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日記 無風と暴風

「ハチ公の最後の恋人」という、よしもとばなさんの本が好きだ。

かつて大好きだった人は、わたしと付き合っているときに別な子を好きになってしまって、きちんとわたしとお別れをして、そのままその子と結婚をした。

だからわたしは彼の最後の恋人だ。

その女の子のことはわたしも大好きで、付き合っているときに彼がその子に強烈に惹かれていく様を眺めていた。
しがみつけば、気づかないふりをすれば、隣にいられたのかもしれない。
でも、出来なかった。

磁石のように、重力のように、強烈に惹かれ合うもの同士の前で、その引力をもたない者は無力だ。

耐えられなくなって、別れようと言い出したのはわたしだった。

「その選択肢を考えたことがなかった」と言って、憑き物がとれたような顔をしたのが忘れられない。

「一生、忘れないって誓ってくれる?」

お別れの日、そんなことを、言った気がする。

「忘れないよ。忘れられないよ。もう記憶ごと身体の一部だから。ありがとう」

そんなふうに返事してくれた気がする。

一生忘れてほしくなくて、一生忘れられないような振る舞いをして、深く傷をつけ、大いに困らせただろうなと思う。

でもきっと、忘れてしまっただろうな。

わたしがかつてさよならを告げた人たちのことをさほど思い出すことがないように、彼も同じだろう。

時は無常に流れて、2024年。

あの頃の純粋なわたしが、この頃テレパシーを送ってくる。

ねえ、あなたはそのままでいいの?

*****

久しぶりに唐揚げ弁当をUberした。

もう余力が残っていなくて、ソファで横になりながら注文する。

履歴を確認すると、Uberを使ったのは昨年の9月が最後だった。

ちょうど転職をした時期だ。

転職前と後とでは、時間の流れがまるで変わってしまった。

あんなに暇を持て余し、ぼーっとしていたのが嘘みたいに目まぐるしい。

ものすごく久しぶりに耳が塞がる感覚がして慌てて鍼に駆け込む。

仕事は好きだ。

自分ひとりなら無限に仕事をしていたい。

息子がいる今時間に制約があり、帰ってからも気持ちは休まらない。

世のシングル家庭のお母さんたちはみんなどうしているんだろう?わたしより大変な状況の中にいる方にもたくさん出会ってきた。
すごすぎる。

地元で父が通う鍼灸院に初めて行った。

名前が変わっているので父娘とすぐにわかるのだろう。

長老のような風貌の院長先生に、
「お父さんにそっくりだねぇ」
と言われた。

母に似ているとも父に似ているとも言われるのはわたしだけで、姉は誰にも似ていない。

「よく言われるけど嫌なんです」と答えると、

なんで?と問われたので、

「みんな性格が似てるって意味で言ってくるんですよ」と答えると、

「僕は性格はわからないけど、目がよく似てるよ」と言われた。

真ん中に穴の空いたドーナツクッションに顔を埋めながらなぜか涙が出た。

弱っている。

父に目が似ているなら、もう少し気高く生きねば。

そんなふうに思った。

帰って息子にご飯を出すと、「食べたい!」と言われて急遽作ったチーズカレーにまったく手をつけなくて、怒ってしまう。

ああ、大人げないな、疲れていなければこんなことはしないのに…と情けなくなって、涙が出て、お風呂でわんわん泣いてしまったら、息子が慰めてくれた。

なにかのCMで聞いたらしい、
〜〜〜とぉ、〜〜〜をぉ、合わせてW!最高!!
と言うのを、右手をV、左手もVにして合わせて両手を拳にして上に上げる、という動作付きで何度もしていて、

かぁかとぉ、息子くんをぉ、合わせてW!最高!!

と言うので大笑いしてしまった。

なんてぐちゃぐちゃな日なんだと思いながら、息子の命に救われる、情けない母だ。

*****

後悔のない毎日を過ごしましょう。

時代の転換期です。

やり残すことのないように。

………うるせぇ!!!!!

となっていて本当によくない。

じゃあ占いコンテンツ読むなよ、って感じなんだけど読んでしまう。

占いに頼りまくるのは黄色信号だ。

課金し始めたら赤信号。

エンタメとして摂取するくらいが丁度いいのだ。

来年の今頃がまったく想像がつかない。

わたしが未来を想像し始めたのって、いつからなんだろう?

厄祓いにいかなきゃ、とにかく厄を祓わなきゃ、前回痛い目に遭ったのだから…!という気持ちはあるのに、雨だとか不調だとかだるいとかを言い訳に一向に行かない自分を俯瞰で眺めて鼻で笑う。

まぁ落ち着け、おばさんよ、と自分で自分を宥めつつ、明日も満身創痍だ。

*****

ギラギラの太陽が照りつける真っ青な海に浮かぶイメージをしながら布団で横になり目を瞑る。

死んだ犬が夢に出てきて、普通に家のリビングを歩いていた。
起き抜けに、どうしたの?!と驚くわたしをそっと一瞥して、ソファの定位置にどすんと座り腕に顔を埋めて眠る体勢に入る。

ハッと目が覚めて、心配してくれているんだな、と思った。

もう会えない、もういない、リビングにはいない、これから先、ずっと、永遠に。

そのことが分かっていても涙が出る。

たまにまた出てきてね。
今度はお散歩ね。

そう思ってまた目を瞑った。

*****

天国はどんなところだろうか。

死んだ後の記憶も、生まれる前の記憶もないからわからない。

題名はToo young to dieだったか、長瀬くん主演、クドカン脚本の映画を二子玉川で見た。

2016年、婚活アプリで出会った建築家の男と見た。

大筋は、天国は何の痛みも苦しみもなく眠っていられる場所だけど、そんなのつまらないって地獄に戻る話で、何となく、全人類が地球にいる理由のような気がした。

こんなに苦しく、辛い日々を過ごしても、戻ってくるのか。

あと何度繰り返せば終わりが来るのか想像もつかない。

そのあと二子玉川沿いを歩いていたら、男の肩に蝉が止まった。

マリメッコの服を着たあの軽薄な男は今どこで何をしているんだろう。
もう名前も覚えていない。

白とピンクのふわふわのワンピースを着て歩いていたあの女の子は、もう跡形もなく消えてしまった。

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