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ワーク&シュート 第3回

 それからしばらくして、ライブを見た人や、ライブの評判を聞きつけた新入生が何人か入部希望してきた。そしてそのなかには、念願のプロレスファンもいた。ついに理想の友人関係を手に入れたのだ。小・中・高の学校生活では感じられなかった充実感が体中に満ちていくのがわかる。最終的に新入部員は男女合わせて十一人に落ち着き、先輩たちは新入生歓迎会を開いてくれた。居酒屋に集められた我々は、互いの自己紹介などをしながら酒宴を満喫した。ぼくはプロレスファンだというサノとプロレスについて語り合った。サノはぼくと違って全日本プロレスのファンだという。
「やっぱ三沢だね、三沢が一番強いし凄いよ。次に小橋。彼らの試合は本当に熱くて激しい。新日本はチャラチャラしてて派手だけど試合はしょぼいんだよな」
 この人は全日本プロレスの四天王と呼ばれるトップレスラーの信棒者のようだ。新日本を腐されたのがちょっと気になったがぼくも全日四天王の試合の凄さは認めていたのでその話題だけで盛り上がることにした。せっかくプロレスの話ができるのにここで意見が割れたらもったいない。サノはぼくがアサクラさんとやっていたようなプロレス風のネタに参加してみたいと言ってくれた。これは本当に代え難い友を得たのではないか。このサークルに入って本当によかった。
「なあなあ、あれってさあ。八百長なん?」
 と横からぼくたちの話に割り込んできた同じく新入部員のカザマだ。ぼくとサノは一瞬凍り付いたように沈黙した。ぼくたちはこの瞬間のうちに、この無遠慮に出てきた言葉に警戒と臨戦態勢を整えたのだ。ただしカザマはぼくが高校の頃に出会ったような、ぼくやプロレスに対する侮蔑の目を持ってはいなかった。単純にそれが疑問だったのだろう。
「そら違うよ」
「でもさあ、何か見てて変なところあるんよな。あそこ避けられたやん、というところで技にかかるのを待ってたりさ、たまにドロップキックとか当たってないのに倒れたりするときあるやん。それと都合よく日本人がチャンピオンになったりさ」
 ぼくは彼の一言一句に反論しようと彼の言葉を記憶しながら聞いていた。だがその隣でサノはぼくのような姿勢ではなさそうだった。ただ悲しそうな目をして黙っている。きっと彼もここに来るまでいろんな人から自分の信じるものをからかわれけなされてきたのだろう。大丈夫だ。ぼくがいる。
「あのね、プロレスは確かに勝つことだけが目的のスポーツとは違う。プロやからね、客にチケットを買ってもらって生活しているんだから、単に勝ち負けだけを見せてたら飽きられるんよ。だから、避けようと思えば避けられるのにあえて相手の攻撃を受けることがある。当たってないのに倒れるのは、あれはむしろ防御法なんや。例えばドロップキックを受けて倒れるよりも、キックが当たる前に後ろに倒れたほうが、当たって倒れるよりもダメージ少ないでしょ? プロレスはいろんな戦略が複雑に絡み合ってて、本当に奥が深いねん。それに日本人のチャンピオンが都合よく勝つっていうのは、日本人が強いからやで、単純な話。知ってる? 今や本場のアメリカよりも日本のプロレスのほうがレベルが高いんやで。日本のリングで修行したアメリカのレスラーが、本国に帰って大スターになるっていう一つの出世コースがあるくらいでね。でもアメリカはあかんよ。ショーアップに走りすぎて堕落した。さっきも言ったけどプロレスにはショーの要素も確かに必要だけど、基本は格闘技。それをアメリカは忘れたから日本のレベルが相対的に上がったところもある。多分やけど、アメリカだったら八百長もやってるかもしれないな」
「うーん。ロープに振った相手が跳ね返って戻ってくるのもあえての戦略なんか? 何かいかにも打ち合わせたような動きに見えるねんけどなあ」
「あれはお互いに技をかけるために走ってるんやで。振られた側は走って帰ってくる勢いでラリアットとかショルダータックルとかぶつかるような技を狙ってるんやろうし、振った側は走ってくる相手を投げたりカウンターの打撃を入れたりするのを狙ってるわけやな。そういう駆け引きが見た目にも派手に展開してるわけ」
 一気に自分の知識を吐き出し、カザマに叩きつけた。カザマは黙って聞いていたのだが、ぼくが話し終わっても、なるほど、とか、へえ、とかいうリアクションをしなかった。こいつはぼくの話が理解できていないのだろうか。そしてカザマはぼくが最も忌み嫌う言葉を口にした。
「でもさ、明らかにおかしいなあって奴も見たんよな。ほら、大仁田厚とかさ、有刺鉄線デスマッチとかいってさ、あんなのやったら死ぬやん。何で死なへんの。というか警察とか許可せえへんやろ」
 そのカザマの口から発せられた名がぼくの神経を逆撫でした。プロレスを貶めている張本人。
「あれはプロレスやない。あれをプロレスラーと認めてないプロレス界の人は多いんやで。あれだけはインチキ。あれをちゃんとしたプロレスと一緒に見られたらおれはたまらんわ。あれは強くないから自分の食い扶持のためにインチキなデスマッチショーをやって注目を集めてるだけのほんまにしょうもない奴やねん」
 これまで以上に熱を込めてカザマに話たら「へえ、そうなん」とようやく納得してくれた様子だった。

 そうしてぼくの大学生活はお笑いサークルでの活動を軸に送ることとなった。ほかの同期生はどうだか知らないが、ぼくにとっては人生における劇的な変化であった。仲間がいる。このことだけで家の外に出ることに元気が沸く。月曜日の朝に目覚ましで起こされることに嫌な感覚がなくなった。それもこれもアサクラさんやサノとプロレスの話ができるというのがとてつもなく大きい。
 ただそれでもプロレスのことを知らない人との会話には苦労する。特にこのサークルでも女子が同期や先輩にもいたが、当然ながらプロレスには興味がなく、部室にいってカザマや女子たちしかいないときはまた無口になってしまう。ただ、それでもぼくはアサクラさんとプロレス風のネタをした、ということで存在価値が認められていた分、中学、高校時代よりも居心地は悪くなかったのだ。
 それに少し待っていればサノやアサクラさんと会えるし、そこで週刊誌を広げてああだこうだと語り合うのが何よりも楽しかった。そしてついに、ぼくたちは三人で大阪府立体育会館にプロレスを見に行くことにしたのだ。新日本プロレスのジュニアヘビー級のリーグ戦の決勝戦、金本浩二対ドクトル・ワグナー・ジュニアを観戦し、地元選手でもあった金本の優勝に興奮した。グッズ売場でnWoのTシャツも買った。あの空間は本当に充実感で満たされていた。ここに集まっている人たちはみなプロレスファンなのだ。普段肩身の狭い思いをしているが、身の周りにこんなにたくさんいるではないか。もっと仲間が欲しい。ぼくと同じ趣味嗜好で話が合う人たちと一緒にプロレスを楽しめればこんな素晴らしい人生はない。
 アントニオ猪木が今年の春に引退し、プロレスも何か大きな時代の変化が訪れようとしていた。ぼくは自分もプロレスの灯を絶やさないという使命感を感じていた。ぼくにできるのはプロレスコントをもっと多くの人に楽しんでもらってちょっとでも興味を持ってもらうことだ。ぼくとアサクラさんのコンビに加え、サノを加入させることでよりネタでできることの幅が広がった。三人いれば二人がレスラー、一人がレフェリーというポジションで、片方ばっかりひいきして有利な裁定を下すという展開や、あるいは一人を実況アナウンサー、一人を解説者、そして残りをレスラーとして無茶苦茶な実況・解説にレスラーが動きを合わせて変な動きをするはめになる、というネタもできる。ぼくはいろんな発想のもとネタを書いていき、夏休みに入るまでに二回ライブに出演した。

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