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クラムボンの友人C

「リップヴァンウィンクルの花嫁」のエキストラに参加したのは、昨年の絶賛フラフラ期間中のことだ。池袋のとある結婚式場に着くと、私に割り当てられたのは、新婦・皆川七海のホンモノの友人席だった。テーブルには六人の同世代の女性。ぎこちなく自己紹介をする。

ホンモノの顔をしたニセモノの私たちが座る豪華な円卓上のグラスには、シャンパンの代わりにジンジャーエールが入っている。それでも、軽部さんの進行も手伝って、途中から本物の披露宴に参加しているような錯覚に陥り、終盤では誰の結婚式でもないのに涙ぐんでしまった。一日の撮影を終える頃には、すっかりそれらしく出来あがって、私たちは別れを惜しんだ。

***

会場を後にして電車に乗ると、同じテーブルだった年上のお姉さんが同じ車両に乗っていたので、思わず声をかけた。

「お疲れさまでした」

「お疲れ。もうこのあと仙台に帰るの?」

「はい、このあと新宿から夜行バスで」

「そっかあ、大変だね」

「明日はお仕事ですか?」

何気なくそんなことを聞いてしまった。当たり障りがないと思ったから。すると彼女はこんなことを言った。

「うーん、わたし今仕事してないんだよね。まあ、なんていうかニートだね。でもこれから学校に通おうかと思ってるところで」

「そうなんですね。私も『就職活動で東京に来たついでで』なんてさっきはさらっと自己紹介しちゃったけど、実はそんな綺麗なもんじゃないんです。訳ありなんです」

黙る二人の間にアナウンスが流れる。えぇ、次は高田馬場、高田馬場。山手線が私たちを無理やり現実へと押し戻す。

「でもまあ、みんな言わないだけできっと色々抱えてるんだろうなって。だいたい平日の昼間に丸一日開けるなんて、マトモな大人じゃなかなか難しいだろうし」

「そうかもね、マトモじゃなくてラッキーだったね」

もし帰りが夜行バスじゃなかったら、映画のようにこのままどこかで飲んで帰ったかもしれない。このわずかな会話のあいだ、私たちは本物だった。

***

待ちに待った公開。休日に遠征して姫路まで観に行った。鑑賞後、シアターを後にして下りのエスカレーターに乗ったら、突如ぶわっと噴火したみたいに嗚咽が止まらなくなった。上りのエスカレーターですれ違う人たちが不審そうにこちらを見てくるけれど、両方の手で拭っても拭ってもどんどん涙が出てきてどうすることも出来ない。この数年の自分の境遇がばーっとフラッシュバックして、七海と重ねずにはいられなかった。そんな映画のエンドロールに小さく自分の名前が載っていた、それだけのことで、重く苦い日々が全部許せた気がした。

震災から続く日々の中で、ぐらりとバランスを崩した。どこまでも転がり落ちて行ってしまいそうな閉じた暗闇を彷徨ったあと、半ばヤケクソになってトランクひとつで転々としたのは昨年の夏。七海と同じく、ホテルに住み込みで働いていた時期もあった。それから奇想天外に事は運び、ひと月前に白いカーテンのついた新しい部屋へ越してきた。この四月で二十五歳。給料は安く、不便な田舎暮らし。いきなり全てがハナマルとはいかないけれど、やっと辿りついたこの土地での暮らしを楽しんでいる。スクリーンの向こうではショートカットだった髪もすっかり伸びて、鎖骨を通り過ぎた毛先がぴょんとはねる。

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