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小説『原宿ワンダートリップ』(5/5)

けやき教会を去り二人きりになると、僕は真奈美に、例の十万円は貸すのでなく、寄付すると告げた。真奈美を信用していたから。それを聞いて彼女はとても喜んだ。

真奈美は慈善活動の事実を僕に証明したかったのだろう。すぐ近くにある活動場所へ案内すると言った。僕はライフ・フォローの事務所のある建物へ導いていかれた。道すがら会話する。

「先輩、ありがとうございました。頂いたお金は、事務所の電話代の支払いに充てます」
「ああ、いや、いいよ。しかしボランティア団体も大変だね。他にも事務所の賃料とか、スタッフへの謝礼金とか、色々かかるだろうし」
「ええ、もちろん普通の任意団体って、そんなに資力ないですから…」

彼女の話によると、けやき教会はライフ・フォローを知るに至ったとき、それへの支援を検討したことがある。しかし、宗教法人からの寄付金を財団法人が受け取るケースはあるが、任意団体が受け取る場合は話がややこしくなるかもしれない、法律で規制があるかもしれない、そう天野は言っていた。だから、けやき教会はライフ・フォローに直接寄付金は出していない。そもそも教会は、その慈善団体とは直接の関係は持ってない。ライフ・フォローは独自に会員を募り、その会費や寄付金で運転資金をまかなっているのだ。しかし、その会員の多くは、けやき教会に入った後に、入会している。
「教会は、ライフ・フォローに、実質的なコネを供給していることになってるかもしれません」真奈美は呟く。

ライフ・フォローのオフィスに着いた。その相談受付室には何台かの電話機が置かれ、その時間には輪番でピア・カウンセリングが行われていた。つまり電話相談に乗る方のスタッフも自殺未遂体験者だったりするのだ。横にはスタッフを支援する専門家も待機している。たった今も、助けを求める人々からひっきりなしに電話がかかってくる。スタッフたちは、机の上に開いたノートにボールペンでメモをとりながら、電話をかけてきた相談者の話を聞き、必要があれば、専門の機関につなぐ。

相談の現場で行われているナマの会話を耳にして、ここの人たちは皆、なんて立派なのだろうと僕は思った。それを支える真奈美も立派だ。僕は普段の自分と彼ら彼女らを対比して、恥ずかしさにいたたまれない気持ちになった。僕は寄付金を渡した。以後、時々、真奈美とともにその活動の手伝いもするようになった。


夏も終わりにさしかかる頃、僕と真奈美は再び原宿でデートをした。今回は真奈美の方から声をかけてきた。僕は今までのように彼女と二人の時間を過ごせると分かって嬉しかった。それで、お互い休みの日に予約をとった。そして今日その日、僕らは再び原宿駅で会い、表参道を下っていく。前のときとは違い、暑さは少し和らいでいた。通りを行く人々のファッションは様々だ。

今日の真奈美のコーディネートは、少し大人の、オレンジチェックの半袖ブラウスにライムグリーンのプリーツスカート、クリームカラーのハイヒールとハンドバッグ、そして僕が贈ったネフライトのネックレス。そして僕はスカイブルーのボタンダウンポロシャツにネイビーのサマースラックス、黒のキャンパスシューズにライトブラウンのポーチ。やはり、少し大人めに整えた。今回は二人とも、あまり流行を意識しないファッションだ。

表参道を二人で歩きながら、僕は真奈美と一緒にいることの幸せをあらためて感じた。真奈美と話せること、真奈美と歩けること、真奈美と手を繋ぐことができること、それと…。

僕は目の前の道に並び立つけやきの木々を見た。そして真奈美を見た。生命とは、なんと素晴らしいのだろう。生きることの素晴らしさ、人が助け合うことの素晴らしさ、そして平和で幸せで、豊かであることの素晴らしさ。僕は原宿を再発見した。

そして真奈美を失ったあの時に、一人で夜に街をさまよって思ったことや感じたことをすべて彼女に話した。真奈美も自分が抱く僕への想いを話す。二人は今までよりも一層、お互いをよく分かり合えるようになった。そして…

ともに恋心のおもむくまま、僕らは明治公園に行き、周りに誰もいないときに木陰に立ち、見つめ合い、
「洋さん…」
「真奈美…」
二人で目を閉じ、そっと抱きしめ合って、
キスをした。

「本当はね、」
帰り道、僕は真奈美に話しかける。
「僕は前から、原宿の街には顔が無い、って思ってたんだ。色んな店があって、色んなモノが店先に並んでいるけど、うわべが華やかなだけで、この街は中身が薄いってね」

真奈美は微笑んで僕を見つめている。

「でも、僕、間違ってた。真奈美のおかげで気づいたんだ」
色とりどりの店の並ぶ道のなかに沿って並び立つ、緑の葉を豊かにたたえた大きなけやきの木の前で、僕は真奈美に向かって言った。

「原宿には、顔がある」

               ─ 終わり ─
                 (2012)



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