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ダイドー「鬼滅の刃コラボ」は成功か? ~『プラスリスク』と言う落とし穴

《はじめに》
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コロナ禍で経済が縮小していく中、なんとも景気が良い話が飛び込んできました。

缶コーヒーはコロナ禍の前から縮小傾向にあり、オフィス需要が減少する中で苦戦していたのですが、その中で10月の売り上げが前年度比で149.5%とものすごい売り上げを上げています。そのキーは「鬼滅の刃」コラボで、本来なら買わない層の消費者まで買いあさる現象により、本来であればありえない数字をたたき出す快挙になっています。

しかしこの快挙、ダイドーさんにとって良いのか悪いのか?そのあたりを別の視点から見ていこうと思います。

■リスクと言う考え方

そもそも儲かってるんだから悪いわけないでしょ?収益が伸び悩んだり落ちたりする方がリスクでしょ?と思われる方は大変多いと思います。ところがこの「プラスの事象」、製造業では「リスク」とみなされます。…はて、リスクってなんだろう?

と言うことで、ここで一度「リスク」の概念について整理しておきたいと思います。(主語大きくて恐縮ですが)一般的な日本人の言うリスクは「マイナスリスク」と呼ばれるものです。それをしないと損をする、何かの被害を受けるなど、危機が目の前にあり分かりやすく自分たちの利益を奪い去るもの、これが「リスク」と言われるものです。

ところが、リスクにはもう1つの側面があります。俗にいう「プラスリスク」です。予想以上に儲かってしまった、想定を超えてヒットしてしまった、などと言うものです。…え?それは「得」であって「リスク」ではないのでは?と思う人も多いと思いますが、まずはリスクにはこの2つが存在しているとざっくり理解してください。

と言うことで、ここからは皆様の疑問、「プラスリスク」とは?について記していこうと思います。

■ダイドーさんのケースで見る「プラスリスク」

先にお伝えした通り、プラスリスクを端的に言うと「想定以上に得をする」ことです。前年比200%の成長率です!取れると思っていなかった大型案件が取れました!みたいな話です…なんとも景気が良いですね、あやかりたい…と思ってしまいますが、そこにはマイナスリスク以上の落とし穴が隠されています。今回はダイドーさんの案件をベースに説明していきます。

当たり前ですが缶コーヒーは工場で生産されます。その工場の中には「生産ライン」と呼ばれる缶コーヒーを生産するための製造設備があり、基本的に1ライン1商品が生産されます(細かく言うと違うのですが、ここではそう定義します)。

さてこのライン、1ライン当たりの年間総生産数は決まっています。ここでは100万本にしておきましょう。そして、1ライン当たりの生産余力は年間どれだけ生産するかに依存せず100万本作れるものとして構築する必要があります。つまり、101万本作るためには生産ラインは2つ必要になるのです。

これを念頭に今回の出来事を考えていこうと思います。コラボ計画を含めた年初計画で500万本の生産計画があり、変動および故障を考慮した1ラインを含め全部で6本のラインが走っているとします。ここにコラボ効果が予想以上に増加し、中期に出荷予想を600万本に上方修正したとします。しかしこのコラボの効果は絶大で、期末までに700万本の需要が想定されました。生産ラインをフル活動させても100万本のショート、営業部門からの鬼のような督促に工場長も頭を悩ませます。

さてここで問題です。あなたが工場長ならどうしますか?ラインをあと1ライン増やしますか?それとも営業を押し切り600万本の計画ギリギリで進めるますか?…何の前提も話していなければほとんどの人は「1ライン増やす」ことを選択していると思うので、ここからは「1ライン増やす」ことを前提にお話しします。

あなたは100万本の需要増に応えるため1ラインを増やすことを決断し、部下に生産計画とラインの変更指示を出します。ところが部下はそれに猛反対します。

製造ラインを増やすためには新たな機器の発注が必要です。そのためには資金だけではなく半年の機関が必要になります。

お金は借り入れでなんとでもできますし、大手であれば体力もあるので問題ないのですが、時間だけは平等なので解決できない。生産ラインを増築している間に生産余力は限界を超えることは目に見えています。あなたは次の判断…同一製品別フレーバーのラインを変更することを指示します。これならゼロから構築するよりも早く、より適切なタイミングで提供できる…ところが部下はまた首を横に振ります。

別製品のラインも生産余力ギリギリです、ライン変更により製造可能数を減らすことは別製品がショートし契約違反が起きる可能性があります。

一般的にメーカーより卸(小売店)の方が圧倒的に強いのは世の習わしですが、超大手と呼ばれるGSM(General Merchandise Store)はその強大なバイイングパワーでメーカーに非常に不利な契約を要求します。その不利な契約の1つが「納品保障」。これは特定商品について指定された期間指定された量を納品できなかったらペナルティと言う恐ろしい契約です。しかもこのペナルティ、違約金だけではなくメーカー同士がしのぎを競う「棚割」にも影響を与えます。ここで問題を起こすと今後のビジネスに大きく影響を与えることは確実です。

しかしあなたは鳴りやまない営業からの電話から逃れたい一心で製造ラインの切り替えを指示しました。ライン切り替えは突貫工事ではあったものの1か月で終了、生産余力を上回る前に稼働開始することができ、かつ別製品のラインもギリギリの余力でなんとか持ちこたえられました。これでなんとか年度を超えられるな…そう思いながら家に帰り風呂に入ってあったかい布団にくるまり深く眠りました…。

そして翌日。あなたのその心は営業さんからの一言で突き崩されることになります。

今年度のコラボによる収益向上は予想以上の効果をもたらし、当初生産計画から100万本アップと言う大成功に終わりました。工場の皆様には営業から深く御礼を申し上げます。さて、来年度の計画ですが、コラボが終わり販売数が減少することが想定されるため、他製品は堅調ですが、コラボ対象だった製品は前年度より150万本の需要低下を見込んでいます。工場の皆様もそれに従った生産計画の提出をお願いします。

…なん…だと…?

そう、この問題には2つの大きな問題が潜んでいましたのです。

■プラスリスクと言う『遅効性の毒』

まず1つ目の問題は「ライン変更による不要設備の顕在化」です。今回は別製品のラインを変更して急場をしのぎましたが、その結果別製品のラインは1本なくても問題なく生産数を賄えることが分かってしまった。こうなると当然ラインを戻して利益率を下げるわけがないので「戻せない」状態になります。もちろん生産ラインを消すことはできないので、増産のために変更したラインは来年度から「余剰設備」になります。計画された余剰設備ではないので、完全に「ただ飯食い」です。

そして2つ目…こちらのインパクトが絶大なのですが、「利益の先食いによる需要減少」です。コラボ製品として売れ過ぎた結果、消費者側の需要が減少する…と言うものです。これには副次効果があり、「売れ過ぎたがゆえに製品の供給が足りなくなった結果、その商品から離れるコアユーザ」が生まれてしまうことです。浮気の話に似ていますが、これは個々人の気分ではなく「強制移動」なのでかなり大きな変動になります。コラボ終了による影響が100万ではなく150万だと見込んだ営業さんはこの辺りを睨んでいたのでしょうね。

…ここまでお話ししたらなんとなく分かってもらえると思いますが、プラスリスクは「そのリスクが逃げ場がなくなってから現れる」のです。俗にプラスリスクは「遅行性の毒」と言われるのですが、起きた瞬間にはリスクとして顕在化はしていないのに、時間が経つとリスクとして顕在化する…これがマイナスリスクより回避しにくく一旦起きるとダメージが計り知れないプラスリスクの恐ろしさであります。

だから昨今の経営計画は「年初計画の着地を重視する」ようになったのです。もちろんそれを理解してそうなっているのかは疑問ですが、計画値から上にせよ下にせよ変動することは「リスクそのもの」であり、それを理解したうえでどうリスクを回避したり許容したりするのかが問われるわけです。

■正しく理解されないリスクはそれ自体がリスク

と言うことで、マイナスリスクより恐ろしいプラスリスクのお話はどうだったでしょうか?リスクは正しく理解し、時に回避し時に許容することでビジネスを運営していくことが大事なのですが、ことマイナスリスクばかりに目が行ってしまい本来回避できたものを回避できず大赤字になる会社は少なくありません(有名なのは「たまごっち」でしょうか)。

だからこそ、リスクは正しく理解すべきなのです。一方的な恐れではなく、まずそこにある事実として許容する、これがリスク対処においては正しい姿だと思います。

ちなみにここまで書いといてなんだよ、と思うかもしれない情報を…ダイドーさんはファブレス企業なので、製品の生産を外注しています。なので、今回のコラボで影響を受けるのは外注先企業ですね…。

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