見出し画像

香港編「証言・証拠」下書き

中国の人権問題を扱う文書『トータルキャンプ』の香港編の一部「証言・証拠」の下書きを開示します。
これは下書きのため、本稿発表の際に内容の変更や編集が加わる可能性があります。
なお、この下書きに用いた資料の出典や引用文献・記事名は、末尾にリストとして載せています。
永らくお待たせしてすみません。


 5. 証言・証拠


自白の強要

ラム・ウィンキー 林栄基
(銅鑼湾書店店長)

2014年の雨傘運動の後に香港で再び大規模なデモが起きた。それは2019年の逃亡犯条例改正案反対デモだったが、その間の2015年にいまの香港の惨状につながる重大な出来事があった。それが銅鑼湾書店事件である。銅鑼湾書店は香港の書店で、中国共産党や中国本土政府への批判的な本を出版・販売していた。2015年10月以降、習近平と彼の愛人らを扱う政治ゴシップ本を出そうとした店長の林栄基を含む銅鑼湾書店関係者5名が相次いで失踪。実は中国当局によって密かに逮捕され、中国に連行されていた、というのが事件の概要である。誰の指示によるものかは不明だが、中国は特別に工作員(「中央専案組」と呼ばれる特別捜査チーム)を派遣し、タイ・マカオ・香港の国境を越えて、この出版案件に関わった書店関係者を誘拐。秘密裏に拘束して数か月にわたり尋問を行った。そのため、これをきっかけに、香港の出版界は沈黙した。そして、誰もが自分も危ないと感じ、政治系の書籍は瞬く間に姿を消した。この事件は、中国が香港の表現の自由に介入している証拠だと、香港で強い危機感をもって注目された。2019年6月に香港の特別行政官・林鄭月娥が強く推進した逃亡犯条例(犯罪人の引渡し法律)改正で、中国当局による「越境逮捕」「越境誘拐」が実質上合法化されそうになったとき、香港市民が怒りを爆発させた背景には、この銅鑼湾書店事件の恐ろしい記憶があったのである。なお林栄基氏については、拘束は香港ではなく中国において行われたようだ。林氏は2015年10月24日、恋人に会うためいつものように広東省に渡ったところ、深圳市で拘束されたという。翌朝、手錠と目隠しをされた状態で電車により東部の寧波市に連行され、そこで3月まで拘束され尋問された。24時間監視される狭い独居房に監禁され、身体的な虐待は受けなかったが、恐怖で心理的に追い詰められていたという。その後、林氏はテレビで"自白"を強要された。

その後、6月14日に釈放され香港に戻った林氏は16日夜、記者会見し、行方不明になってから8か月間の経緯について語った。それによると、林氏は2015年10月、広東省深圳の友人に会いに出かけようとしたところ、香港から中国本土への通関の際に拘束され、手錠と目隠しをされて車で浙江省の寧波へ連れて行かれ、24時間監視つきの取り調べを受けた。その後2016年2月にフェニックステレビで自らが「中国本土に禁書を持ち込んで販売した」と罪を認める供述をした点については、「事前に原稿が用意されていた。その内容を記憶して話さなくてはならず、間違えたら撮り直しをさせられた」と述べ、テレビでの"自白"は強制された意に反するものだと証言した。

NHK放送文化研究所のページ


拷問

サイモン・チェン 鄭文傑 
(元在香港英国総領事館職員)

香港市民のチェン氏は英国政府職員として2年近く勤務した。2019年8月8日に中国大陸の広東省深圳市へ出張中に公安警察に身柄を拘束され、15日間囚われた。そして、香港で政治不安を煽ったとされ中国で拷問されたという。なおチェン氏には、中国大陸に中国人の友人がおり、その友人が香港での抗議デモに参加していた。
チェン氏自身は拘束された当時、その理由について分からなかったそうだが、英領事館の職員であったことや、中国本土の抗議者と友人関係にあることが拘束の理由の一部かもしれないと認めている。
チェン氏は英政府のデモへの関与やデモでの暴力行為、中国本土からのデモ参加者への金銭的支援、英総領事館の内部事情について連日、早朝から深夜まで尋問を受けた。

「手足を束縛され、目隠しをされ、頭に覆いをかぶせられた」とチェン氏は言う。

チェン氏は、殴打され自白を強要されたと主張している。英政府関係者は、その主張は信用できると話す。

BBCニュースJAPAN(2019.11.20)

尋問は、チェン氏と抗議行動との関係に集中した。英政府の代理として、政情不安を生み出したと自白させる狙いがあったと、チェン氏は言う。「彼らは、香港の抗議行動でイギリスがどんな役割を果たしているのかを知りたがっていた。どんな支援や資金、物資をデモ参加者に供給しているのかと聞いてきた」

BBCニュースJAPAN(2019.11.20)

チェン氏は、長時間立たされたり負荷のかかる姿勢(壁を背にしゃがむ等)を何時間も続けて取らされ、動くと叩かれたという。「骨に近い足首(中略)や、他の弱い部位を殴打された」

BBCニュースJAPAN(2019.11.20)

睡眠も奪われたという。尋問者はチェン氏に中国国歌を無理やり歌わせ、眠らないようにしたという。

BBCニュースJAPAN(2019.11.20)

「呼吸もよくできず、眠ってしまいそうになると棒のようなもので殴られた。留置場に戻ると、体中にあざができていた」

西日本新聞(web版  2021.10.3)

徐々に不安定になる精神状態。拘束から2週間ほど経ったある日、取調官に「外国の手先」 とののしられ、どこで調べたか恋人の名前も挙げて「国家転覆罪でここから出られないようにしてやる」と脅された時、「心が壊れたようになって泣きだしてしまった。それから洗脳工作が始まった」とチェン氏。

西日本新聞(web版 2021.10.3)

 チェン氏によれば、現地の収容所では鉄製の椅子に長時間座らされて動かないように命じられ、体を動かすと殴られ、寝ることも許されない拷問を受けたという。
 尋問では香港の民主活動家たちの情報提供も要求され、数百枚を超える人物の写真を見せられ、見覚えのある人の名前やイデオロギーなどを聞かれたという。

『生証言 香港弾圧の恐ろしい真実』p.139


警察の過剰な暴力

阿肥 (仮名)
(勇武派デモ参加者 20代男性)

勇武派の一人である阿肥氏は、2021年3月に、警察官から催涙弾を連射で撃たれたことについて以下のように証言している。
(筆者注:催涙弾は狙いの定めが難しい武器であり、撃たれると重傷者や死者を出す恐れがある)

「僕はいつもと同じように『夢を見る』ために出かけた。現場ですぐに数人と小隊を結成し、西港城(ウェスタンマーケット。香港島・上環でもっとも古い建物の一つ) 方面に行き、階段をつたって歩道橋に上り、警察を襲う準備をした。だけど、そこにいた警察隊は催涙弾六、七発を連続して発射し、そのうちの一発が僕のマスクの近くで破裂し、僕は催涙ガスをたくさん吸い込んでしまった。それで、めまいを起こし倒れこんだんだ。救急隊員は僕を後方の隊列まで運んでくれた。僕はそのあと徐々に意識をとり戻して、再び前線に戻ったけどね」

『香港秘密行動』p.258


信教の自由の侵害

ヂュー・ユーミン 朱耀明
(香港柴湾バプテスト教会名誉牧師) 

朱耀明氏は広東省出身。少年期に香港に移住。香港の教会で36年にわたり牧師を務めた。氏は香港の民主化に携わり「中環占拠運動」発起人の一人となった。そして2014年の雨傘運動で道路占拠に指導的役割を果たしたとして、2019年に戴耀廷氏や陳健民氏とともに、「公衆妨害共謀罪」などで禁錮1年4カ月(但し、朱耀明氏のみ執行猶予2年が付いた)の有罪判決を受けた。以下の言葉は朱耀明氏自身のものであるが、証言というよりは法廷(香港西九龍地方裁判所)において、氏自身によって読み上げられた最終陳述である。彼によれば、これは説教としての体裁をとっている。

 私は神の御業に仕えるために生涯を捧げた、キリスト教の牧師である。私は弱き者や貧しき者と共に歩むことを志し、神の正義と神の御国が天において現わされるごとく、この地上においても現わされることを祈り、愛と平和の福音を人々に伝えてきた。しかし、年を重ね、白髪となった今、私は法廷の被告席に立ち、処罰を待つ身として最終陳述を行おうとしている。これは極めて不条理で皮肉なことであり、そして聖なる職務を担う者にとって屈辱的なことである。

『香港の民主化運動と信教の自由』p.127

 キング牧師は、「正義なきところに、真の平和なし」とも語っていた。香港に住む市民の皆さんに、私はお願いしたい。不正義な制度の下で迫害を受けている者を憐れみ、そして愛するようにと。またデモ参加者のみならず、警察をも憐れみ、そして愛するようにと。さらに、私は祈り願う。憐れみの心が私たちの内に勇気を生み出し、この制度的な悪に立ち向かうことができるようにと。
 雨傘運動において、私は一人の鐘を鳴らす者にしか過ぎなかった。人々に対して警鐘を鳴らし、不幸や災難が今まさに起こっていることを知らせ、人々の良心を呼び覚まし、共に力を合わせて苦境を乗り越えることを願っていた。老いつつあるこの身になお力があるならば、私は必ずや教会において鐘を鳴らし続け、この世において鐘を鳴らし続け、そして人々の心の中でも鐘を鳴らし続けるだろう。
 「人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは、お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである」。
 私、朱耀明、および戴耀廷と陳健民は、今、被告席において宣言する。
 我々に後悔はない。
 我々に恨みはない。
 我々に怒りはない。
 我々に心残りはない。
 我々に諦めはない。
イエスはこう言われた。「義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである」。
慈愛と正義の神よ、あなたの御手に私自身をお委ねします。あなたの御心がなりますように。

『香港の民主化運動と信教の自由』p.144



 《出典・引用文献リスト》

小川善照『生証言 香港弾圧の恐ろしい真実』宝島社, 2020.

松谷曄介『香港の民主化運動と信教の自由』教文館, 2021.

楊威利『香港秘密行動』草思社, 2022.

NHK放送文化研究所webページ「香港, 行方不明だった書店幹部が『テレビでの罪の"自白"は強制されたもの』と表明」(刊行物『放送研究と調査』2016年8月号掲載)

BBCニュースJAPAN  2019年11月20日付記事

西日本新聞 2021年10月3日付記事(web版)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?