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「女がボクシングなんて。そういう人にこそ見て欲しい」加藤光選手が挑む壁

もし、大学のキャンパスで彼女に会ったら、とてもボクサーだとは気づかないだろう。全日本ライトフライ級チャンピオン、加藤光選手。小柄な体躯、笑顔にはまだ少女のあどけなさが残る。しかし、ひとたびボクシンググローブをつけると明らかに「気配」が変わる。容易に近づいてはいけないような“狩る者”の気配。そう、彼女は今、両手に武器をもっているのだ。

13歳でボクシングと出会う

ボクシングを始めたのは中学1年。兄の親友に誘われてジムに行ったのがきっかけだった。

「ちょうどやりたい部活もなくて、遊び感覚で始めたんですが、ボクシングの面白さにはまっちゃいましたね」

ジムでは、年上の男子選手と練習することも多かった。負けるのが悔しくて、どうやったら勝てるのか考え続けていると、いつの間にかボクシングにのめり込んでいた。その後、地元の強豪・王寺工業へ進学すると、リオ五輪の日本代表コーチも務めた高見監督のもと、才能が開花。全国でも屈指の選手へと成長する。そして、大学でもさらに研鑽を重ね1年にして全日本王者となった。

偏見との戦い

まさに順風満帆のボクシング人生のようだが、そこには女子選手ならではの苦労がある。

「なんで女の子がボクシングやってるの?とは、よく聞かれましたね。いつまでやるの?とか」

加藤選手はリングの外で女性がボクシングをやることへの偏見と戦い続けてきた。学校でも、女子からは「かっこいいね」だったが、男子からは「痛くないの?よくやるね」。ボクシングの面白さは駆け引きにあり、特にアマチュアボクシングはダメージではなく技術を競うスポーツ。安全面には最大限の対策がなされている。だが、いまだに多くの人が「殴り合い、危険、男のスポーツ」と思い込んでいるのが現実だった。

オリンピックの力

しかし、男のスポーツ、そのイメージを覆す出来事が起きた。昨年の東京五輪。悲願の初出場を果たした女子ボクシング競技で、いきなり2人のメダリストが誕生した。メディアはにわかに沸き立つ。そして、ワイドショーのご意見番が「嫁入り前のお嬢ちゃんが殴り合うなんて」と炎上発言をすると、むしろそれも女子ボクシングの応援報道が増える好機となった。

「女子ボクシングの競技人口を増やしたいー」

2人のメダリストが口を揃えた願いは、すべてのアマチュア女子ボクサーにとって切実だ。加藤選手は日々、男子選手とスパーリングを行っている。強度の意味では「ありがたい」が、競技力向上のためには、より多くのタイプの女子選手との対戦経験が必須だ。

パリ五輪への過酷な日々

現在、パリ五輪を目指している加藤。全日本を制したが五輪出場のハードルは高い。出場枠獲得の条件は依然厳しく、そもそも五輪種目に自身の48kg級はないからだ。狙うなら50kg級だが、48kgですら減量の必要がない加藤選手にとってそれは過酷な戦いになるだろう。

女子ボクサーの希望になりたい

目標に向けてカラダづくりに励む期待の女子ボクサーに、描く将来像について聞いてみた。

「そうですね、女子ボクシングの魅力を伝えられる選手になりたいですね。金メダルをとった入江選手みたいな、女子選手に希望を持たせられるような選手になりたいです。将来、プロを目指すかはわかりませんが、周りの意見とか偏見に流されない、自分の意思を貫けるようなカッコいい大人になれたらなと思います」

ボクシングは心を鍛える。
若きアスリートの挑戦を応援したい。

text by Taku Tsuboi(sportswriter)
photographs by Yasushi Mori