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人生を穏やかに過ごすためのツールとして筆跡を知ってもらいたい。人

皆さんは、筆跡診断したことがありますか?
私qbcはあるんですよー! めちゃいいですよ! 千葉で滝行したこともあるんですが、そこは住職は山伏の修行した方なんでいろいろできる人でしたが、その人に私、筆跡診断してもらったんですわ。

この画像は私の字って斜めってるよねって言われて、それは考え方が斜めってるからだよねって言われて、つまり人生も斜めってるよねと言われたんですよね。
で、住職にまっすぐ書いた字のお手本をもらったんですが、もらってからしばらくは毎日毎日、写経してましたその文字を。そうすると、まあまっすぐになりますわな。
で、その過程の中で、やっぱり私は斜めに世の中を見てたんだなと思い、だんだんと、徐々に、日に日に、考え方が変わっていくんですよ。
そして、その結果! 得たのが無名人インタビューチーム20名突破ですよ! やったー! うわーうわーうわー!
ということでぜひ皆さまも筆跡診断を受けてみてくださいね! くりびつてんぎょうです。
じゃあ無名人インタビューgo!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは 小山田 香代 さんです!

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動物と文字で運を活かして動かす〜人生ハッピーチャンネル~


現在:字を変えるだけだったら簡単にできるし。たくさんの方に知ってもらって、みんなが心穏やかに良い状態で人生を歩んでいければなって。

尾崎:今、何をしている人でしょうか?

小山田:講師の仕事をしています。3種類の講師をしてまして。筆跡診断士と個性心理學、書道の講師をしています。

実は9月15日まではもう一つ、職業訓練校の講師という仕事をトータル20年ぐらいしてたんですが、ある理由があって辞めて、ちょうど1ヶ月ぐらい経ったところです。

尾崎:なるほど。3つ講師をされているとおっしゃっていて、それぞれどのくらいされてきてるんですか。

小山田:筆跡診断士というのが、勉強を始めてから15年ぐらい、資格を取ってから8年ぐらい経ちました。仕事にしていったのが7年ぐらい前からです。

9月15日で辞めた職業訓練校講師の仕事をメインとしていたので、サブ的な感じでしたが、ホテルや文化センターなどの大ホールで講演をしたり、本を2冊、雑誌や新聞7紙に記事を載せていただいたりなど、結構大きな活動をしてきました。

個性心理學は資格を取って7年ぐらいになりまして。これもさきほどの筆跡診断と同じく、活動自体は結構大きな講演とかでしたが、サブ的な感じで講演・セミナー講師の活動をしてきました。

書道は、小学1年生~中学1年生まで、書道教室に通っていたことがあって、10年ぐらい前に、子どもがきっかけで、親子で筆跡診断を取り入れた書道教室に通い始めました。
2017年に書道の師範の資格を取って、公民館講座のご依頼をいただいたり、小筆に特化した書道教室をやっています。

尾崎:順番に聞いていくんですけど、筆跡診断士のお仕事はどういった内容なんですか。

小山田:筆跡診断士っていうのはですね、そもそも「ヒッセキ」って筆の跡って書くんですが、文字には書いた人の性格とか、心理とか、行動パターンとかが表れるんですね。その手書きした字を見て、あなたはこういう性格ですね、こういう特徴がありますね、みたいな話をするのが筆跡診断なんです。

占いではないんですけど、「あなたこういう感じですね」っていう風に診断をして、「今書いた字はこうですけど、何か悩みは何かありますか」のような質問をして、「それを解決するためには、こういう字の書き方をしていくといいですよ」ってアドバイスをし、その書き方に変えていくとその通りの人生を歩んでいけるような感じです。

そもそもこういうのに興味を持つこと自体、何かがあるからご相談に来ていただくので、筆跡診断で、現状を伝えるだけでは明るい未来を感じないなと思っているので、今ある悩みを解決する文字の書き方をアドバイスしています。

個別に診断するよりも、大人数の、いろんな大きな団体さんからご依頼いただいて講演することの方に重きをおいてきました。何百人とかの前で。経営者の方や営業さんとか向けに会社の経営がうまくいく字の書き方とか、営業さんが売上アップする字の書き方を講演で話をして、それをやっていくと、皆さん本当、そういう変化が出せるというのが筆跡診断です。

あとは、2020年に東京の墨田区教育委員会から私の文字の授業が公認されたので、2020年ぐらいからちょっとずつ小学校。墨田区に限らずなんですけど、東京都内の小学校に行って、文字の授業をしています。

対象が5、6年生。高学年のお子さんたちを対象に、先生とは違った目線で文字の書き方についての授業をさせていただき、文字の書き方から子供たちを整えていくって活動もしています。

尾崎:個性心理學は、どういったものになるんですか。

小山田:個性心理學は、その人の生年月日から動物のキャラクターを出して、その人の個性を知っていただき、他人と個性は違うから、人と比べることなく自分らしく人間関係を良好に生きていくことを知るツールみたいな感じです。

皆さん、動物占いっていうと分かりやすいみたいです。人生をうまくしていくコツっていうのは、人間関係。人間関係が良好だったら人生はうまくいきやすいよ、経済も潤っていくよって言われているので。

大もとは四柱推命っていう中国の占いなんですけど。それだと、ちょっとわかりにくいので、それをわかりやすく動物のキャラクターで表現したのが個性心理學。自分を知って自分らしく生きましょう、という感じです。

子育てするときに大体親っていうのは、自分の価値観で子供にああだこうだって言うことが多いから、自分と子どもの個性は違うんだよっていうところから、子育てをしやすくしていったりとか。

あとは、会社経営者の方が従業員や取引先の方々の個性を知って、会社の業績アップに繋がる方法とかをお話しています。

個性心理學では、生年月日からその人が生まれ持った生きやすさ、その人の個性に合った生き方を話して、筆跡の方では、文字の書き方から自分の人生をより良くしていくっていうコンセプトで活動してます。

尾崎:なるほど。筆跡診断士、個性心理學、どちらも誰かの人生を良くしていくみたいな目的があるのかなと思ったのですが、いかがですか。

小山田:その通りでございます。

尾崎:この仕事をされてみて、気持ち的にはどうですか。

小山田:すごく楽しいです。そもそも筆跡診断と出会ったのが、最初に言った職業訓練校の講師の仕事なんです。

職業訓練は国が行っている事業になるんですけど、民間の会社が国に申請を出して、それが通ると、訓練を実施できるようになります。

求職中の方たちがハローワークに行って就職活動する中で、今ちょっとスキルが足らないから、これ勉強していくといいよって言われて、私たち民間の職業訓練校を紹介してくれるという感じなんです。

その職業訓練でお世話になった地方自治体職員の方が筆跡の勉強をされてて。その方との打ち合わせに伺った時、文字からいろいろわかるんだよって話になって、私も見ていただいたら、初めて会ったのにも関わらず、私の特徴を字から5個も6個も当てられてびっくりしました。

これは生徒さんのいろんなアドバイス、指導に活かせるなと思ったところから始めていったんです。勉強し始めの頃は、筆跡診断士ってキャリアもないし、知識も足りなかったので、それほど活かしてはいなかったんですけど、だんだん活かせるようになっていきました。

職業訓練に来る人たちって、昔、私が20年ぐらい前に始めたときと、言い方は失礼ですが、質が全然違うんですよ。前は転職っていうと、キャリアアップのためにという方が多かったんですけど。

リーマンショックで経済がいろいろ変わってきてからは、辞めたくないんだけど辞めます。辞めざるを得ませんっていう人が増えたんです。だから元気モリモリで前向きに転職したい、スキルアップするんじゃない人たちがいっぱい来るんですよ。

そうすると、精神的に元気モリモリの人も中にはいますけど、ほとんど元気がない人。いろんな種類の精神疾患を抱えた人たちも来てました。時代背景そのままが映し出されているのが職業訓練なので、そういう人たちに対して、Word、Excel、PowerPoint、コミュニケーションやビジネスマナーをずっと教えてました。

興味を持ってくれた生徒さんには、実はこの仕事以外に個性心理學と筆跡やってますって話して、筆跡なんか興味持ってくれると、こういう風に文字を書くといいよ、とアドバイスをすると、みんなどんどん変わってたんです。

字の書き方が変わっていくと、入学当初は、精神的に不安定とか、自信がなかった人たちが、徐々に精神的に安定して自信を持つようになり、生き生きとして卒業していきました。

それと、字のトレーニングを好きで始めてくれた人たちは、そのクラスの中でも就職するのが断然早くて、クラスの中で1番2番に決まってましたね。

職業訓練は国の事業で基本的には3、4ヶ月間。3、4ヶ月間でパソコンをメインとしたスキルアップをして、卒業したら3ヶ月以内に雇用保険適用の再就職をしてくださいっていう趣旨の訓練なんですね。

訓練に来る人たちは、パソコンを使うような仕事をしたことがない人や、決まった書式に、簡単な文字や数字しか入力したことがない人がほとんどで、そういう人たちが、パソコン訓練を通して、パソコンスキルと自信をつけていくんです。一般的な企業がやってるパソコンやマナー、コミュニケーションの研修では経験しにくい、人の大きな成長に関われます。

同僚は私みたいな筆跡とか個性心理學の資格は持っておらず、私独自のもので、せっかく私が担当するのだから、私にしかできない形で生徒さんたちと関わって、パソコン以外のアプローチから自信を持ってくれ、人生を好転させていくのを見れたのは、すごくやりがいがありました。

尾崎:やりがいがあって楽しいっていうのは、成果が目に見えるからっていうことで合っていますか。

小山田:そうですね。精神的に本当につらい思いをしてきて、中には、適応障害とか、双極性障害、トランスジェンダーとか、私の日常生活の中で関わったことのなかった方たちもすごくいっぱいいて。

私も家族もそういう病気を抱えたことがないんで、本当のつらさはわかってあげられないけど、でも何か思うところがあってうちに来てくれて。

私の訓練を受けることになって、筆跡とか個性心理學とか、出会うつもりもなかったものに出会えて、それで人生が好転していくというのは、人生の一部になれて、やりがいと共に、一つの社会貢献ができたような感じがして、すごく自分の喜びにもなって。自分の自信にも繋がりました。

人は変えられないって言うけど、確かに人は変えられないと思うんですけど。でも、その人が変わるきっかけになれた、一部になれた実感があったので、職業訓練のメインであるパソコンとか、コミュニケーションとか、マナーなんかより楽しかったです。

尾崎:なるほど。

小山田:あとはね、筆跡の方は、私、年が離れた子どもが2人いるんです。上は30歳近い社会人、下は高校1年生がいるんですけど。

下の子が、小学校1年生のときに、小学校に入学したら、すごく精神的にバランス崩しちゃったんですね。人数が少ない田舎の小学校なんですけど、元気な男の子たちが、うちの娘に対して、悪気はなく、いろいろちょっかい出しちゃって。

娘はすごく真面目なところがあるから、私は悪いことしてないのに、なんかいろいろやられることに対して「ごめんなさい」がないのもすごく嫌で。

学校に行って廊下でワンワン泣いちゃったり、不安定な状態があった中、私が子どもの筆跡を習ってた先生が、私の自宅近くで書道教室を始めるから「よかったら親子でいらっしゃい」って言ってもらって、筆跡を取り入れた書道教室に行ったら、娘が本当2ヶ月ぐらいで一気に精神が安定したんですよ。

おかげさまで、その後、成績もどんどん伸びてって。字を変えただけでこんなに変わるなんてすごいなと思って。

当時、連絡帳に書いてある字はひっちゃかめっちゃか。大きい、小さい、濃い、薄い。ちょっと読めないような、精神的にバランスを崩した字を書いてたけど、私はその時、仕事も忙しくて、見て見ぬふりをしてて。

学校の先生に呼ばれて「実は今、こういう状態です」って。やっぱノートに書いてあった字の通り、バランス崩してるなっていうのがわかって。それから一緒に書道教室に行き始めたら、一気にガラッと変わりました。

字を変えるだけだったら簡単にできるし。それをもっとたくさんの方たちに知ってもらって、みんなが心穏やかに良い状態で人生を歩んでいければなって。その1つのツールとして、たくさんの人に知ってもらえればなっていうのがあります。

尾崎:なるほど。違う角度からの質問になるんですけど、小山田さんは身近な方からどんな性格だねって言われますか。

小山田:そうですね、よく言われるのは、明るいとか、元気とか。きちんとしてそうとか。生き生きしてるとか。自分ではそんなことないんだけど、悩みがなさそうとか。人なんで、悩みもあるけど、気づかれないみたいですね。

大体初めて会った方にも、人生の深い相談事をされたりすることが多くて、なんかついつい喋っちゃうんだよねとか、よく言われます。私と喋ると、勝手に元気になって帰ってくれます。そういうことは、よく言われます。

尾崎:ご自分ではどんなふうに捉えてるんですか。

小山田:悩みはあるし、結構、いい加減なところとかもあるし。なんですけどね。

講師という、人にいろいろとお伝えする立場だから、きちっとしてなきゃって思ってる面もあるし、一緒にいて元気になるとか、明るそうとか、生き生きしてるっていうふうに思っていただくのは、嬉しいことではあります。

尾崎:落ち込むこととかもありますかね。

小山田:あります、あります、普通にあります。先日、生徒さんに「先生の失敗談を話してください」って言われたとき、失敗談ってなんだ、って一瞬、考えちゃいました。

いろんな本を読んでいると、人生で起きることは全て意味のあることだから、失敗ってない。失敗と捉えるのは、その人の捉え方次第って書いてあって、生徒さんにも「多分一般的には失敗なんだろうけど、今まで失敗って捉えたことがないから、ごめんなさい。失敗談はないです」って言ったら、さすがですねって言われました。

まあ、人並みにやっぱ落ち込むとかあります。でも、そんなときに話を聞いてくれる人がいるので。その人たちにちょこっと話をして、気持ちの切り替えをするとか。あとは、起きたことが今はつらいことだけど、絶対何かの糧になることだから、全て意味があることだって捉えてるので、あんまり引きずってグジュグジュ悩むことはないですね。

尾崎:ありがとうございます。あえて聞いてみたいんですけど、ご自分を動物に例えたら何になりますか。

小山田:個性心理學のキャラクターとリンクしちゃうんですけど。

タヌキです。タヌキって化けるんですよ。すごく人当たりがいいんです。相手によって、いい意味で化けますね。その人に気持ちよく過ごしてもらいたいなっていうのが常に頭の中にあるから、いい意味で人に合わせます。

自分の芯はしっかり持ってるけど、その人がいかに、気持ちよく私といる時間を過ごせるかっていうのを無意識に考えちゃう習慣があるみたいで。そういう意味で、化ける、タヌキです。

過去:人に優しくなるっていうのがわかってから、やっと下の子を授かることができたので。

尾崎:子供の頃は、どんな子供さんでしたか。

小山田:子供のときは、すごく人見知りのある、内弁慶な子でしたね。

尾崎:印象に残っているエピソードとかってあります?

小山田:エピソードはね、子供の時から結構コロコロ、コロコロ太ってて、小学校の学芸会でタヌキ役をすることになって、それが嫌で嫌で、嫌で嫌で。今でこそ講師だから、多くの方の前で講演はできますけど、当時は、幼稚園の時のお遊戯もそうでしたけど、後から写真とかを見ると、常に天井を見てました。ずっと人前で話すのが嫌で嫌で。

今は人から見られることが全然苦痛じゃないんですけど、そのときはもう嫌で嫌で、しょうがなく。でも、やりなさいって言われることは、結構素直にやってた感じでした。すごく恥ずかしがり屋っていうか内弁慶みたいなところがありましたね。

でもお家では、ガヤガヤしてた子でした。人見知り、内弁慶な子どもでした。その舞台に立ったときにずっと上を見てるっていうのがエピソードですかね。今では想像もつかないことと繋がっているんで。

尾崎:今は講師として、たくさんの人の前でもお話できるっておっしゃったんですけど、ご自身の中でどんな変化があったんですか。

小山田:いつの間にかなんですけど、あれかな、就職活動のときかな。そこから変わっていったのかも。就職活動をする中で周りの友達は事務系の仕事をみんな希望してたんですけど、私は事務じゃなくて、たくさんの人と接する仕事がしたいなって思って、応募してました。

それで就職が決まった会社がパソコンメーカーの富士通のショールームを運営する会社で、それから講師人生が始まりました。

でも何がきっかけかってわかんないけど、いつの間にかこのぐらいから、人前で話すことが苦痛じゃなくなりましたね。楽しくなりました。

少人数の人たちの前で講演するより、たくさんの人たちの前で講演する方が楽しいんですよね。自分がいいと思ってることを、10人に伝えるよりも、100人、1000人に伝えた方が、同じ1時間の中で、たくさんの人に一度に伝えられるから。それと、人生の中で、そんなにたくさんの人たちからの注目を浴びることって、あまりないじゃないですか。そのレアな体験に心地よさを感じるんです。

人には目が2個ありますよね。10人いたら、その目が20個、100人いたら200個になるから、その目の数が多ければ多いほど、やる気が出る、燃えるんだよねって友達に言ったら、変態だねって笑われたことがあります。

尾崎:(笑)。

小山田:こんなことを言っておきながら、注目はされたくないんです。子ども達の学校行事で学校に行って、そおっとしといて、私には関わらないでいいよっていう感じで教室の端っこにいます。でも、目立っちゃう。端っこにいるのに目立っちゃうらしいんですよね。

そのくせ、下の子のときには、小学校の入学式と卒業式。中学校の入学式と卒業式は、保護者代表挨拶、PTA会長挨拶をしました。これはめちゃくちゃいい経験でした。

人前で挨拶するのが嫌で、役員引き受けない人とかいるみたいですけど、私はむしろ、なかなかない経験だからと思って、お引き受けしてきました。いつの間にか、たくさんの人の前で話せるようになって、何がきっかけなのかは全然わかんないんですよ。

尾崎:注目はされたくないけど、たくさんの人の前で話すのがすごく楽しいとおっしゃってて。本当にいいもの、人生が良くなる手段を伝えているからですかね。

小山田:はい。多分、人に影響を与えたいんだと思います。普段は別に目立たなくていいんだけど。

すごく目立った影響力じゃなくて。普段は存在をあまりみんなに知られてないのに、なんかあの人すごいんだよね的な。そういう影響力。何て言ったらいいんだろう。知られざる存在みたいな。

長年の職業訓練講師の経験からか、いい意味の影響を与えたいっていうのはありますね。目立ちたくはないんだけど、影響を与えたい。

尾崎:ありがとうございます。ちょっと話が戻るんですけど、学生の頃に好きなことってありましたか。

小山田:小学生のときとかは、手芸が好きでした。近所の手芸店でフェルトや布を買ってきて、ちっちゃな人形や袋を作ってみたり。そういうのは好きでよくやってましたね。

あとは外で遊ぶことも好きだったんで、小学校のときは外で近所の子たちとドッジボールをやったり、蹴り野球とか、わかりますか。サッカーじゃないんだけど、ボールを蹴って野球みたいにやるみたいなの。そういうのをやってました。

尾崎:手芸は、お友達と一緒にやってたんですか。

小山田:1人でやってました。

尾崎:手芸って、どなたかに教わらないと子供ときってできないじゃないですか。どなたから教えてもらったんですか。

小山田:う~ん。何となくやってました。母はそういうのが苦手だったから教わることもなく。

家庭科で習ったのを適当にアレンジしてやってたのかな。今みたいにYouTubeとかで簡単に作り方を調べられるとかなかったし。本を買ってとかって記憶もないので。何かで見よう見まねでやったのかもしれないです。

私、結構料理とかもそうで。今って簡単にYouTubeとかネットでいろんな美味しいなと思ったレシピとかって調べられるじゃないですか。

私が若いときって、そういうのがなかった時代で。
居酒屋さんとかレストランに行って食べたら、多分何となく、これが入ってるんだろうなと思って、作ってみて、家族に美味しいって言われることが多いから。手芸も何か見て、適当にこうかなってやってたのかもしれないです。

尾崎:近所の子供たちと一緒にやるっておっしゃってて、そのときは小山田さんが教えたりしてたんです?

小山田:何となく、みんなでやってましたね。

尾崎:それぞれが好きなようにやるっていう感じ。

小山田:多分、学校でやってたのを、近所の子たちとやってたのかもしれないですね。昔ってなんとなくみんなが集まって、なんとなく始めて自分たちで遊びを作っていくみたいなのがあったから、それでやってたのかもしれないです。

尾崎:なるほど、ありがとうございます。では、もうちょっと大きくなってから印象に残っているエピソードとかってありますか。

小山田:大体何歳ぐらいですか。

尾崎:今までのお話は10代とかですかね。

小山田:そうですね。子供の小学生ぐらいがメインですかね。

尾崎:20代はどうですか。

小山田:20代だと、結婚、出産も早かったことですかね。22で結婚して、23で1人目を産んでます。友達の中で結婚も出産も1番早かったです。あとは、20代から始まった転職。私、10回転職してるんです。

最初は富士通のショールームでOAインストラクター。当時はパソコンとかが、そんななかった時代だから、最初はワープロのインストラクターで入社して。その後、Windows95が出てパソコンのインストラクターに変わったんですけど。

そこは6年ちょっと働いてたんですが、その後、事務とか営業とか接客とかいろいろやって、10回ぐらい転職をして。その間、講師の仕事だけはずっとやってました。最初の会社は正社員でしたけど、その後、派遣とか契約社員だったから、他の仕事やっても大丈夫な環境だったんで。

平日の昼間は派遣で事務をやって、土日や夜に、講師の仕事のご依頼をいただいて、やってました。

あともう1個、人生の中ですごく大きかったのは、3回の流産ですね。上の子と下の子は12歳離れてるんです。

干支が同じイノシシが2人。これは人生の中でものすごく大きな出来事でした。それが考え方を変えた経験にもなっているので。

1人目を産んだ時、若くして結婚して出産したから、周りが全然そんなんじゃなくて、自分ももっと遊んでいたい、好きなことをやっていたいっていうのがありました。でも、だんだん30歳近くになってくると、周りが結婚し始めたり、子供が生まれ始めたら、私もそろそろ2人目が欲しいなってなったときに、3年連続流産しちゃって。

そのときに、そうなってしまった意味を知りたくて、見えない世界の話ができる、能力のある方を紹介してもらって。その方から「人に優しくなりなさい」って言われてたんです。

それまでは物事、白黒はっきり。グレーがなかったんですよ。自分の価値観で、これは黒って言ったら黒だし、白と言ったら白。その中間のグレーとか、他の人の考え方を受け入れない人生をずっと歩んじゃってました。

でも、職業訓練の仕事をすることになり、3回目の流産のときに、人に優しくなりなさい、優しくするんじゃなくて、なりなさいって言われて。

優しくするのって簡単なんですよね。何か重いもの持ってる人がいて、大変そうだったら持ってあげればいいだけだから。でも、なるって心の持ち方。価値観を変えることだから、意外と目に見える物理的なものではないから、心の問題なので私にとっては、最初大変でした。

3回目の流産の復帰後初めての仕事が、県立の専門学校みたいなところのお仕事でした。その学校に通ってる生徒さん向けのパソコンの授業の仕事でした。生徒さんは全員男性。

その学校では普段教えている先生たちじゃなくて、外部の人たちに来てもらい授業をやってもらうっていうのが毎年あったんです。当時いた会社で、毎年お仕事のご依頼をいただいてて、復帰後初仕事がそれだったんですよ。

結構、小山田指名でご依頼いただくことも多くて、復帰後初仕事のクラスが人数が例年に比べて多く、20人ぐらいいて、担当の先生とも面識があり、はっきりとモノを言ってくれる先生で、今年は動物園だよって言われたんです。

最初意味が分からなくて、どういう意味だって思ったら、ヤンチャでいろいろ好き勝手、自由にやる子たち、個性豊かな子たちばかりという意味だと、教室に入った瞬間にわかりました。年齢層も幅広く、中学校を卒業したばかりの子から、高卒の子とか、1度社会人になって技術を身につける為に学びに来た人もいました。

中卒で来るってことは、家庭の経済的な理由とか、登校拒否ややんちゃしてとか、引きこもってとかで学校にあまり行けてなくて、勉強していないから一般の高校には行けない。就職も難しいような子たちがいました。そういう意味で、先生が動物園だよって言ったんですよね。

「自分はこないだ、こういう人と喧嘩した」とか。「前に〇人対〇人で喧嘩して勝った」とか。やっちゃな子たちが自分たちの武勇伝を話してくれました。

その子達に、どこに住んでるのか聞いたら、学校の近くにある寮だって。自宅は遠くにあって通えないから、寮に入ってるって言うんです。ご飯はどうしてるの?って聞いたら、普段は寮母さんが作ってくれるご飯を食べてるって。今朝も寮母さんが作ってくれた朝ご飯を食べて学校に来たって。でも、土日は寮母さんがいないから、自分たちでコンビニに行って、何か買って食べるって言ってました。

中学生まで、やんちゃしたり、引きこもったりして、学校行けてなかった子たちがそこの学校に入ったら、朝ご飯を食べ、遅刻しないで学校に行くんですよ。朝早くって、8時過ぎには学校に行って、ラジオ体操から始まるって言ってました。

今まで学校にあまり行けなかった子たちが、その学校に入ってからは毎日ちゃんと起きて、遅刻することなく行ってるって。今までの私だったら、それは当たり前だったんですよ。

でも、自分が3回流産して、人に優しくなりなさいって言われ、復帰後初仕事が動物園と言われたクラスで。今まで学校にあまり行けてなかった子たちが、ちゃんと起きて学校に行くって聞いたときに、この子たちすごい偉いなって思ったんです。

あっ、これが優しくなるってことかなって思いましたね。それからいろいろ自分の価値観が変わってって、白黒どちらかだけだったのが、グレーができたんですよね。

職業訓練はいろんな人が来て、やることをやらない、できない人たちを相手にする仕事。やる気を出させる仕事。それまでやることをちゃんとやる人たちの中でしか働いたことがなかったので、まあ大変でしたね。それが、3回の流産、動物園クラスの授業を通し、変わりました。

要はグレーもOKとする価値観を持ってないとできなかったんですよ。自分とは違う色の世界もあるっていうことがよく理解ができて。人に優しくなるっていうのがわかってから、やっと下の子をちゃんと授かることができました。

この3つが大きなエピソードですかね。若くして結婚と出産をして、仕事と家庭の両立から20代で1回目の転職をした後、合計10回の転職したのも、結果的に職業訓練校の講師としてはすごく役立ったんですよ。仕事と育児の両立の仕方、いろんな職の経験があるから、ここではこういうふうに自分のスキルを生かすといいよとかってアドバイスもできました。

あとはね、心が疲れた人たちの対応をするのにも、白黒で自分の価値観だけで物を言ったら絶対人は動かない。自分の価値観にグレーができて、いろんな色があるっていうのがわかって、対応できる人のタイプの幅が広がりました。

未来:一人ひとりの力は小さいって言うけど、一人ひとりが整っていかなかったら社会も整っていかない。そういう意味で「字」っていう、はじめの一歩で変えていきたい。

尾崎:5年後、10年後、死ぬまでを想像して、未来について、どういったイメージをお持ちですか。

小山田:まず私、おばあちゃんになってもずっと生涯現役でいたいんです。私の中のイメージは、瀬戸内寂聴さん。

全国各地から寂聴さんの法話を聞きに来て、元気になってまた日常生活に戻っていくって活動されてたじゃないですか。

そういう人でいたいなって思っています。私の筆跡とか、個性心理學とか、書道っていうツールを生かしたり、私のいろんな知識を皆さんにお伝えをして、皆さんが元気になっていく。1人1人が心穏やかに日々過ごせるような、そういうことをお伝えできる、関われるような人でいたいと思っています。そういう集まれる場所、学べる場所、拠点を持ちたいなと。

尾崎:拠点を持ってというのは、今の段階でどこかイメージはあります?

小山田:具体的に場所までは決まってはいないんですけど。今住んでいる茨城とか、茨城から近い人里離れた自然豊かな山の方とか。

新しく建物を作るのか、広い古民家を使うのか。そういったところで、できれば宿泊もできて、単に遊びに行くんじゃなくて、学びと遊びを合わせて、自分を、人生を豊かにするようなことができる施設ですかね。

私だけの話じゃなくて、いろんな知識を持ってる方たちにも話をしてもらう。大人の学校みたいな感じです。1時限目は、この人の話、2時限目はあの人の話みたいな。いろんな事を学べて、人生を豊かにしていく。

食事にもこだわって、体に優しくて、美味しい料理を作れる人に作ってもらって、夜はみんなで楽しく、美味しくゆったりと過ごす。ギャーギャー騒ぐんじゃなくて、穏やかな宴会をするみたいな感じがしたいんです。

最後、亡くなるときは穏やかに、苦しむことなく「あれ、朝起きてこないね、おばあちゃん」みたいな。スヤスヤと眠りにつくような。そのときには、家族に迷惑かけないように、身辺整理は全部しておいて。そういうのが理想です。

尾崎:いい理想ですね。

小山田:いくつになっても可愛がられるおばあちゃんでもいたいです。あと私、スポーツカー乗ってるんですね。ロードスターってわかりますか。

尾崎:わかります。ちょっと小さめの。

小山田:2人しか乗れない、ほんとスポーツカーなんですけど。それのマニュアルにこだわって乗ってるんですよ。

尾崎:へええ。

小山田:主人が社会人になったとき、初めてその車を買って。社会人になりたてのときに付き合い始めて結婚して、一時期はロードスターがない時代もあったんですけど、結婚して30年ぐらい経つんですが、ずっとロードスターがある生活をしています。

ロードスターのシリーズが変わっていく中、全シリーズ制覇しています。ずっとマニュアルにこだわって乗ってきました。マニュアルのオープンスポーツカーが似合うおばあちゃんでいたいので、足腰も元気にしておかないと。

そういう、かわいいんだけど、カッコいい、おばあちゃんになりたいです。歳をとれば、だんだんと自分でできず、誰かの力を借りないとできなくなることが増えるじゃないですか。

基本は自分でちゃんとできるようにしておきたいけど、ちょっと助けてもらうときに、助けてあげたくなるような、みんなから愛され、かわいがられる素直なおばあちゃん。愛車はマニュアルのロードスターっていうカッコよさもある凛としたおばあちゃんが理想ですね。

さっき言ったみんなが集まれる拠点ですが、一般の人たち以外にも、会社の経営者たちが隠れ家的に来て、仕事や人生の悩みを聞いたりするのも、おばあちゃんになってからしたいなって思ってます。社長さんっていうのは孤独な職業ですから、誰彼構わず話せないような話をできる隠れ家的な、癒し的な存在、建物にいる人みたいな感じですね。

尾崎:ああ、いいですね。

小山田:いつからかね、それが浮かんできたんですよね。そういう存在でいたいなって。一般の方向けと、ちょっと政財界の大御所みたいな。

一見すると強い人たちって、やっぱ弱いところもあるから、そういう人の心の支えになれるような存在になれたらなって思います。

尾崎:もし講師業と出会ってなかったら、どんな人生になってたと思います?

小山田:どんな人生だったんだろう。なんか、あんま考えたことがないんですけど。さっき言ったように結婚が早かったじゃないですか。

当時、友達の中で一番だったんですよ。友達の中では一番びっくりで、サプライズのことで、一番後に結婚するって思われたので。

講師じゃなかったら、もしかしたら結婚もしないで。結婚がいいとか悪いとかじゃないけど、今と全然真逆ってなったら、結婚しないで1人でバリバリと働き、1人でずっと生きていけますみたいな仕事をしてたのかもしれないです。人からのイメージは、そうらしいんですよね。

尾崎:もしご流産を経験してなくて「人に優しくなりなさい」っていう言葉をいただいてなかったら、どんな人生になっていたと思いますか。

小山田:人の痛みもわからず。できない、やれない人たちを責めまくる。「言い訳しなくていいから、早くやんなさいよ」っていうような人。他人や自分に厳しく、完璧を求め、経済的な豊かさ、社会的評価だけは満たされる感じかな。

そもそも、2人目の子が生まれてこなかったと思います。実は、娘が一番の相談者なんです。私のメンターなんですよ。まだ高校生ですが、小学生のうちから、大人びた冷静な発言をする、アドバイスをしてくれる子です。

職業訓練の生徒の指導とかで、何回言っても、できない、やらない人がいて。主人もそんな感じのところがあるから、それを真っ先に娘に相談するんですね。

「こういうことがあってさ」って言うと、「それは教えてあげなさいって。わからない、できないんだから教えてあげなさい。何度でも言ってあげなさい。お母さんが感情的になったら伝わらないんだから、わからない、できないんだから、それが何の理由でかはわかんないけど、教えてあげなさい。」って冷静に言うんです。そのときは顔つきも変わるんですよね。

彼女は、私が優しくなりなさいって気づけたことのご褒美だと思ってます。人の優しさや痛みを気づくために、私は3回もの流産という経験をしたのだと思います。

1回目のときは心音も聞こえませんでした。最初から「ちょっと今回難しいね」って言われて、すぐ駄目になっちゃって。2回目ときの時も「あれ?」って。ちょっと大きくなってないねって定期検診でわかって。

3回目のときは、心音聞けたから母子手帳をもらって良いよって言われて、もらった後初めての検診のときに、あれ、ちょっとおかしいって言われて、もう心臓が動いてないって。

人に優しくなりなさいってメッセージをもらって、復帰後初仕事から、優しくなるって、こういうことかって気づけて、そのときの先輩に「今回の生徒さんがね、動物園だって先生が言って、結構やんちゃだけど、でもね、朝ちゃんと起きて、学校に来てるんですよ。先生は動物園って言ってたけど、私にとってはすごいかわいい、いい子たちなんですよね」って言ったら、その先輩が涙流して喜んでくれて。小山田さん、気づけてよかったねって。

流産3回っていう、つらい経験を通して、人に優しくなれて。その結果、下の子っていうご褒美をもらえて。

多分、それがなかったら本当、殺伐とした「言い訳なんか言ってなくていいから、やりなさいよ」みたいな感じの人であり続けたと思います。人の痛みとか、つらさも、理解しようともしない。寄り添おうともしない人だったと思います。

尾崎:なるほど。

小山田:今でも「やることやろうよ」って思いますが、やれない理由が何かあるんだろうなって思えるようになりました。できない、やらないんだったら、そこをまず理解をするようになりました。

尾崎:なるほど。私が個人的に気になった質問になるんですけど。筆跡診断のお話で、なんで字を変えるだけで人生が変わっていくんですか。

小山田:はい。字には、行動や思考のクセ、習慣がでます。例えば、聖徳太子。10人の話を同時に理解できたという有名な話がありますよね。

10人の話が同時に理解できたということは、一般的に頭がいいだろうっていう発想をします。聖徳太子は、確かに筆跡診断的に頭がいい人の書き方をしているんです。

聖徳太子は別に筆跡を学んだわけではないけど、頭の良い字の書き方をしていた。ということは、その書き方を真似てしていけば、それが習慣になっていく。字は脳が書かせてると言われているので、文字の書き方を変えると、行動や思考のクセ、習慣が変わり、結果的にそうなる。

尾崎:クセを変える。

小山田:字は、脳の思考のクセが出ています。飽きっぽい人が、飽きっぽくなく頑張るぞって言っても、いくら口で言ってもなかなか行動を変えることは難しいから、じゃあ字から変えていこうよって感じです。

諦める脳をしてて、諦める字を書いてる。でも諦めない字を書いていくと、だんだん直っていく。だから筋トレと同じって、私よく言うんですよね。筋トレも、最初は筋肉がない人でもトレーニングをずっとしていくと、筋肉ついていくじゃないですか。

それと同じで、そういうふうになる字の書き方。筋肉がつくトレーニング。諦めないトレーニングをしていくことによって、脳がだんだん、そういう思考をするようになってくるから、それで結果的にそういう人になっていく。

歴史は140年ぐらいあるんですよ。フランスが発祥で。でも、まだまだ日本では全然知られてないんです。字を書くというと、書道とは美文字のイメージがありますが、筆跡診断は違います。字の上手い下手は関係なく、どこをどう書いているか。

高いお金払って自己啓発のセミナーに行って、いい話を聞いてきて、そのときはやる気になるけど、普段の生活に戻ると、すっかり忘れてしまい、なかなか結果が出ない。

じゃあ、字の書き方変えていって、やる気を出して、こういうふうに変えてった方が、早くいろんなことができるようになるよねって。脳のクセ、習慣を変えるのに手っ取り早いのが字の書き方なんです。

尾崎:なるほど。

小山田:手書きした字には、心理とか、思考のクセが出てるので。それを逆算するイメージですかね。だから、わかりやすいのが粘り弱い人、諦めが早い人は諦め早い字を書いている。諦めないようにしたいんだったら、まずは諦めない字を書く。そうすることによって、諦めない人になっていくっていう逆算。そんな感じですかね。

聖徳太子みたいに頭の回転をよくしたかったら、頭の回転をよくする字を書いていけば、だんだん頭の回転が良くなっていく。モチベーション下がってる時は、モチベーションアップする字を書いていけば、モチベーションアップする。

だから、モチベーション高い人の字って、本当そう書いてるから、その人みたいな習慣、クセをつけていけばいい。

尾崎:なりたい自分像に合わせて書き方を変えていくんですね。

小山田:そうです。本を2冊商業出版し、雑誌も『週刊女性』や『婦人公論』、占いで有名な雑誌、日本講演新聞という著名人の記事もたくさん掲載されている新聞に私の記事も載せていただきました。『週刊女性』の企画で、とにかく明るい安村さんの筆跡診断の取材をさせていただくこともありました。

これらが叶ったのって字の書き方を変えたからなんですよ。

文字の書き方を変えると、脳のクセ、思考が変わる、思考が変われば行動が変わる、行動が変わるから人生が変わっていく。

それがみんな頭でわかってるけど、なかなかできない。文字って行動の痕跡、行動のそのままの表れだから、その行動の仕方を変えていけば、逆算して、結果的になりたい自分になれる。

日本はありがたいことに教育がしっかりしてるから、いろんな理由で学校行けなかったという方たちはいらっしゃいますけど、一般的に義務教育でちゃんと小学校、中学校で字の基本的な書き方って教えてもらえるじゃないですか。

発展途上国の恵まれない国の子たちって字が書けない人たちもいるわけだから。基本的な字は書けるので、学校の先生とは違った目線で字の書き方を話し、その書き方をしていくとほんとそういうふうになっていく。

荒れた小学校とかだと、子どもたちが荒れた字を書いているんです。子供たちが整う字の書き方を教えると、たった45分の授業で子供たちの字が変わるんですよ。そうすると授業の開始と終了の挨拶も変わるんです。

最初は、やる気がなかったデレッとした挨拶が、字の書き方を変えると、最後はピシッと声が出るんですよ。それをたった45分でも変えられるのを、それを習慣化していけば、子どもたちが落ち着き、荒れた学校じゃなくなる。

荒れた子供じゃなく、荒れた大人じゃなく、社会がどんどん平和に穏やかになっていけば、
みんなが過ごしやすい世の中になるかなって、大きく見るとね。そういうのも考えてます。

1人1人の力はね、小さいっていうけど、1人1人が整っていかなかったら社会も整っていかないので。そういう意味で、字っていう行動の一つ、はじめの一歩で変えていきたい。それをもっとたくさんの方に知ってもらいたいなって。

それがやがて、私の中で社会の平和になってると思ってるので。それを私の周りだけじゃなくて、私が知らない人たちにも、もっともっと広めていければなって思います。

尾崎:小山田さんが教えるからこその、相乗効果がありそうですよね。

小山田:あら、気づいちゃいましたか。実はそうなんです。よくそう言われるんですよ。なんかわかんないけど、私といると、そうらしいです。そういうふうに言っていただけるの、ほんとありがたくて。

さっき言った動物のキャラクター、タヌキは化ける。一緒にいる人が、私といることによって心地よい時間を過ごしてもらいたいなって気持ちで自然に相手に合わせて化けちゃうから、相手が心地よくなって。相手が心地よくなるから、私も心地よくなって。

字を伝えているのも、その人が良くなってほしいと思って伝えてる。職業訓練とかも、言いたくないことも言い続けてきたのは、その人が良くなってほしいからっていう思いでずっとやってきましたね。

そういう思いとか祈りって通じるから、それをもっともっとたくさんの人たちに知ってほしい。で、講演とかで筆跡の話を聞いて、書いていった人たちは必ず効果が出るんですよ。本当に面白いぐらい。

それを伝えていきたいんです。知ってほしいんです。まだまだセミが土の中にいる感じなので、気づいてもらいたいです。今まで最高が600人ぐらいの講演なんですけど。

結構大きなホテルとかで講演をやってきましたけど。そこに来てもらわないと、知ってもらえない。もっと私の存在を知ってもらう。それは筆跡を知ってもらうために、私を知ってもらいたい。みんなに気づいてもらいたいんです。

それで今回、知り合いからご紹介をしていただいて、応募させていただきました。とにかく筆跡を知ってもらいたい。皆さんに心地いい人生を歩んでもらいたい。そのために私を知ってもらわないと駄目なんで。

別に私が有名になりたいとかじゃなくて、皆さんそれぞれが人生を穏やかに過ごしてもらいたいというのがあって、そのツールとして筆跡を知ってもらいたい。そのためには、私を知ってもらって広まっていくといいかなって思ってます。

自分が穏やかに過ごしたいんですよね。いろんな人がいていいんですけど、穏やか人を増やして穏やかな社会にしたい、暮らしをしたいんです。

尾崎:最後に、言い残したことはありますか。

小山田:特に多分ないです。

尾崎:ありがとうございます。すいません、最後にもう一ついいですか。
「穏やか」っていうキーワードが結構、重要なのかなと思ったんですけど。穏やかって具体的にどういうことなんですか。

小山田:穏やかって、心が安定してる感じかな。なんか、トゲトゲしてないっていうか。穏やかもあるけど、筆跡と個性心理學とかで、自分らしく自分の本来の宿命通り生きていけば、自然とそういうふうな人生になっていくから。

経済的にも精神的にも、ゆとりのある人たちをどんどん作っていきたいというか。ゆとりがある人って、穏やかなんですよ。だから穏やかっていうより、ゆとりかな。

お金にゆとりがあっても、心にゆとりがなければ、やっぱそれって、ゆとりじゃないし、穏やかに繋がっていかない。要は仕事はうまくいってるけど、家庭がうまくいってなければ、人生としてはどうなのかなって感じがするし。

やっぱ生きていくためにはお金は必要だから、そのバランス。心と経済のゆとり。ゆとりがあって、穏やかな人。お金持ちの人って、穏やかな人も多いんですよね。私の周りのお金持ちって、余裕があるんです。ゆとりがあるんです。自分も他人も大切にできるんです。

あとがき

「インタビューをして、自分が変わってきているよ」という話をします。

今回の無名人インタビューで、私は15回目のインタビューを迎えました。変化と言えば、完璧主義な一面が少し丸くなってきた気がします。例えば、小さなことでイライラしたり、夫に対して怒ったりすることがなくなりました。

なぜだろう。

私は人の話を聞くのが好きなので、その欲求が満たされて精神が安定しているから? それもあると思いますが、インタビューを通していろいろな人の価値観や想いに触れたことで、自分や夫に優しくなれている気がします。

あえて言語化するならば「あなた(私)が嫌なら、それでいいじゃん。あなた(私)がやりたいなら、それでいいじゃん」という価値観が根づいた感じです。

というか、その価値観がないと、インタビューは続けられないと思います。

なぜならば、本当にいろいろな価値観を持つ人がいるので、それをジャッジする(良い・悪いを決める)と、純粋に話を聞くことができないからです。

私は人の話を聞くことが好きです。これからも、純粋に、話を聞きたい。

ということで、ぜひ無名人インタビューで、あなたのお話を聞かせてください。ご応募お待ちしています!

小山田さん、ご参加ありがとうございました!
読者の皆さん、最後まで読んでくださりありがとうございます!

またお会いしましょうね。

【インタビュー・編集・あとがき:尾崎ゆき】

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