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小説『原宿ワンダートリップ』(2/5)

二回目のデートの待ち合わせは渋谷駅、ハチ公像前だった。今日は朝早くから会って、二人で映画と散策を楽しむ予定、だったのだが…
「おそーい! 先輩、遅刻ですよ。25分!」
「ごめん! 本当にごめん! 電車乗り間違えた、あわててたよ」
僕は真奈美に謝った。
「映画、間に合うかな?」
「んもうっ、急ぎましょ」

僕らは急いで道玄坂を登る。真奈美はホワイトのアウター調キャミソールにデニムのショートパンツ、底のやや厚い黒サンダルに、黒の肩掛けハンドバッグ。僕はロゴ入りカーキのタンクトップにダークグリーンのカジュアルハーフパンツ、黒のスポーツシューズと黒のベルトポーチという出で立ちだ。そして坂の途中にある映画館に入っていく。上映時間にはなんとか間に合った。僕は真奈美と一緒にラブコメ映画を観た。

映画が終わって、僕らは駅前の、あの有名なスクランブル交差点まで降りて行った。電力館や宮下公園に通じる道を歩いていく。そして西武、ロフト前を通過し、左手の「公園通り」と呼ばれる坂道を登ってゆく。

やがて渋谷区役所・公会堂のある狭い交差点にさしかかる。先へ進むと向かって左側にNHK放送センターがある。この辺は歩行者の通りやすい並木道で、このまま進んで行くと、左手の集会用の野外音楽堂と右手の国立代々木競技場にはさまれて、前方に代々木公園という大変広い公園が見える。ふと、僕と真奈美は手を繋ぎ合った。

「この一帯はね、東京オリンピックまでしばらくの間、アメリカ軍将校の住宅施設があったんだ」
「えっ、それって、戦後の話ですか?」
「うん。『ワシントン・ハイツ』って言ってたらしいよ」
手を繋いだまま、僕と真奈美はゆっくりと歩いて行く。

そして僕らは代々木公園に入り、緑あふれる広い敷地の中、噴水の見えるベンチに並んで座って、ひと休みした。
「もうお昼ですね」
真奈美はバッグから小さな弁当箱を二つ取り出した。
「はい、約束どおり、手作りです」
「わあ、美味しそう!」
こうして二人でランチを楽しんだ。

食事を終えて、僕と真奈美は恋人同士の自然なトークで盛り上がった後、売店で買ったファンタを一緒に飲み、代々木公園を後にした。明治神宮の前を通って神宮橋を渡り、原宿に入る。表参道を行き、明治通りを経て原宿警察署方面に向かい、神宮前二丁目と三丁目の境にある小道を歩いて行く。この辺りは「裏原宿」と呼ばれるエリアだ。

原宿にはブティックの他にもカフェ、アンティークショップ、ヘアサロン、エステ、フィットネスクラブ、アンテナショップなど様々な店があるが、僕の気に入っているこの裏原宿での見ものは、やはりブティックだった。ブランドものをはじめ、しゃれた品揃えをした気の利いた小店が何軒もある。

そしてまた交差点にさしかかった。右へ曲がればキラー通り、左へ曲がれば外苑西通りにつながる。キラー通りは青山に向かって延びていて、途中にカナダ大使館やベルコモンズなどがある。昔は月星化成のビルもあった。外苑西通りは新宿御苑に向かって延びていた。僕らは左折して、外苑西通りの方へ進んだ。

食品衛生センターの前を行き、陸橋の下をくぐり抜けてしばらく歩くと、白い巨大な建物が見えてくる。ビクタースタジオだ。
「このスタジオはね、収録中に、幽霊のコーラスが入って録音されてしまった事で有名なんだ」
「えっ? 嘘でしょう」
「本当だよ。ほら、隣にトンネルが見えるだろ。ごらん、あの上に墓場がある」
「あっ…ホント、きゃっ! こわい!」
真奈美は思わず僕に抱きつく。軟らかい女性の体の感覚。淡い香水のかおり。少し汗で濡れた服…。ぼうっとして目眩がするような感覚になった僕の眼に飛び込んできたのは、斜め向かいの、明治公園。

二人はその場で顔を赤らめて、少しの間、沈黙。僕は黙って真奈美の手を引きながら歩く。真奈美は恥ずかしそうにうつむいたまま、静かについてくる。僕らはただ、ひたすら歩いた。国立競技場を過ぎ、左へ坂を登ってゆき、東京体育館を回って突き当りの千駄ヶ谷駅まで、僕は真奈美をエスコートした。

二回目のデートは、こうして終わった。

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