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「身の程を知る」ことで自分の強みがクリアになる

30代に入ってからの私のキャリアは「身の程を知る」ことの連続でした。

「身の程を知る」は消極的なワードに感じる方も多いと思うのですが、私自身のキャリアを振り返ると「身の程を知る」ことが、むしろキャリアを好転させてくれたと思っています。

※20代など若い段階に当てはまる話ではなく、30代以降のキャリアをイメージして書いています。

管理職でぶつかった壁

私のキャリアは、現場の営業マンとしてスタートしました。

営業は好きだし、現場時代の成績もよかったので、前々職の上場ベンチャーにいたときには、入社2年で営業マネジャーに、その後20代で営業部長にしていただきました。

当時は、そこそこ順調なつもりではあり、営業畑でキャリアを進めていく想定でいましたが、管理職としては完全なる凡才で、結果も出せませんでした。降格も経験しました。今振り返ると、あの頃は精神的にもかなりきつかったんじゃないかなとも思います。笑

「そんな数年で判断するなよ」というのもあるかもしれませんが、進みの速いベンチャーの世界での、30代前半のキャリアの分かれ道の中で、同僚である周りの管理職や上司を見て「彼ら彼女たちと競争して勝ち抜いていく」という視点で考えた時には「自分は管理職の領域では勝負にならない」と判断しました。

次にスタートアップの創業期に、雇われの役員として参画しましたが、そこでも結果は出せませんでした。

願望と適性はえてしてズレる

私の場合は特に学生時代から大きな目標があったわけではないですが、上場ベンチャーで働いている中で、管理職として活躍して、いずれ経営者になりたい、という願望を抱くようになっていました。

ただ、前述の通り実際にやってみて「能力がない」とまでは言い切れないとしても「抜きんでる」ことは難しいと感じるようになりました。

「願望と適性がズレる」ことって、キャリアにおいては、結構あるあるじゃないかなと思っていて、ここでどう判断するか?というのは30代過ぎてくると、一つの分かれ道になってくるのではないかと思っています

ワタシの「武将か剣豪か」の選択

自分のキャリアの話をするときに、よく「武将か剣豪か」というたとえを使うのですが、

「上杉謙信と宮本武蔵はどっちが強いか?」

これってナンセンスな話ですよね。笑

軍を率いて強い前者と、個人として強い後者。どちらを目指すかは適性の問題であり、生き方の「好み」の話でもあると思っています。

「軍を率いる強さ」か「一人で刀を振って戦う強さ」でいうと自分は圧倒的に後者に適性があると思い、今の「一人会社」という形にいきつきました。

少年時代はみんなエースで4番だったプロ野球選手

プロ野球選手って、少年時代はみんなエースで4番で、プロでもエースピッチャーやクリンナップを打つ打者として活躍したいと思っていた人がほとんどだと思います。

プロなるようなエリート中のエリートであっても、そうなれる人は一握り。

そこに固執せず、「自分は足を武器にする」「守備職人になる」という判断をできた人が、当初の願望とは異なる形であっても「一流」になっていくのだと思っています。

身の程を知れば、強みが見えてくる

私は独立して3年間「一人会社」をやっていますが、社会人人生で一番自分の強みを発揮できていると感じています。そしてなにより、本当に毎日楽しく仕事をさせていただけています。

この形にいきつけたのは、自分は「管理職」や「経営者」としては凡才である。と認めたからこそだと思っています。

「身の程を知る」ことで、初めて自分自身の強みがクリアに見え、それにフォーカスすることができたのだと思います。

そして、強みにフォーカスした結果「強くないけど、やりたかった領域」にも挑戦する余裕ができる、という副産物も出てくると思っています。私の場合は、絞ったからこそ、また選択肢が拡がってきた実感があります。

「身の程を知る」は第二のスタート

若い頃は「身の程を知る」必要はなく、とにかく自分の可能性を信じて頑張るのがよいと思っています。

そして、ある程度歳いったら「身の程を知る」ことも大事。

「身の程を知る」というのは、決して「努力しない」とか「挑戦しない」ということではなく、むしろ「自分の強みがクリアになり、そこからが社会人人生第二のスタート」だとも思っています。

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