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小説:相性

本文

スーパーで鯖買った。絹ごし豆腐も買った。青魚のDHAと豆腐のイソフラボンは相性がいい。確かどこかで見た。
家に帰って鯖をぐずぐずに味噌煮してやろうかと思ったら、テーブルの上に一枚の絵があって気が殺がれた。A4サイズのコピー用紙に印刷された絵。
目を見つめあわせた二人の女性。首から下は描かれていない。頭部が大写し。たぶん、ちゃんとした画材で描かれた絵だ。髪の毛の一本一本まで見分けられる。色はちょっとうすぼんやり・淡い。
この絵を僕は知っていた。今ネットで話題になっている。たぶん書籍化映像化されるんじゃないだろうか。左の子が左子、右の子は右子。二人は恋人同士。会話する。
例えば。

左子「万能ねぎってなんて略する?」
右子「ネギ」

左子「赤いきつね?」
右子「焼きそばUFOは、うまい、ふとい、おおきい、の頭文字」

左子「行こうか?」
右子「来て」

左子が投げかける会話を右子があらぬ方向に打ち返す、または受け流す、時に率直な感情を返す。柔らかな目線と温和な発言の左子はファンから天使と思われている。右子は目元が前髪に隠れて妖しげなのか発言内容とも相俟って悪魔と呼ばれている。
天使と悪魔。
あるSNSアカウントで、同じ絵で毎日3回朝昼晩に新しい会話が投稿される。調べたら3か月前からあるようだ。

僕はかれこれ二年ほど同性の友人と一緒に住んでいた。彼に聞く。
「なんでこの絵があるの?」
「俺が描いた絵だから」
思ってもみない回答。
根掘り葉掘り聞いた。学生の頃の作品だが勝手に使われていた。SNSのアカウントについてはまったく知らない。疎遠だった友人の友人が見つけて連絡をくれたらしい。
「君が絵を描くなんて知らなかった」
「言うほどのことじゃない」
玄米ご飯と鯖味噌煮、冷ややっこ、わかめとネギの中華スープ、にんじんとブロッコリーのピクルスの夕飯を食べながら、僕たちは話した。
彼は、絵は真剣にやっていたが挫折して止めたと話した。
僕は、でもネットで話題になるくらい魅力のある絵なんだからすごいと言った。会話だけだったらあんなに人気はでないよと。
彼は、ありがとうと言った。
「人間が二人いると、どういう人間関係? って思うんだ」
「うん」
「それを絵に描いた」
「かっこいいじゃん」
僕はやや興奮した。青魚と豆腐の相性がいいように、人と人の相性って絶対ある。でもその相性の良さってなかなか言葉にしづらいじゃん。でも、君は、その言い表しにくい相性の良さってのを絵筆で創りだすことができたんだ! すごいし尊敬する。僕は、興奮していた。なんなら、もしも君が嫌じゃなければ、会社員なんか辞めて絵を再開したらどうかとさえ提案した。
それから、絵の所有権についてアカウント管理者に問い合わせをするのかどうか聞いてみた。彼は、ちょっと様子見するって答えた。様子見ってなに? 僕がしてもいいけど? と言ったら、やっぱりちょっと待ってほしいと言われた。

で、待った。一週間。
新しい展開があって、ネット上であの左右子の天使悪魔絵の作者が判明した。
僕は彼にその件にた。ついて聞いた。
「あの絵の作者が、ネットで調べられてわかったんだ。君と同じ県の出身で、高校時代に日本画の期待の新人として注目されていたけど、大学の時に描くのをやめたって。でもその描くのを辞めた理由が」
「うん」
「交通事故で亡くなったから」
「うん」
うんって。どういうこと? 彼は今日の夕飯は何か? と聞いてきた。僕は主菜はポークチャップだと答えた。
「君が死んでるってことじゃん」
「俺が殺したんだからそりゃそうだ」
「人を殺したってこと?」
「違うよ。元々、俺は偽名で活動してて、偽名の存在を死んだってことにしたんだ」
「なんでそんなこと?」
「嫌じゃん。死ぬ思いで決心して絵を描くのを止めたのに、ネットで情報を見たやつらから絵を描きませんか? とか言われるの」
ああ、そうか。で、急に、そういえば僕も彼の絵描きを復活させようと言ったなと思いだした。僕は彼に謝った。
彼はお前ならいいんだと言った。
僕らは抱きしめあった。

それからしばらくして。ちなみに今日の御飯は親子丼。鶏もも肉、たまねぎ、玉子、だし、の味のバランス。お野菜にもやしとほうれん草のナムル。根菜の味噌汁。
絵については展開があって、左右子の投稿をしているアカウントの中の人が、声明を出した。

この絵は私が描いたもので、死んだという作者は知っているが言及しない。過去に切り捨てた人間関係なので言わない。こんなことを言うとまたウソだと言う人がいると思う。それはそう。
でも、これが本当のこと。彼は生きているけど本件に関わらないだろう。彼は絶対に表に出てこない。
証明の代わりに、今から、私が、この絵をもう一度描きます。

作者は顔を出して、動画で、絵を描く最初から最後までを映していた。女だった。
左右子の絵の作者かどうかはわからなかったが、絵を描く技術があることだけは本当だった。
僕は、同居している彼のことを思った。彼は誰だ? 彼は死んでる? 生きてるじゃん。あの絵の作者は彼じゃない? 分からない。
ともかく彼は彼。
僕は彼に、また、また、尋ねた
「あの配信はどういうこと?」
「でたらめ言われた。あれは俺の絵だ」
そう言って、彼は、彼も左右子の絵を描いた。そのへんにあったシャープペンシルで描いたから雰囲気は違うけれど、確かに左右子だった。
彼は、言った。
「その左右子の作者っていうやつの顔と、この絵の顔、似てるだろ?」
「え、左と右のどっち?」
「右だよ。俺が似せて書いた。悪魔のほう。そいつと俺は付きあってて、そいつは妄想の天才で」
「君は女と付きあってたんだ」
「そうだよ。あいつは俺の絵もパクれるようになったし、今回の企画みたいな妄想会話も得意。その才能はある。でもパートナーとしては最悪。気持ちの悪い最低女」
あまり良くないことと分かっているが、元交際相手への侮辱を彼の発言から聞けて、心底僕は幸福と優越を感じた。選ばれなかった女。今選ばれている僕。
僕らはまた抱きしめあった。

それからまたしばらくして。
おい。と言って僕は背中を蹴られた。どっ。夕食後にソファでくつろいでいた時だ。
「俺、仕事辞めていいか?」
「なんで?」
「なんでってなんで? お前が働くのでよくない?」
彼は本当に、人の才能を引きだすのが上手いと思う。左右子アカウントの人から妄想会話能力。僕の場合は奴隷根性。
「なら、わかった」
後頭部が痺れた。びびびびび。こんなこと言っちゃえる彼すごい。で、で、僕はその現場に居合わせてしまった。嬉しかった。
僕は言った。
「ありがとう」
「答えはいつもお前の中にあるからな」
そうに違いない。彼がいつもその答えを引きだしてくれる。

僕は、日中働きに出て、無職の彼のために食事を作る。素晴らしい生活だった。
僕に権利はない。彼が僕にとっての全知全能。誰も僕たちのための物語を引き留められない。僕たちが最高の相性を誇る。
ところで、例の左右子が、こんな対話をアップした。

左子「私のことを好き?」
右子「答えはあなたの心の中に」

はは。知ってる。僕も言われたっつーの。
彼は、右子を左右子管理者に似せて書いたと言ったけど、それはウソだ。彼の面影のほうが右子に似ているし。
彼はいつだって誤魔化すんだ。僕はいつもそれを真摯に真顔で受けいれる。いいんですよう彼は悪魔で。

あとがき

この企画に参加しました!

主催の清世さんは無名人インタビューにも参加いただいております!

小説のあとがきとしては、またキモチワルイの書いてしまったなって思いました。分かりづらかったかな。どうだろうか。
良かったらコメント欄に感想残していってくださいね!


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