見出し画像

クラシックBLを通して描いた、人と人との普遍的な関係性──『路地裏のウォンビン』小野美由紀インタビュー

性交後、女性が男性を捕食する世界を描いたSF小説『ピュア』で話題をさらった小野美由紀さん。待望の新作『路地裏のウォンビン』は、スラムで暮らすウォンビンとルゥ、ふたりの孤児の人生をたどる物語です。熱気と混沌に満ちたアジアの架空都市で、分かちがたく結びつくふたりの運命。それはボーイズラブ(BL)のようでありながらも、人と人との根源的な関係をあぶりだしているようにも見えます。

小野さんは、どんな思いを込めてこの小説を生み出したのか。ふたりの関係性や重要なモチーフである“骨”についてうかがうとともに、BL観についても語っていただきました。


小野美由紀(おの・みゆき)
1985年東京生まれ。慶應義塾大学フランス文学専攻卒。2015年にエッセイ集『傷口から人生。』(幻冬舎)を刊行しデビュー。2020年刊行の『ピュア』(早川書房)は、女が男を捕食するという衝撃的な内容で、WEB発表時から多くの話題をさらった。他の著書に、絵本『ひかりのりゅう』(絵本塾出版)、旅行エッセイ『人生に疲れたらスペイン巡礼』 (光文社新書)、小説『メゾン刻の湯』(ポプラ社)などがある。



“骨”から受けたインスピレーション

──『路地裏のウォンビン』は、熱気あふれるアジアの街並みに誘いこまれるような作品でした。この物語は、いつ、どのようにして生まれたのでしょう。

小野:私が初めて出した小説は『メゾン刻の湯』ですが、実は『路地裏のウォンビン』はそれ以前から書いていた作品です。そもそも小説を書き始めたのが、約6年前。はじめにSF短編『ピュア』を書き、まだ小説の書き方がつかめないまま、手探りで書き始めたのがこの作品でした。その分、私が書きたかった世界をそのまま出せたような気がしますね。私にとっては、思い入れの深い作品です。

ただ、物語が生まれたきっかけを説明するのは、難しくて……。インスピレーションが湧いたとしか言いようがないんです。

──まず、映像が頭に浮かんだのでしょうか。

小野:アジアの雑然とした街に、きれいな少年がたたずんでいる光景が最初に浮かびました。あと、作中に骨の話が出てきますよね?

──「骨の聲を聞け。(中略)それだけがお前をお前であらしめるのだ」「(骨には)その人間の生き様が全て現れる」など、その人の本質を表わすものとして骨というモチーフが使われています。

小野:私が通っていた整骨院の先生が、“絶対触感”を持つ方だったんです。体を触るだけで、「ここが悪いですね」とすぐにわかる。ちょっとオカルトっぽいのですが、頭を触るだけで「あなたは今こういうことに悩んでいますね」と言い当ててくるんです。しかも、50代後半にもかかわらず、30代前半にしか見えなくて。「どうしてそんなに若々しいんですか?」と聞いたら、「骨の声を聞いているから何のストレスもないんだよ」って言うんです(笑)。その先生の話が、ずっと頭に残っていたんですよね。

そもそも骨は、生きている限り見られないもの。死後に遺体を焼かれて、初めてその形が表れるものです。最近、アメリカで「Black Lives Matter」という人種差別に反対するムーブメントが起きましたよね。ウォンビンとルゥも、生まれや育ちによって差別され続けています。そういう呪縛から逃れようとする人の姿、見た目や血縁に左右されない芯の強さを描きたいという思いもありました。

──作中では、骨がさまざまなものを象徴しています。あらためて考えると、骨って不思議な存在だなと思いました。

小野:骨は、古くからいろいろな形で使われてきましたよね。骨を焼いて、そのヒビの入り方によって吉凶を占っていたことも。そのせいか、人間の根源にあるものというイメージがあるんです。動物の骨に文字を刻む、甲骨文字もありました。骨に記録して後世に受け継ぐという意味で、「受け継がれるもの」という印象もあります。

──骨から得たインスピレーションと最初に思い浮かんだ光景、そのふたつが混ざって物語が生まれたんですね。

小野:そうですね。あと、私は東南アジアが大好きで、台湾、ベトナム、韓国はもう何度も旅行しているんです。去年は中国に行ったのですが、めまぐるしいほどの成長スピードとあふれる熱気を間近に感じて。雑然としていて、人間臭いものをそのまま許容してくれるアジアの雰囲気も描きたいと思いました。

──舞台となるのは、架空の都市ですよね。スラム街、急発展を遂げる都市など、さまざまなエリアが登場しますが、東南アジア諸国のイメージをミックスしたのでしょうか。

小野:はい。以前、上海に旅行した時、老街という場所を訪れたんです。高層ビルが立ち並ぶ中で、その土地だけが昔ながらの雰囲気を保っていて心惹かれるものがありました。狭い路地が入り組んでいて、そこかしこに洗濯物が下がり、子どもたちが裸足で駆けまわっている。そのイメージを盛り込めたらいいなと思いました。

──匂いまで伝わってくるような、五感を刺激する文章ですよね。

小野:そう言っていただけると、すごくうれしいです。読者のみなさんの目に浮かぶように、景色を描写したつもりなので。現代ではなく、ちょっと昔のアジアのレトロ感を楽しんでいただきたいです。

画像2

(イラストレーターyocoさんが描いた、平穏な時間を過ごす二人の様子)


クラシックBLからの多大な影響

──作中では、ウォンビンとルゥというふたりの孤児が、汚れ仕事に手を染めながらもスラム街を生き抜いていきます。ウォンビンとルゥ、それぞれの人物像を小野さん自身はどのように捉えていますか?

小野:ウォンビンは野心家のように見えて、実は自己犠牲心が人一倍強いんですよね。自分のことなんてどうでもいいと思っていて、だからこそ思い切った行動に出ることも。生きていくためなら、何でもやるタイプです。

一方ルゥは、優しいように見えてエゴイスティック。自分の感情で突っ走っていくタイプです。そんなふたりが一緒にいることで互いに作用し合い、変化していくお話です。

──一時は離れ離れになりながらも、偶然の再会によりふたりは分かちがたく結びついていきます。ふたりの関係性はボーイズラブのようでもありますが、その点は意識しましたか?

小野:めちゃめちゃ意識しました!正直に言えば、BLレーベルから出版したほうがいいのかなと思ったくらいです。でも、伝えたいことはまた別にあるので、一般文芸として刊行しました。そもそも私は、子どもの頃からBLが大好きなんです。息を吸うようにBLに触れてきて、「BLは飲み物」だと思っているくらい(笑)。

──どういったBL作品に触れてきたのでしょうか。

小野:小さい頃から、萩尾望都さんのマンガが家にたくさんあったので、『ポーの一族』『トーマの心臓』などの作品を当たり前のように読んで育ちました。他には、中村明日美子さんよしながふみさんの作品も大好きでした。その後、中学時代に母に連れられて「スタジオライフ」という男性だけの劇団を観に行ったんですね。そこで電気が走るような衝撃を受け、そっちの沼に入っていきました。中2からは毎年2回必ずビッグサイト通いをして、自分でも2次創作を書いてましたし。……大人になってやっとオリジナルが書けたという感じです。

──おすすめのBL作品を教えていただけますか?

小野:マンガでは、中村明日美子さんの初期作品が大好きです。『コペルニクスの呼吸』なんて、もう何十回も読んだほど。小説だと、長野まゆみさんの作品ですね。儚い少年たちのお話が多くて、雰囲気がすごく素敵なんです。

──確かに『路地裏のウォンビン』も、萩尾望都さんの作品世界に近いものを感じます。美しい中性的な少年が出てくるあたりに、影響を感じました。

小野:BLは時代によって変化しているのですが、最近のBLというより、オールドスタイルのクラシックBLに近い作品だと思います。王道メロドラマがお好きな方には、刺さるんじゃないでしょうか。

他にも、この作品には私の好きなBLの要素を詰め込んでいます。ほかにも、BLの定石というか、落語の「型」みたいに定番のシチュエーションがあって、それは自分の好みに合わせてかなり盛り込んでいます。

──SF短編集『ピュア』では、ジェンダーの問題について扱っていました。その流れも汲んでいるのでしょうか。

小野:それもあると思います。日常を生きていくうえで、やはりジェンダーや性的嗜好に関する差別について思うところは多々ありますから。

路地裏のウォンビン_note素材


ふたりにとって、お互いが特別な存在

──作中では「運命」という言葉で、彼らの置かれた苦境を表現しています。特に序盤のウォンビンからは、運命に抗おうという姿勢が強く感じられました。

小野:ただ、そんなウォンビンも周囲の人々との関わりを持つことで、人生が変わっていきます。人はひとりで生きているわけではなく、たくさんの人々とのつながりの中で変化していく。それこそが生きるということだと思うんです。

──ウォンビンとルゥの関係性も、幼少期からどんどん変化していきますよね。

小野:そうですね。とはいえ、外側はいくら変化しようとも、骨までは変わりません。このふたりは、お互いの存在が骨にまで沁み込んでいるんです。変わるものの中に、変わらないものがある。そんな思いも込めています。

──「あいつは僕の骨だ」というセリフが、胸に沁みました。

小野:そういうことを言えるのも、BLの醍醐味だなと思うんです。このセリフを男女間で言うと、しらけるじゃないですか(笑)。BLは関係性が対等だと言われますが、だからこそ言えた言葉なのかなと思います。

──BLでありつつ、このふたりは性別を超越した関係のようにも感じられました。

小野:あえてその枠を越えず、「これは人間と人間の話なんだ」と感じていただけるよう意識しました。ふたりの関係の普遍性、ふたりにとってお互いが特別な存在なんだという点を際立たせたかったんです。ウォンビンとルゥ、ふたりの人間の物語として読んでもらえたらうれしいです。

──この作品を書いたことで、小野さんの中に変化はありましたか? 現在感じている手ごたえについてお聞かせください。

小野:自分の好きなことをやり尽くした感があるので、私としては未練がありません。ずっとBLが好きで、BLとともに育ってきたので、その思いを形にできてよかったです。

と言いつつ、そこまでポルノグラフィックな作品ではありません。BLになじみのない方でも抵抗なく読めるくらいの性的表現にとどめているので、人と人の物語として楽しんでいただければ。

映画で言うと、青年ふたりの恋愛を描いた『君の名前で僕を呼んで』や、ベトナム映画『ソン・ランの響き』というアジアの映画賞を総なめにした作品があるのですが、それらがすごく好きで、ああいう雰囲気を目指しました。韓国のノワール映画『新しき世界』も大好きです。BLとうたっているわけではありませんが、その界隈で大旋風を巻き起こしたすごい映画なんです。あの映画を好きな人にもぜひ読んでほしいですね。


電子書籍はこちら

路地裏のウォンビン


紙の書籍はこちら


試し読みはこちら



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?