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アルビアス冒険記 5

12. 話を聞くよ…

ソリスを追ってマイオープの森を出た勇者アルビアスは、運良く、洞窟の近くで使命を終えて帰路についていた彼女を見つけることができた。

「ソリス! ソリスか?」

アルビアスは、野山を縫う小道に沿って対向してとぼとぼ歩いている、冒険者の服装をした少女に声をかけた。

「アルビアス!?」

ソリスはアルビアスとの出会いに驚いた。

「アルビアス、あなた何を? …まさか、私を探しに?」

「ああ。ちょっと心配だったんでね」

アルビアスは微笑みかける。

ソリスは出会ったのが同胞の森棲人フォロスだったことに安堵した。

「よかったわ、あなたがアルビアスで。もし出会ったのが怪物(モンスター)だったら…」

彼女は手にした杖を打出すように振る仕草をした。

「大丈夫、僕はバケモノじゃないよ。安心したろ?」

勇者の言葉に少女はうなずく。
 
「それより少し休まないか、ソリス? 僕がここに来た訳を話すよ。それに、君が大長老の課した使命を果たしたかどうか聞かせてほしいんだ。話を聞くよ…」

ソリスは承知して、自分が大長老の課した使命である、鬼の霊が守る洞窟内の宝・オーガーストーンの収受に成功したことを明かした。また彼女は、それに至るまでの大体の経緯についてもアルビアスに語った。

「…そうか、そんな事があったのか。聞かせてくれてありがとう。僕もこれから君を追ってきた訳を話すよ。ときに、疲れたろう? 立ち話もなんだから…」

アルビアスは、ソリスと出会った野道のその場に生えていた大樹の傍らで、ベンチのような大石を見つけると、ソリスを誘って2人並んでそこに腰掛けた。

アルビアスは、ソリスが小袋から出してみせたオーガーストーンを眺めながら、自分が彼女の帰り途の護衛のためにやって来たと話す。

2人の座った石の背後に立つ大樹がめぐらす枝葉の隙間から木漏れ陽が差し、湿った黒い土の地面を少し明るませている。

しばしの沈黙の後、ソリスは思い出したように、オーガーストーンを彼女に渡した後に鬼神ガーグが遺した言葉を打ち明けた。

「ガーグがね、言ってたの…。都市(まち)は単なる物質(モノ)じゃないって。マチは、そしてクニとは、そこに住まう人々の想い、考え、言葉、行動、暮らし、慣習などの営為が綾なす生きたタペストリー(織物)なのだって。目に見える物質的な市街はその表われにすぎない。だからマチは、人々があってのマチなの。人々みんなの幸せで自由でありたいという生来の想いや考えを無視したところにマチやクニは成り立たない。町はみんなでつくるのが大切で、そして町を作るときは、人々みんなの意見を聞かないといけない。どんな都市やどんな国の建築も造作も、人々みんなの心、人間の心を顧みないでつくったものには生命が無い。ただの魂なき人形のように。そしてそんな風に形骸化したとき、都市(クニ)は死んで滅びるんだって…」

アルビアスはうつむいて吐露する。

「ガーグたちの種族はみな、昔、建築や都市の造営に優れた技を持っていたと僕は聞いたことがある。同時に彼らは、人々の幸福や自由という無形の価値も大切にしていたそうだよ。ものごとの心身をともに視て分かっていたんだね。だからこそ、彼らは真の文明や文化に接近しえたのだと思う。都会や設計図やカネだけでは語れない、理想の市民と都市国家への道さ。でも、その伝統が形式的になって形骸化してしまったとき、没落してしまったんだ」

ソリスは肯いた。

「ええ、分かるわ。ガーグは嘆いていた。自分たちオルガ族は、はじめ高尚な魂と清廉な身体の持ち主だったけど、代を経るにつれてそれが忘れられ、ついに『不肖の子孫たち』が共喰い……食人をやらかすまでに堕落したんだって」

アルビアスは寂しそうに、そっとささやいた。

「僕には、その青いオーガーストーンが、国王ガーグの涙のように見えるよ」



13. トラブル

互いに少し会話に気を取られていたせいで、2人の冒険者たちは、そのとき背後から迫り来ていた危険な物影に気づかなかった。

それは、ソリスに突如襲いかかった。

「痛っ…いったぁー!」

左腕に痛みを感じたソリスは、はじめ吸血コウモリに噛まれたかと思い、杖を水平に振って敵を追い払おうとした。

しかし何かが飛んでいる気配ではない。

「気を付けろ! 長毒蛇(ながどくへび)だ!」 

アルビアスが叫ぶ。

ソリスに噛み付いたのは、胴体こそ細いが体長2メートルもある黒い毒蛇だった。

蛇は素早く地を這い回り、再び鎌首をもたげて襲いかかろうとしている。

アルビアスは短剣を鞘から抜いて、ソリスに警告した。

「ソリス、なるべく動くな! 毒が早く身体に回らないように!」

ソリスは頷いて、背後の大木に背を寄せて立ち、毒蛇に抵抗すべく、ゆっくり杖を捨てて脇に差していた短剣を抜いて両手に構え、そして毒の回らないようにじっと静止した。

アルビアスはその彼女と共に、彼女のすぐ隣に並び立ち、やはり短剣を両手に構え、少し離れた地上から眼をらんらんと輝かせて襲撃への姿勢を取っている長毒蛇を牽制する。

間を置かずアルビアスは、蛇の隙を見て、自分のベルトポーチから蛇避けのホイッスルを取り出し、勢いよく吹いた。

笛は独特の高音を鳴らす。

すると、その響き渡る音を嫌って、蛇は逃げ去っていった。

アルビアスは、長毒蛇を退治した。


14. 手当て

長毒蛇が逃げていった後、アルビアスはすかさず、毒蛇に咬まれてケガをしたソリスの応急手当にとりかかった。

急がないとソリスは全身に毒が回って死んでしまう。

アルビアスはまず、ソリスの左腕の咬まれたところよりも心臓に近い部位をバンダナできつく縛った。次に傷口に口を当て、傷口の毒を吸い出す。
さらに、傷口の両側を圧迫して血液を絞り出した。

そして彼はポーチから何か木の実のようなものを取出し、その果汁をソリスの腕の傷口にまんべんなく、しっかりと塗り付けた。
最後にアルビアスは、水でうがいをし、自らの口内の毒を取り去った。

「これで処置は済んだ。しばらく休んでいれば、毒も解けるし、熱も引くよ」

「…ありがとう、アルビアス。あなたがいなかったら、私ここで死んでたわ。あなたは命の恩人よ」

「いいんだ。これで、あのときの借りは返したよ。お互いに貸し借りは無しだ」

「そうね」

「でも礼なら、僕にじゃなくて、君の友達に言った方がいいかもね」

「え?、…どういうこと?」

ソリスはアルビアスの言葉にきょとんとする。

アルビアスは微笑んで説明する。

「この毒消しのことさ」

「毒消しが…一体何なの?」

「これは、君の、あの守り木になっていた実なんだ」

「…!?」

「すまないが、断りなく、君の守っていた木から、実だけ分け取らせてもらった」

「えっ… じゃあ、あの木は…? 」

「立派な薬用樹だよ。マカラっていうんだ。これはヴァスナ語(昔のフォロス族の言語)での呼び名だ。マカラの木の実はいろんな毒を中和する効果があって、毒消しに使われているんだ。あの木はまだ若い木だから、ずっと長生きするよ。これからも一生ともに守り合えばいいさ」


15. 新しい名前

そうしてちょうど間もなく、アルビアスは遠方から人々が列をなして野道を歩き、こちらの方へ近づいてくるのに気づいた。

それは、フォロス族の男たちで編成された捜索隊だった。

彼らは、オーガーストーンの洞窟へ冒険に出たソリスを捜しにやって来たのだ。

遠くの野道に見える人の列をなす個々人が、飛び抜けて視力の良いアルビアスにはよく見分けられた。

「やぁ、あれは、ラダロック、スピニン、オクマス叔父さん…それに…おや、エリサイラーもいるな!」

捜索には、少年エリサイラーまでかり出されていた。

アルビアスはソリスの方を振り返って声をかけた。

「さあ、ソリス。みんなを呼びな」 


アルビアスは誤解を受けぬよう身を隠そうとする。

「僕はこの場を離れるよ、ソリス。皆に気づかれないうちに。君が一人で使命に挑まなかったと皆に誤解されないようにね」

「ちょっと待って、アルビアス」

ソリスはアルビアスを止める。

「どうしたの?」

「あのさ、」
ソリスが彼にささやく。

「私、今いい名前、思いついたの!」

「ん?」

「わたしの新しい名前!」

「ああ…」

「私の、その守り木・マカラの名にちなんだ名前よ」

「なんだ、もう決めたのかい?」

「うん」

「…で、その、新しい名前は…?」

「マックリュート…そう、私、これからはマックリュ
 ートっていうの!」



                 (おわり)


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