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文才のある元メイドさんのこと

 生まれて42年、初めて書評というものを書いた。
 小学生から高校生まで夏休みの宿題に必ずと言っていいほど課題として要求され、最終日である8月31日にイヤイヤ、半ば泣きながら書いた読書感想文とは訳が違う。
 文脈を精確に捉えねばならないことは勿論のこと、下手なことを書けば作者の評価を低下させてしまう。適当に書く訳にはゆかぬ。
 加えて、「文学フリマ」での発表からあまり時間もかけられない。新鮮味が失われるからである。なるだけタイムリーでなければならず、仮に3ヶ月も空いたら誰も読まなくなるだろう。

作者の許可も出たので、前置きはこれくらいにして以下、掲載する。

今回の作品はこちら。お気に召したら是非購入していただきたい。作者は元メイドさんである。メイドさんは個性的であらゆる方面で才能のある方が多い。それが私がメイドカフェにハマる理由の一つである。

「永遠に溶けないソフトクリィムのこと」


書評

 かつて数度であるが作者にお会いしたことがある。「メイドさん」と「ご主人様」という関係で。「ほんわか」した優しい方であった。他のメイドさんから「めるちゃんすごく文才があるんですよ」と聞き、読んでみたところ、確かにその通りで書かれた文章は「ほんわか」した作者らしくメルヘンでそれでいて、強烈な個性があった。
 本作は四つのストーリーからなる独白形式の短編集である。
 「星空のパズル」ではそんな作者が持つ特有の世界観が遺憾無く発揮されている。懐かしいかつてのメイドさんの名前が登場するユーモアと「ほんわか」しつつもやや不安を覚える不思議なストーリーである。解釈は多岐に渡るであろう。
 ところが、本作品の「きいろいお月さま」、「ななちゃんのこと」、「きみはうさちゃん」の三作品は私が勝手に受けた当初の印象とは大きく異なり、「ほんわか」した作者とは想像もつかない過激な内容であった。普段「ほんわか」した人ほど心の内に秘めた「核」を持っているのであろう。というか、鈍感な中年男性にはそれが見えにくいのかもしれない。
 作者の個性の一つとして、一文が短く、軽快なリズムで淡々と展開が進んでゆく。
 ソフトクリィムのように「甘くて」、「かわいい」。けれども、おおよそ希望だとか救いだとかが無縁な残酷な世界が描かれている。
 登場人物の主人公やその親友のななちゃんは「かわいい」の前ではすべての価値が劣後する世界に生きている。「死」すらも表象に過ぎない。それ故、彼女達は現実感が乏しく、もはや虚構の世界で生きているとすら感じる。
 性愛に対しても「かわい」ければ良いのか、登場する男性の人格に対する彼女達の関心は驚くほど低く、それ故、クズ男でも問題はない。もとより、「かわいい」部分しか愛していないのである。否、クズの部分ですら「かわいい」のか。いずれにしろ、彼女達にとっては男性ですら「かわいい」お人形さんでしかない(暴力を振るわれるのも彼女達が望んだことである)。

ポップな地獄。
緩やかな絶望。

 自信作であるという「きみはうさちゃん」は特筆に値する。
 かわいくて、ゆるっと、ふわふわ、どこか楽観的で牧歌的、ぴょんぴょんスキップしながら破滅へと進んでゆく。あまりにも刹那的な狂気の生き方は読み手を不安にさせるが、その反面、敢えて破滅へと向かう愚直なまでの純粋さも感じられる。
 「甘く」て「かわいい」夢の中の世界だけを生きる彼女達のその潔さに清冽な哀調を覚えるのだ。
 他方で、社会的には許容され難い行動であるはずなのに、世間やら良識やらどこ吹く風、儚さの中にも「かわいい」を貫き通す「強さ」も認められる。
 本作は「永遠に溶けないソフトクリィムのこと」と題された作品である。
 溶けないソフトクリィムなど存在しないことは誰でも知っている。それでも尚、彼女達は永遠に溶けないソフトクリィムを希求する。
 そして、この矛盾を抱えた人間を表現することこそ「める文学」の真骨頂である。
 人間に対する深い洞察を極める作者の次回作が早くも待たれる。
 「今まで経験したことの全ては繋がっていて、間違いじゃなくて、全部成るべくして成った出来事の積み重ねでしかない」のだから。

サビ

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