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自分の最後の話。


すごい久々でした。何だかずっと忙しくしてたのかな。
ずっと書きたいなと思いながら思うだけで通り過ぎる毎日。
少しでもいい、形にしようと思ったのでした。
なので少し思ったことをつらつらと書きます。

最近、ニュースで自死が話題に上がったこと。
私はこの手の話題をあまり人としたくないんだけど
ネイルサロンとかで話題に振られて本当に言葉をなくした。
正直この話、あんまり気持ちが良くない。
私自身が弟を亡くしてまだ3年も経たないのもあるが
かわいそうだとかショックだとか、
何がわかるんだろうと思ってしまう。
まぁ、わからないんだけどね。
わからない上で話してるんだってわかるんだけどね。

人はどの立場で話を聞くかでは
全く今までと同じようには聞けないのだ。
とにかく私はまだ弟の死を全て受け入れられていない。

そんな私は昔全ての不幸を周りのせいにして
「死んでやる〜」みたいなアクションを起こしていた張本人で
でもあの頃はそれが精一杯の自己表現だったんだと思う。
あのまま行ってたら死んでたかもしれないし
死にきれなかった、雰囲気だけだったかもしれない。


現に私はこうしてしっかり生きていて
自分の躁鬱とも上手にお付き合いをして楽しく過ごせている。
それはどんな状態の私にも怯まず、いつも同じ立場で態度で
そばに居続けてくれた夫と妹のおかげである。

今日ね、昼過ぎに運転していて
急に涙が止まらなくなった。
私はまだ人の死を受け入れられないんだって気づいた。
こんな怖いこと、認められない、受け入れられない。
相手の死を確認するのが怖い。

よく価値観とか自分の最後をコーチングでイメージする時
当たり前に「私は夫より先に死ぬんだ」と言い放ってたけど
こんな怖い、心に大きな変化を与えることを
相手に受け止めさせようとしていた自分も
なんて酷いんだろうと思い始めてきた。

じゃあ、私が後に死んで受け止めるのか。。。
いや、それもできないかもしれない。
うううんん。。。

となると、私は猫みたいに死にたい。
死に際の最後を誰にも見せたくないんだ。

少なくとも今の私は
大切な人の死に向き合えないという
(自分が死ぬことは全く怖くない)
そんな自分に気づいた。

だから今できることを。
たくさん触れ合って
たくさん話そう。
たくさん愛を伝えよう。
一緒に時を過ごしていこう。
ただそれだけだよね。



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