びわのゼリー

こんばんはウナウナウーです。
眠い。
炬燵にぬくぬくと入っていたらこんな時間になってしまった。
今日は仕事後に予定があったけど延期となり、
銭湯でも行こうかなぁとふらついてみたものの気分が乗らず結局家に帰りのんびりとお風呂に入ったり洗濯をしたり掃除や書類をまとめていたらこんな時間になってしまった。

久しくも娘を母に預けた1人時間なので、
家事をしながらいつきさんの歌声を聴いていたらボロボロと泣けてしまった。
忙しなく毎日が過ぎる。
考えるのを放棄する程に毎日誰かの事を考えて時間が過ぎる。
自分のことはほっといても良い。
誰かの事や家族や近しい方のことを考えていたら自身の気持ちや疲れが通り越してしまったと気付いて一曲聴くだけで素直に泣けるもんなんだなぁと驚いた。

暗い話はしないし、
人に相談することも弱音を吐くことも滅多に無くなった。
話せば話すだけ疲れてしまうと知っている。
決めるのは自分の心と行動あるのみだと思う。
明け透けに話す事でもないしひっそりしまっておきたい。

今日はね、センチメンタルウナウナウーとして
素敵な人の話をしようと思っています。
書いたら丑三つ時だから会えるかもしれないななんて思ってる。

梶原さんのこと。
私が産まれた時から出逢っていたおばあちゃん。
母が昔働いていた職場の同僚で、
周りの方へご馳走のお土産を振る舞ったり人の悪意やずるさに惑わされない人。
父が事業をしていた関係上、
私達家族は色んな人の悪意や騙す人が多くいると知っていたけど梶原さんは違った。
母が退職をして、たまたま近所で出逢い家が近い事を知り交流が生まれた。
その時は私の兄が幼稚園児で、
兄にも産まれてくる私にもバックや洋服を手縫いしてくれて喜ばせてくれた。
私が物心ついた頃から、
母と一緒に兄と一緒に1人でも会いに行っていた。
産まれた時から梶原さんが亡くなるまでの20年間以上、
会いに行き続けていた。
梶原さんはいつも縫い物をしながら、
びわのゼリーを用意してくれてうんうんと頷く。
子供の話なのにいつも笑って、
大人の愚痴になってもいつも笑って頷いていた。
旦那さんもお姉さんも交流があり、
本当に家族のような近い存在だった。
私達家族がいつ行っても良いように、
家には何かしらいつ来るかも分からないのにお茶菓子やおもちゃを用意してくれていた。
用意してくれている、という気持ちが嬉しかった。
心から愛してくれる人だった。
梶原さんの身体が少しずつ弱くなっていった時も、
いつも窓際のベッドで笑って頷いていた。
優しくいつも通りに笑っていたのが忘れられないでいる。
お墓もほぼ隣で契約しちゃう位には、
仲良しできっと亡くなっても会えると思っている。

梶原さんが亡くなってから、
当たり前だけど会えなくなって、
食が喉を通らなくなったり今でも悲しみに溢れているけど
なんだか会えるような気がして
週1回はお墓参りをしている。
花束を抱えて会いに行くことにしている。
私が周りの人や家族に弱音を打ち明けなかったり泣きたい時はぜんぶぜんぶ梶原さんに聞いてもらっている。
今日、学校でこんな事あってね。会社でこんな事してるよ。だなんて普通の会話みたく今の気持ちや現状を伝えてそっと胸を借りている。
綺麗に飾られた花に喜んでくれるような気がして弱さを見せるのは梶原さんだけで良いと思う。
素敵な友人なんです。とてもとても。
どこかの花に草木にあの赤ん坊に知り合いに代わってるかもしれないからいつも胸を張っていたいです。

出逢っているあなた方へ、
まだ縁が重なっていないあなた方へ、
会う事はもうないけれどいつか出逢ったあなた方へ
いつもありがとう。
いつだって感謝しています。
これからキラキラするようなこと沢山あるよ。
大丈夫、大丈夫。
どうか誰も居なくなりませんように。

梶原さん会いたいなぁ。

追記
ねむい
これから運転するなんて考えられない笑笑

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