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秋があまりに遅いので、新五合目へ迎えに行った

わたしの住む街は富士山のふもと。
当たり前のように眺めはすれども、
富士山へ出向くことはあまりない。
「毎年登ってます」
なんて奇特なヒトは
身の回りにいなかったりする(昔は何人かいた)。

私と言えば、
登山シーズンが終わり、天気のよい休日、
「たまには、下界を一望してみるかぁ」と
年に一度、双眼鏡を携えて新五合目に行くことはある。

が、だいたい、夕方近くになるので、
麓から雲が湧き上がってしまい、
押し寄せる雲のど真ん中につっこむだけで、
「目の前でダイナミックな雲を眺めたね」と
あえなく下山となるのが、ここ数年の流れ。

数年来のチャンス到来

ここ数日は夕方まで雲一つない晴天が続いている。
いつまでたっても気温が高く、
秋を実感できないこともあって、
「ならば、こっちから迎えに行ってみるか」
といささか風流な気持ちとなって
「満を持して、早朝に行きますぞ」
と、今までにない流れ。

当日は夜明け前に起床し、車を走らせる。
バイクにしなかったのは、急激な気温変化がキツイためだ。

早朝なので、登山道に入っても対向車が少ない。
この時間に降りてくる車は、新五合目でご来光を観たに違いない。
気温4度の中、バイクも降りてくるので、コイツは根性があるな。

沿道はものスゴイ紅葉というわけではないが、
それなりに色づいている。
路肩には落ち葉がふきだまってたりする。

目に鮮やかというほどでも
ところどころ色づく

二合目を過ぎると、
澄んだ山の空気を通して朝日が容赦なく目に入ってくる。
これに備えてサングラスをしているのに、
マジで前方の視界を一瞬ロストした。
これは危険がアブナイ。

ほどなく富士宮口新五合目に到着。
静かだ。
無風に近いので、意外に寒くない。
のどかだ。

再建中の新五合目レストハウス
現場が現場だけに、一向に進捗しない

双眼鏡で、山頂を見渡すと、
測候所の跡地や各合目の山小屋が手に取るように見える。

はるか上には、すでに数人の登山者が見える。
今の時間であれば、日没までにはここへ戻ってこれるだろう。
今はシーズン外なので、あくまでも自己責任。
安全第一と環境に負荷をかけずに楽しんでくれ。

ときどき、こういうことをしたくなる…すまぬ

さて、念願の下界見物だ。
多少もやがかかっており、肉眼では細部の確認がちとキビシイ。
左から御殿場、箱根連山、愛鷹山、富士、富士宮ときて、
右奥は清水、静岡だ。

御殿場、箱根連山、愛鷹山

倍率7倍の双眼鏡を通すと、多少ディテールがハッキリする。
おお、箱根から伊豆にかけて尾根沿いにある
駒ケ岳ロープウェイ駅や玄岳のドライブイン跡も
確認できた。

富士と富士宮

さて、富士・富士宮はどうだろう…
「ん?」

遠い…
おまけに地図を逆さに見ているようだ。
主な施設の位置関係は把握しているのだが、
低倍率の双眼鏡では意外とピンとこない。

富士、富士宮を望む

すぐにわかったのは、田子の浦港、日本製紙、銀色に輝く県営水泳場、高架が特徴的な新東名、デカイ箱モノのロゼシアターくらいだ。我が家のあたりでさえ、はっきりとわからない。

麓に住むわたしにとって、
富士山はいつも目前にそびえる「オラが富士」だ。
しかし、富士山からみれば、
山麓、それも遠くに広がる都市のひとつに過ぎないのかもしれない。
山頂から山梨県側を眺めたことがあるが、
圧倒的に富士吉田や河口湖の方が近いのだ。

あと、
富士と富士宮の境が全くわからない。
完全に一体なのだ。
工業都市の富士。
門前町・観光地として栄えた富士宮。
隣接しているのに、市民の気質はそれぞれに違い、
協力関係にあるような、微妙に反目しているような、
不思議な空気感がある。

ただ、ここからの景色は、
完全に一体化した街の眺めだ。
富士山からすれば
「富士だ、富士宮だ」
なんて区別は無意味なことのように見えるだろう。

宇宙から地球を眺めると
「なんて美しく小さな星なんだ」と
それまでの考えや思い込みが一変すると聞く。

国家百年の計ではないが、
富士南麓の長期的なありようについて、
議論する機会があるのなら、
ここを眺めながら意見を交わす。
なんてこともアリだと思った。

この景色を観ると大局的な気分になれる。
この曲を聴くと冷静になれる。
そんな、メンタルツールを皆さんもお持ちのことと思う。

と、新五合目のお月様も申しております。

気が抜けない

さて、どんな雄大な景色も1時間もあれば飽きる。
下界に戻るか。
エンジンブレーキを効かせながら車を走らた。

「ぐゎ」

一頭の牡鹿が目前を横切る。
低速だったため、軽くブレーキを踏むだけで、
衝突の危機は回避できた。
必死に見開く目が緑色に輝いていたのが印象的だった。
とはいえ、気が抜けない。

肉眼ではもっと近くに感じた

基本、彼らはやりすごすことを知らないようだ。
わざわざ、高リスクな行動を選んでしまう。

わたしの弟が
富士山麓の夜道を走行していた時、
林から飛び出した鹿を、
跳ね飛ばしたことがあった。

鹿は瀕死、車も大破。
やむを得ず警察を呼び、処理を手伝ってもらったようだ。
車をレッカーで引き上げ、立ち去る際、
警官はこういったらしい。

「野生動物だけに、シカたないですね」

そのハナシを弟から聞いた時、
「ホントに言うんだね」
と顔を見合わせて苦笑いした。
なんてことを思い出しながら、家に戻った。

家から、改めて富士山を見る(トップの画像)。
秋を迎えにいくつもりだったが、
今朝の富士山は、すでに初冬を迎えていたこと、
そして、
めずらしく呑気な姿であったことをありがたく思いつつ、
いつもの休日に戻っていった。

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