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小説『原宿ワンダートリップ』(1/5)

「ごめんなさい! 先輩、おくれてしまって」
「ううん、大丈夫だよ。ほら、まだ10分も過ぎてないだろ」
僕は真奈美に微笑んだ。真奈美は僕が手を伸ばして見せた腕時計を見て、ほっと息をついた。
「先輩、優しいんですね」
「なーに言ってんだよ。さ、行こうぜ」
僕は真奈美を連れて、原宿駅の表参道口から外に出た。

これは、少し昔の原宿の物語。僕の名は神代洋。専門学校生。渋谷でイベント設営のバイトをしている。彼女の女子高生、穏田真奈美とはバイト先で知り合った。職場の後輩だ。今日は原宿で初デートの約束だった。

初夏の太陽の日差しがまぶしかった。目の前を横に走る通りをクルマが行き交っている。歩道には燃え立つような緑のいちょうの木が、間を空けて立ち並んでいる。その下を若者たちが、それぞれ思い思いのポップでカジュアルな服装で歩いている。カップルや友達同士で遊びに来ている。いかにも原宿スタイルという感じで。

向かって右手は神宮橋で、その先には明治神宮がある。橋は休日には路上パフォーマーたちの天下になるが、僕らは左手側へ道を歩いて坂を下ってゆき、竹下口の方へ行く。

真奈美は、薄いピンクのワンピースの上に白い薄手のジャケットを着て、靴はクリーム色のショートブーツ、そしてシックな柄の小さなポーチを手にしている。僕は、イルカのプリントの入った白いタイトなTシャツに、紺のデニム姿で、靴は黒のスニーカー、そして黒のショルダーバッグを下げている。

竹下口の向かいに、竹下通りの入口がある。入口の右側にゲームセンターがあって、僕らはまずはそこでUFOキャッチャー。そして隣のアクセサリーショップをちょっと覗いてみる。

竹下通りの中を歩いて行くと、両側に小さなブティックやレストラン、アイテムショップ、占いの店、クレープ屋、タレントショップなどが見える。ファッション系の店ではコスチューム、豹柄スカート、ロゴTシャツ、プリントTシャツ、レディスシューズ、ベルト、ブーツなどが目立つ。この通りは店の入れ替わりが激しく、いつものように新しい店が出てくる。
「お昼、何にする? マックにする? それともケンタ?」
「あの…森永ラブでもいいですか?」
僕は頷いた。

昼食の後、僕らは竹下通りを出る。出口はすぐに明治通りにつながっている。まず近くのパレ・フランスや東郷記念館、社会事業大学を見て回って、それから反対側のラフォーレに寄る。ラフォーレは上層階で時々イベントをやっているので、それが楽しみだった。

この後、僕らは再び竹下通りの方へ行く。通りの入口の向かい側にあったストーンショップで、細い金色の鎖の、薄緑色をしたネフライトのネックレスを真奈美に買った。それからまた竹下通りに入ってクレープ屋に行き、二人でバナナチョコクレープを買って食べた。

時間はもう、昼下がりだった。次に行ったのは、明治通りと表参道との交差点。ここは交差点をはさんで、ラフォーレの斜め向かいに八角館がある。僕らは八角館の前を通って表参道を下り、やがてキディランドに着く。少し立ち寄ってみた。店内ではキャラクターグッズやパーティーグッズなどが売られている。上の方の階では、様々なトイが棚に並んでいる。

店を出ると、ピザのシェーキーズの前を通り過ぎ、道の脇から横に伸びる遊歩道(キャットストリート)で休憩をとった。真奈美は僕と、道端の手すりに寄りかかった。

僕は原宿で生まれ育って、もう20年近くになる。モロに地元の人間だ。真奈美は、原宿のことはほとんど知らないという。だから僕はデートと同時に、彼女に原宿の案内役もしていた。それは楽しいことだった。そんなノリで、真奈美に話しかける。

「この辺は、地下に川が流れてるんだ。渋谷川っていう川なんだけど」
「えーっ、本当ですか?」
「本当だよ。『暗渠(あんきょ)』っていうらしいよ」
「詳しいんですね。いいなー、地元の人って」
「そうなんだけどねー。でも地元の人って、わりと素朴でダサっぽくて、原宿では遊んだりとかはしないんだよ」
「若い人でも、ですか?」
「うん」

お喋りしたあと、僕らは表参道をさらに青山方面へ向かって歩いた。道の反対側には日本最初のアパート、同潤会アパートが見える。それからクレヨンハウスへ絵本の並ぶのを見に行った後、ハナエモリビルの近くを通って、表参道をUターンした。街路樹の大きなけやき並木が綺麗だった。まだ表参道ヒルズが無い頃の、90年代の表参道…。

やがて夕方になった。僕らは最寄りの地下鉄駅に入り、帰途についた。

初めてのデートは、これまで。


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