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アルビアス冒険記 3

6.騒ぎ

翌々日、アルビアスが森の共有地を散歩していると、その広場の片隅で、フォロスの少女たちが何か騒いでいるのを見かけた。

アルビアスは少女たちに声をかけた。

「やあ、どうしたんだい?」

マイオープに産する美しい黄金色なす黄金麻の糸のように美しい金色の髪を結わえたフォロスの少女たちが答えた。

「ソリスがいなくなったの! 森中を探しても見つ
 からないわ。あの子、どこに行っちゃったんだろ
 う?」

「本当に森のどこにもいないの?」
アルビアスは訊く。

「ええ。カルシュニールの実の採り場も探したけ
 ど、そこにもいなかったわ」

「みんなの家は当たってみたかい?」

「うん、誰の家にもいなかったみたい。キルカにも
 訊いてみたんだけど、彼女も知らないって」

「そうか…」

そう呟きなら、アルビアスは思い至った。

おそらくソリスは、昨日のうちに「名付けの儀式」のための冒険に出かけたのに違いない。行き先は、彼女が私に話したあの、「オーガーストーンの洞窟」としか考えられない。
儀式のためのその試験はなるべく秘密にして行われるルールだから、試験官である大長老や受験者のソリスは皆に内緒にしていたのだろう。だとしたら、私も口をつぐんでいないと…

そこでアルビアスは、この少女たちが、

「アルビアス、あなたの家にも彼女はいないの?」

と聞いてきた時、しらを切ってこう答えた。

「いや、見かけなかった」

少女たちは残念そうな顔をして立ち去っていった。

アルビアスは少女たちの後ろ姿を見送りながら、彼女たちにしただましをびるように黙って小さく一礼し、自らもその場を立ち去ろうとした。

そのとき、彼の背後からぬっと人影があらわれた。

「ラダロック!」

そう、現れたフォロス族の男性は、彼の親友のラダロックだった。

「やぁ、アルビアス」

アルビアスはびっくりして、親友に声をかける。

「今の話、聞いていたのか?」

「まぁな」
ラダロックは落ち着き払って応える。

「ソリスのことは…」

そう言うアルビアスを軽く手で制するようにして、ラダロックが話す。
「ソリスは、冒険者の君にあこがれていたんだ。君は知
 らないだろうが、彼女は以前から人並み以上に君
 のことを話題に話し、意識している様子を隠さな
 かった…」

「ちょっと待て、待ってくれ、ラダロック! とい
 う事は…?」

「そう、私も君と同じ穴のむじなでね。ソリスから直
 接、冒険のことを知らされていたんだが、皆に隠
 しているんだ」

「そうなのか。…なるほど、彼女は君とも打ち解けて
 いたからな…」

「まぁ、それはそれとして」
ラダロックは咳払せきばらいした。
「子どもの秘密なんて、大人はたいがい知っている
 ものさ。ただ気付いてないフリをしているだけな
 んだ」

「そうだな、とくにフォロス族の族世間のあいだで
 はな…。ソリスの儀式は公然の秘密って訳か」
アルビアスが応じる。

「アルビアス、君に頼みたい事がある」

「何だ、ラダロック?」

「ソリスのフォローのために、オーガーストーンの
 洞窟の方まで行って欲しいんだ。勇者の君なら、
 ソリスに万一の事があったとき、彼女を助けられ
 る」

「それはそうだが、儀式のための冒険はソリス一人
 の力でやりげなければならない。そうでなけれ
 ば試験の意味が無いだろう。私が手伝ってはまず
 い」

「それはそうだよ。だから私が言いたいのは、ソリ
 スの試験の冒険を妨げない程度に、彼女をアシス
 トして欲しいという事なのさ」

「具体的には?」

「具体的には、ソリスが洞窟からオーガーストーン
 を持ち出してきた後、つまり使命を果たした後か
 ら、そのマイオープへの帰り途に、彼女の護衛を
 してもらいたい」

「なるほど、オーガーストーンは宝物だから、持ち
 歩いているときに野盗から狙われやすいからな」

「まあね。せっかく宝物を得た彼女が、慣れない冒
 険に疲れて一人で帰り路をゆく間…それは彼女にと
 り最も無防備で危険な時間だ。無法な平原人や黒
 ミリヴォグが徘徊する外世界で彼女を守れるフォ
 ロス族の者は限られる。分かるね、アルビア
 ス?」

「ああ。じゃあ早速、今晩にも僕は出かけるよ」
アルビアスは頷いた。

「ところでラダロック、君は森の警吏けいりだろう。君自
 身は、万一の事がありうるソリスの冒険につい
 て、何も関知しないでいるつもりなのか?」

「勘違いしないでくれよ、アルビアス」
ラダロックは柔和な表情で親友の肩を軽くたたく。

「我々警吏は森の法執行官として、常に自らの職責
 を十分に自覚しているつもりだ。ソリスの警護に
 は当然、関心がある。だがマイオープの『無血の
 掟』を思い出してほしい。マイオープの中では一
 切の流血沙汰は禁じられている。警吏は特に厳格
 にこの掟を守らなければならない。そして警吏は
 他の人々の模範でなくてはならないから、たとえ
 マイオープの外であっても、みだりに剣を取るこ
 とは難しいんだ」

「そうか、職業上の縛りがあるなら、仕方ないな」

「分かってくれて良かったよ、アルビアス。代わり
 に私達は他のフォロスの成人男性…警吏以外の者た
 ちも含めて、共同で捜索隊を編成して後から向か
 う。これは大長老からの指示なんだ。『行方不明
 になったソリスを探しに』という名目でね。わざ
 わざこういう体裁を取り繕うのはもちろん、ソリ
 スの保護のためさ。そして彼女の保護は、もちろ
 ん君一人に負わせるべきではないからさ。それ
 に、大勢のフォロスたちが揃って出歩いているの
 を襲う奴は、この辺の世界ではまず、いない」

その話にアルビアスは頷き、ラダロックと別れた。アルビアスは夜、ソリスを追って、そっとマイオープを出て、冒険の旅に出かけた。


7.冒険の旅

アルビアスはマイオープを出て単身で洞窟にソリスを捜しに行く途中、ソリスが守る小さな木のある場所へ立ち寄った。

すでに夜は更けていた。

木は小さく弱々しかったが、ささやかながら緑の枝葉を張っている。その様子が健気に見え、また偉大な生命の一部としての尊厳が感じられたため、彼は木に小さく印をきって祈りを捧げた。そしてわずかに躊躇ためらった後、その木の枝葉に向けて両手を差し出した。

アルビアスがソリスの守り木から立ち去った後、夜が明けても彼はずっと休むことなく歩き続けた。

なおも先を急いで木立のなかを進んでゆくと、途中、アルビアスの目の前に、平原人スークが現れた。
平原人は4人いた。彼らは野盗のようだ。みなナイフを手に持っている。彼らはアルビアスの行く手を阻むように立ちはだかり、そして襲ってきた。

アルビアスは野盗たちと戦いになった。

アルビアスは素早く彼らを観察し、彼らのナイフの握り方が鷲摑わしづかみで、身体から離して握っており、そのため彼らが素人の使い手だと見抜いた。

それでアルビアスはあわてずに対処した。利き腕にケガをしているため剣は取れないので、背嚢はいのうを緩衝用に手前に持ちながら敵との間合いを取った。

そして利き手とは逆の手で、腰に下げていた護身玉を取り外し、素早く野盗たちの足下の地面に向けて投げつけた。

護身玉とは、天産のりんの一種を含む石片と燃えやすい植物の葉に油を染み込ませたもの等を紙で包んで密封した小さな玉である。割れると発火して辺りに火を撒き散らしながら煙幕を張る。そのため旅人や冒険者らが護身用に携帯している。

玉が割れて辺りに煙と火花を撒くと、賊たちは煙幕により目が利かなくなり、咳込み始めた。
その隙にアルビアスは俊足を生かしてその場から逃げおおせた。

逃走に成功したアルビアスが再び旅路を行くと、日が沈みはじめ、今度はオーガーストーンをねらう2人の黒ミリヴォグ(邪悪な石窟人)と戦いになった。

黒ミリヴォグは背が低く筋肉質でせむしの姿をしており、何か叫んだあと、持っていた小型のつるはしを両手に構え、襲いかかってきた。

彼らは動作が鈍かったので、アルビアスは背嚢をその場に捨てて身軽になり、素早く辺りの木を登った。そして彼は高い木の多い、森の精フォロスとしての自分に有利なその場の地形を生かして、上空から十分な間合いを取った。間合いを取ると、彼はカルシュニール採集用の短弓に対人用の矢をつがえ、高所から弓矢で黒ミリヴォグを狙撃した。

矢は次々とあやまたず命中し、2人とも倒れた。
アルビアスは黒ミリヴォグに勝ち、生き延びた。

アルビアスは地面に降り、土の上に投げた背嚢を拾い、また背負い直し、他の装備を整え直すと、オーガーストーンの洞窟を目指してさらに歩みを進めた。




 

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