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【読書感想文】ナポレオン:佐藤賢一

物語は戴冠式から始まる。

壮麗にして豪華絢爛。でもなぜか高揚感はない。参列する誰も、そして皇帝ナポレオン自身、この式典が大いなる茶番であることに気がついているからだ。

時代は遡りナポレオンの幼少期へ。前半は彼が幾多の戦いを経て頂点を目指す痛快な英雄譚だ。だが、物語は中盤以降一気に混沌としてくる。皇帝、将軍、政治家、民衆、美女、親族。信頼と裏切り、熾烈な外交戦、陰謀、誘惑、愛憎…。それぞれの思惑が欧州を戦火に巻き込んでいく。

ナポレオンの身に起きたことが時系列で、愚直なまでにシンプルに描かれる。それゆえに浮き彫りになる英雄の真の姿は、仕事は出来るが他はからきし不器用な普通の男だ。そんな彼が情勢に翻弄される姿は痛々しくさえ感じられる。アウステルリッツ、ロシア遠征、ワーテルローといった符号化された「事件」の背後にある血の通った人々の思いに触れること。本書はそんな歴史小説の醍醐味を存分に味わわせてくれる。

年末に映画「ナポレオン」を観た。ジョセフィーヌとの関係が中心に描かれていたが、脇役の端々、画面の隅々まで配慮された傑作だった。本書を読んでから観ると色々と発見があって、面白さが倍増することだろう。

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