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全てがわたしの可能性の種。

自分のお庭の中に好ましくない種の芽を見つけたとき、いくつもの対処法がある。

芽だけを摘むやり方。
根こそぎ抜くやり方。
まだ他にも埋まっているかもしれない類似の種も含めて、根絶やしにするやり方。
好ましくない部分だけが枯れてしまうように、操作するやり方。
その種が生育するに適している土壌そのものを改善するやり方。

そうして、自分にとっての「美味しいもの」だけを残していくのが、だいたい、近代的な土と人間と生の在り方だったのかなーと思うのだけど、意識の世界でも、そのやり方がなんとなーく、当たり前みたいに流行っているよなーと、ある時ふと思った。

それならわたしは、といえば、基本的に0か100かの極端が大好きな性格なので、徹底的にそのままor徹底的に根絶やしの両方を網羅する選択肢を生み出してゆくのが本能なのだけど、放置と根絶やしを繰り返してみて、きがついたんだよね。

その望まない「種」に対処しようと試みる限り、新しい種は生まれ続ける。

また、全てを無視して放置すると、無法の中で、見えない不満が溜まり続けて、やっぱり新しい、望まない種を生み続ける。

じゃあ、全てを受け入れて、自分のお庭に現れた、全ての種を咲かせてみたら?

放置するのじゃなく、芽が出て、伸びやかに育、咲き、新しい種を遺して枯れてゆくまで、静かにみて、現れる全てを受け入れてみたら?

わたしはガーデニングも農もやらないので、意識の世界のお庭のなかのことでしか、結果が示せないのだけれど。

自分にもっての望ましくない種を始末することも、無視して放置することもなく、受け入れて、見つめて、最後までを見届け続けたらなにが起こったか。

結論からいうと、いたちごっこが終わって、本当の意味で「望ましくないその種の根絶やし」が起きた。

次の種を遺すにしても、遺さないにしても。

引き継がれる素地が素直にかえって、望まない種が継いでいた素因が、スルッと昇華されたように変化した。

言い換えるとね、生を全うし、生ききったその「望まない種」が、今度はわたしの望む種として生まれて、お庭の一員として働き始めたの^^

それは意識の世界だから、もちろん、わたしの現実に現れる。

なかにはね、30年ものの種とかもあるから、とっても氣の長い話なんだけど。笑

望ましくない種がその全てを全うしたとき、それまでなかった「最も望ましい種」を、わたしのお庭に遺して逝ってくれる。

この仕組みを、自分の人生のなかに見出したとき、わたしは「可能性」という言葉の、本当の威力を知った。

"あるがままに生きる"

その時に、起こること。見えてくるもの。
現れる世界。与えられるもの。与えるもの。

自分のなかで立ち上がる、本当のルール。

理。

無法地帯のようなKHAOSがどうしたってこの世に全調和として在るのを見つめ続けてしまうと、人間が造って課したルールのほとんどは、嘘を守るためのものなんだと、そんな風に見えてしまう。

誰のルールに囚われずとも「望ましくない」と、ただ自分のなかで確信的に知りながら、それが自分の庭でその全てを生きて全うするのを見続けてゆくと、それを根絶やしにするために本当に必要なdoingは、無視せずに、けれど、対処しようとせずに、ただみつづけることなんだ、と知る。

不動、というdoing。

そのbeingで存り続けたとき、本当の根本からの変化は初めて、自分のなかに起こってくる。
 
そうして、望ましくない種が遺してくれた、変化した、新しい種。

その種を受けとるために、自ら進んで手を差し出すときに初めて、不動は能動となって、変化を起こすための行動をとる。

なかなかね、本当に、氣の長いお話なんだけど。

このやり方だと、「元」となっていたものが変わるから、元に戻りようがなくて、本当の意味で「根絶やし」が勝手に起こる。

圧倒的なまでに冷酷・冷淡で、圧倒的に平和な、わたしの根絶やし政策♡笑

これを、もし、ガーデニングや農の世界でやったら、世界はどんなふうになるんだろうね^^

氣の長い話だから、本当の結果が出るまでには、人一人の人生じゃ足りないかもしれないけれど。

わたしは、望まない種として芽を摘まれたり、あらゆる方法で根絶やしにされ続けている彼らは土を耕して、ミネラルを与え、土を浄化し、水を浄化し、そうして新しい種になって、世界に現れ続けるんじゃないかなって、そんなふうに思う。

たくさんのものを滅ぼしながら。
全てを栄養にしながら。
たくさんのものを、生かしてゆく。

本当に大切なものは、何一つ、穢さず、侵さず、滅ぼすこともなく、今、という地層を積み上げて。

望む種も、望まない種も、その全てが受容され、全うされたとき、全ては「新しい可能性」の種の素材になって、変化し、時に進化して。

未来の自分に、みんなでラブレターを送ってるんじゃないかなーと。

そんなふうに思いながら、今日も自分の「生命の庭」で、世界の可能性の種がひらくのを楽しみにしてる♪

2020年8月1 日本
地球に暮らす、さやかより♪


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