超過、計画取引量では輸入超過になっています。

これをとても荒く説明すると、

ドイツは前日は電気に余裕があると思って電気をフランスに売ったんだんけど、当日やっぱり需要が増えたり再エネが予想と違って全然発電しなかったので足りなくなってしまいました。当日になっちゃって大変だけどやっぱりフランスから買うから頑張って発電してドイツに電気を送ってね

という事態が頻繁に起こる月が存在しているという仮説が成り立ちます。
つまり、ドイツはフランスに対してとんでもない迷惑をかけていることになります。ドイツはこんなことを毎年のように続けています。果たしてありえるのでしょうか?

そこでさっきのグラフからフランスと2国間での国際連系関係が強い(第三国の関与が少ない)と考えられる国を抜き出してみます。



ここではベルギー、スペイン、英国の物理フローと計画取引量を示しています。これを見ると、計画取引量と物理フローの傾向はかなり近いことがわかります。
ちなみに、ベルギーは再エネ比率23%と低いですが、スペインは再エネ比率は45%、英国は39%でドイツと比べても遜色ありません。つまりドイツとフランスにおける計画取引量と物理フローの違いは再エネの予測誤差による当日の調整がズレの原因というのは無理があります。

次いでドイツ、スイス、イタリアをプロットしました。

ちょっと分かりづらいですが、スイスもイタリアも年間通じて、物理フローも計画取引量もフランスの輸出超過です。そして傾向として、常に取引計画量が物理フローの絶対値を上回っています。
スイスの再エネ比率は60%ととても高いのですが、水力が多いためで、風力は0.2%、太陽光は4.9%と変動再エネの比率はとても低くなっています。イタリアは37.8%ですが、こちらも風力8.5%、7.9%です。

スペインやスイス、ドイツで取引高と物理フローに違いが生じるのは、再エネの予測誤差や再給電指令の調整が原因であり、ドイツだけが計画取引量と物理フローがこれほど大きな逆転関係にあるのは二国間の予測誤差が他の国に比べても極端に大きく、それを当日に調整した結果であると結論づけるのは難しいのではないでしょうか。

そこで、フランスの各国との電力のやり取りについて計画取引量から物理フローを引いた差を各月ごとに示します。

これを見ると、ベルギー、スペイン、英国、イタリアはゼロ近傍にありますが、ドイツとスイスは特に差が大きくなっています。イタリアも月によっては差が大きくなっています。

そこで、スイス、ドイツ、イタリアの計画取引量と物理フローの差と、(スイス、ドイツ、イタリア)の差の合計、(ドイツとスイス)の差の合計を示します。

すると、イタリアだけと(スイス、ドイツ、イタリア)合計はそうとは言い切れませんが、ドイツやスイスの合計値は国別よりもかなりゼロ近くによったと思いませんか?

そこで、(スイス、ドイツ、イタリア)、(ドイツとスイス)の合計とベルギー、イタリア、スペインと比べて見ると、計画取引量と物理フローの差はドイツやスイス単独に比べてずいぶんなくなっています。

これくらいになるとすべての事例の計画取引量と物理フローの違いは、予測誤差や再給電指令による調整の誤差など、似たような理由によると言われてもさほど違和感がなくなってくるのではないでしょうか。

仮に、各国の予測能力や再給電指令の能力に大きな差はないとします。
その場合、フランスとドイツの物理フローと計画取引量の差は他国と比べても予測誤差や再給電指令では説明できないほど明らかに大きく異質といえるのではないかと思います。
つまり仮説は棄却されるのではないかと思います。

そこでEnergy-Chartを監修しているFraunhofer ISEの年間レポートを見ると、
物理フローについては「電気の物理的な流れからは、その電気が流れた先の国で実際に国内で消費されたのか、それとも近隣の国々にループしたのかの情報は得られない」と書いてあります。
ただし計画取引量についてはこのような注意書きはありません。
そして以下のような図が添えられています。

つまり、前日にフランスがスイスに売った電力(計画取引量)の一部がドイツを通じてスイスに流れているということを説明しています。

ついでにドイツの物理フロー(左)と計画取引量(右)を示していますが、逆方向はフランスとポーランドでした。(2020年はフランスとスイスでした。またポーランドも興味深い結果になっています)
つまり計画取引量と物理フローが逆になるのはありえなくはないが珍しいと言えるのではないかと思います。

つまり、複数の国がメッシュ構造でつながる国の間での計画取引量と当日の実潮流(物理フロー)の間に発生する誤差は、再エネの発電予測などの誤差だけでなく第三国経由分もかなり大きいとするほうが自然ではないでしょうか。

荒い説明でしたが、少なくともドイツとフランス間の前日の取引結果(需要と再エネの予測)の正確さがフランスとスペイン、フランスと英国の間よりもはるかに悪いというのは私にはにわかに信じられません。取引高と物理フローの乖離が他国の例と比べて明らかに大きいのは、国際連系を通じた複雑な電力のやりとりが生じているからと考えるほうが説明力があると思います。

ドイツ国内の南北系統の弱さが取引高と物理フローの乖離の原因だという声には、それも理由としてあると思いますが、それでも説明力が第三国経由というファクター以上に大きいとは言えないでしょう。ただし検討の余地はあります。

また、ドイツの需要と再エネ発電量予測の正確さがフランスとスペインなどのそれと同じ程度だとすると(これは十分有りえる話だと思います)、本来であればドイツとフランスだけの物理フローは計画取引量と他国の例と同様に差はさほど大きくないものになると考えられます。現実にはそれ以上の違いが生じているので、それはFraunhofer ISEが説明する通り、フランスからドイツを通じて第三国へ流れている量が多いということではないでしょうか。

Physical Flowのほうが実際の二国間の関係をよりよく表していると言えるのは、スペインとフランスのように国際連系がほぼ二国間に限定されている時には当てはまりうるとは思いますが、そうではない場合は、実態を見つつ柔軟に計画取引量を採用したほうが良いこともあるでしょう。

少なくとも、ドイツとフランスの間にはドイツを経由してスイスなどへ流れる電力が相当程度あることが示唆されるので、ドイツが物理的に輸入超過であればドイツがフランスの電力を消費している、または必要としていることを示すとは限りません。
むしろドイツとフランスの需要と発電量の予測誤差がフランスとスペイン並に小さいのであれば、計画取引量で見たほうが実態を反映しており、お金を出してまで隣国の電気を欲しているのはドイツよりもフランスと言えます。ただし、それがフランスで電力が不足していることを直ちに意味するものではありません。なぜならフランスはイタリアやスイスへ売ってしまった結果生じた不足分をドイツから買って補っている場合がありえるからです。(その他にもフランスはピークロードの電力をドイツなどから購入しています)

ですので、どちらのほうがより正しいかは簡単には言えませんが、ドイツとフランスの二国間の「取引」を示したいのであれば、言い換えればフランスとドイツのどちらが取引を通じた輸入超過にあるのかを考えるのであれば、私は計画取引量をもとに考えるほうがよりあてはまりがよいのではないかと思う次第です。
つまり、ドイツがフランスに対して輸出超過と言えるのではないかと思います。

ありがとうございます!