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アルビアス冒険記 2

4. 名付けの儀式

次の日の午後、アルビアスは叔父のオクマスの家でくつろいでいた。

オクマスの家はコテージ風で、とても家庭的で良い雰囲気の家だ。オクマスはここに、二十歳を過ぎた娘のロザリットと二人で住んでいた。

アルビアスは若いためか、長旅の直後にもかかわらず、とくに疲れたふうを見せることもなく、叔父とロザリットとの間で話に花を咲かせていた。

三人はひとつのテーブルを囲んでお茶を飲み、お喋りを楽しむ。

オクマスとロザリットは、先日の総会でアルビアスが族長に選ばれなかったことを残念に思っていたので、そのことが話題になると、二人で彼を慰めた。

「なんて気の毒なんでしょう、アルビアス。私は、
 絶対にあなたが新しい族長になると信じていた
 のよ」

ロザリットが、ポットからアルビアスのコップに茶を注ぎながら彼を気遣う。

「わしも残念に思うよ、アルビアス。君は長年フォ
 ロスの勇者としてマイオープの皆のために色々と
 貢献してくれてたからな」

オクマスもため息をつく。

「いいんです。叔父さん、従姉ねえさん。僕は決定を受
 け入れてますから」

アルビアスは落ち着いて、大人らしく応える。

「エリサイラーには、何と言うか、資質があると感
 じるんです。…そう、彼は統率者リーダーに向いていそうな
 気がする。まだ若いけれど、きっと彼はフォロス
 族をよく導いてくれるでしょう」

アルビアスは、ふと思い出したように、少女ソリスのことについてロザリットに訊く。

ロザリットはアルビアスに、ソリスが最近、孤児になったことを知らせた。

「ソリスは一年前にご両親を失ったの。原因の分か
 らない病気でね。二人とも一緒に。あなたが旅に
 出かけている間によ」

「そうだったんですか、ソリスの親御さんたちが…」
アルビアスは驚きを隠さなかった。

「突然のことですね…残念です」

「ソリスには血の繋がった身寄りもいないわ、本当
 に可哀想ね」
ロザリットは気の毒そうにこぼす。

「じゃあ、誰かが彼女を養護して守らなくては…」

「今のところは大長老のお宅に身を寄せているわ。
 大長老がソリスに声をかけたの。彼女が成人する
 まで一家をあげて世話をするって」

「そうですか、それは良かった。でも…」

「大人になってからの行き先だな!」
オクマスが口をはさむ。  

「はっきり言えば、いまソリスには居場所がない。
 これからの身の振りようを自分で考えねばなら
 ん。独りで暮らしをやっていくか、早い話、結婚
 でもして身を落ち着けるしかなかろうな」

「お父さんたら、もう」
ロザリットは顔をしかめる。

「立ち入りすぎよ。お父さんなんかが心配しなくて
 も、ソリスはしっかりしているから独り立ちでき
 るわ。いまは、あの『名付けの儀式』を受けるた
 めの試験に挑んでいるくらいだから」

「名付けの儀式!」
アルビアスはまたも驚き、声を上げた。

「ソリスが、あの、名付けの儀式を受けるつもりな
 んですか?」

「そうなのよ」
ロザリットは答えた。

「はぁ…」
アルビアスは放心したかのようだ。

「名付けの儀式」 とは、フォロスの一族に古くから伝わる習わしの一つである。
フォロスの一員の子どもは、16才になると自分で自分の名前(ファーストネーム)を自由に選び、名をつけ直す権利を得ることができる。

ただし、そのようにして自分で選んだ新しい名前が、もとの、親から与えられた名前にとって代わるためには、必要な条件がある。

改名を希望する子どもは、16才になるまでは時を待たなくてはならず、その齢になってからフォロス族の族長に「名付けの儀式」を授けてくれるよう申し込まなければならない。
そして族長が占いで出した「使命クエスト」を果たさなければならない。
このとき晴れて族長の課した使命を果たした子どもは、改名を許可され、一人前の成人と認められて「名付けの儀式」を受けるのだ。

「…名付けの儀式を受けた子には、たしか他にも特典
 が与えられるのよね。たしか…」
ロザリットは考えるように首を傾けた。

「失礼、ちょっと出かけます!」

アルビアスは突然、なにか思い出して飛び上がるように椅子から立ち、扉を破らんばかりの勢いで開け、外へ出ていった。

オクマスとロザリットは、あわてて戸外へ駆け出していく彼の姿を、やや呆然としたように見送った。


 5. 守護者になりたくて

その夕方、また沁むように小雨の降るマイオープの森の外べりの木立ちの中の一本の木の前で、ソリスは静かに佇むかのように立っていた。

その木は、彼女がアルビアスから守ろうとしていたあの小さな木だった。

ソリスは雨を気にするふうもなく、木に寄り添い立ちながら、それに話しかけるように呟いた。

「もうすぐよ、きっとあなたを守ってあげる…」

そこに、木立ちの間から、アルビアスが現れた。

「探したんだぞ、ソリス。やっぱりここにいたの
 か」
アルビアスは彼女にゆっくり歩み寄ってゆく。

ソリスははっと彼を警戒するように身構える。

彼女は「友達」の木をかばうようにその前に立ち、突然出てきたアルビアスを追い払おうとした。

「何しに来たの!? 帰ってよ!」  

「君を心配して迎えに来たんだ」

アルビアスは少女の気を落ち着かせるように穏やかな口調で話しかけた。

「君こそ何をやっているんだ? マイオープのほん
 の片すみの小さな木に一体何をこだわっている?
 いまは雨が降ってるんだぞ、こんな所に立ってい
 たら風邪をひいてしまう」

「いいの! 邪魔よ! どいて、アルビアス!」

ソリスは怒ったように言い放つ。

「私と友達との大切な時間を壊さないで!」

ひ弱そうに見える小さな木を護るように、ソリスはなおもアルビアスを阻んで、そこに立ち残った。

アルビアスは数歩退いて、説くように呼びかけた。

「なあ、ソリス。君にも事情があるんだろうが、悪
 いことは言わない。いまの君には何て言うか、危
 なっかしさを感じるんだ」

「危なっかしさ、ですって?」

「ああ、ソリス。なんだかその…いまの君は、とても
 向こう見ずで地に足が着いてないように見える
 よ」

アルビアスは彼女を連れ帰ろうと手を差し出す。

「君も大人らしく、他の娘たちのように織物とか日
 常の暮らしのことに専念した方がいい」

「なによ、なんてひとなの、最低!」

ソリスはその手を強く振り払った。

小雨が止んだ。
雲間から日が差す。
少女はその光に顔をひきしめる。
雨に濡れた頬を細い手で拭いながら。
まるで泣いているかのように。

いや、本当に泣いていたのかもしれない…

「ロザリット従姉ねえさんから聞いたんだ。君が『名付
 けの儀式』に挑むってことを」
アルビアスは静かにきり出した。

「……それで?」
少女は勇者をにらむように見つめる。

「『名付けの儀式』によって新たに名前を得た者
 は、年齢に関係なく1人前の成人と認められ、1本
 の木を選んでその守護者になる権利を得る。フォ
 ロス族の掟により、そのようにフォロスの成員個
 人に後見された木はマイオープにも捧げられ、マ
 イオープに属する木の1つとして、フォロス族が族
 を上げて守ることになる。これはフォロスの聖な
 る慣習だ」

アルビアスは、唱えるように言葉を紡ぎ出す。

そしてアルビアスはしばしのあいだ口を閉じ、それからふと、彼女にやさしく話しかけた。

「早く気づくべきだった。身寄りの無い君のたった
 一つ希望は、そこにある友だち、それと一族から
 の守護…」

「アルビアス…」

「ご両親を亡くされて、寂しかったろうね」

ソリスはせきを切った様に泣き出し、アルビアスにしがみついた。

彼は少女を抱きしめ、髪を撫でた。

「そう…そうなの。私、ひとりぼっちになっちゃっ
 た」

泣き止んだあと、ソリスは打ち明けた。

「その木はね、お父さんとお母さんが私のために植
 えてくれた木なの。私が産まれた年に。私の友だ
 ちになるようにって。この木は今、私にとってた
 だ1人の家族よ。だから私はこの木を守りたいの」

ソリスは、その木を守るために、みずから、新たな名前を得ようとしていたのだ。

アルビアスは改めてソリスに、自分はその木に危害を加えないと誓った。

「ソリス、よかったら教えてほしいんだ。名付けの
 儀式を受けるために、大長老は君に何の『使命クエスト
 を課したんだ?」

「オーガーストーンの伝説、知ってるわよね」

「オーガーストーン…。ああ、青い秘石のことか」

「そうよ、」
ソリスは語りはじめた。

オーガーストーンとは、マイオープの北西にかつてあったとされる小さな洞窟に眠る、魔法の力を有すると噂される青い秘石のことである。
秘石は非常に高価な宝物とされている。
オーガー(人喰い鬼)の霊がその石を持っているので、石はオーガーストーンと呼ばれている。
洞窟はかなり昔のもので、地震などによって地中に没してしまったとされ、今では探しても見当たらない。
そのため石も地下に埋もれてしまっているという。

「そして、私の使命クエストは、そのオーガーストーンを探
 し出し、マイオープに持って来て大長老に渡すこ
 と」
ソリスは静かに告げた。

アルビアスはソリスの使命について悪い予感を持っていたが、それが当たった様に思った。

「…今まで色んなフォロスが名付けの儀式に挑んでき
 たけど…」

彼はため息をついた。

「私の見聞きした限りでは、今回、君に対して課せ
 られた使命は、いちばん難しいやつだと思うよ。
 ソリス、悪いことは言わない、大長老に頼んで占
 いをやり直してもらい、別の使命に替えてもらう
 ようにしたらどうだろう」

「いいのよ、アルビアス」

「なぜ?」

「私、最近、オーガーストーンの洞窟らしいものを
 見つけたの」

「えぇっ!?」

「みんなには内緒にしてほしいんだけど…」
ソリスは打ち明けた。

「最近、大きな地震があったでしょう? そのせい
 かもしれないけど、この森の北西に、地面が隆起
 して新しい丘ができたの。そこに横穴が開いてて
 ね、なんか洞穴らしいんだ」

「…そうなんだ! じゃあ、…」

「オーガーストーンの洞窟かもしれないわ」

「なるほど、可能性はあるな…」

「私、絶対にオーガーストーンを見つけ出してやる
 わ。必ず新しい名前と一緒に特典をもらって、あ
 の木を守ってみせる。決して諦めないわ!」

ソリスは拳を固め、遠くを視るような目で北西の方を振り向いた。

「ソリス…」

「さ、話は終わったわ。雨も止んだし、マイオープ
 へ帰りましょ」

アルビアスはその時、忸怩しくじってソリスに妙な言葉をかけてしまった。

「ソリス、顔を洗った方がいいぞ。せっかくの化粧
 が台無しになってる」

「余計なお世話よ! 馬鹿!」
ソリスは怒って腕で顔を拭き、涙の跡をかき消す。

「あんた、長旅で疲れてんでしょ。アタシのことな
 んか放っといてよ!」
彼女は身を翻し、風のように疾く走り出した。

「待ってくれ!」

アルビアスは、ソリスを追って駆け出そうとした。その途端、足元に這っていた太い木の根につまずいて、転んでしまった。

「イテっっ!!」

アルビアスは右腕に軽いケガをした。

アルビアスは痛みに顔をしかめ、その場に膝をついてうずくまった。

ソリスが戻ってきた。彼女は心配するようにアルビアスの腕をとる。
そして彼女は自分のベルトポーチからエルモベリの葉を数枚取り出し、よく揉んで、彼の傷口に貼った。

植物エルモベリの葉は薬効があり、傷薬にもなる。

「ドジね、まったく…アンタこそ足下に気をつけなさ
 いよ。さあ、包帯を巻くわよ」

ソリスは手早く処置する。

「借りができたな」
ソリスからの応急手当に感謝して、アルビアスは彼女に微笑みかける。

「知らない」
ソリスはすっと立ち去った。



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