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episode5. 事情聴取と教育委員会の出した答え


(※ 人物は仮名で、役職は当時のものです。)

2017年3月22日(水)
後から振り返ると、この日からもう一つの長い闘いが始まっていた。

延岡市教委からの事実確認の聴取を受けるため出かける準備をしながら、昨日の電話で言われた「ついて行った」がどうしても頭から離れない。引き出しに指を挟んだり、手足をぶつけたりとケガをし、自分の精神状態も思考も平常じゃないことは分かっていた。

そんな頼りない自分と市教委とのやり取りを自分だけで終わらせることに不安を覚えた時、木谷さんの「何かあったら動画でも音声でも何でもいいから残しておいてくださいね。」という言葉を思い出した。会話を録音するのは市教委に対して申し訳ない気もしたけれど、それが助けてくれるかもしれないと思った。

10:30
延岡市教育委員会の相談室で1時間ほどB補佐、C指導主事へ被害の詳細を報告した。「ついて行っているじゃないという意見もあると思うので、被害当時の私の気持ちもお伝えしたい」と伝え、私が遭った被害の事実と現在の状況を話した。
終始、2人ともこちらの心情に配慮しつつ聴き取りを進めていることが伝わったが、市教委からの「民と民で」との言葉や「市教委として、加害者に対して謝罪、民事的に慰謝料、あるいは刑事罰、など色んなことを想定しているのですが、あなたとしては?」「弁護士には相談しようと思っていますか。」「弁護士さんと相談はしていますか。まだですか。弁護士さんと相談する予定があるということですね。」「弁護士さんとの方は、何日とか決まっていますか。例えば4月の上旬とか3月末とか。その当たりをおっしゃりたくなければ、あれですけど…。」と質問された。

どうしてこんなに弁護士に話すことを気にしているんだろう?真意がはっきり伝わってこない質問を不思議に思い始める。でも、まだこの時は「きっと正しい判断をしてくれるはず」と、自分が8年間勤めてきた教育行政が公正・公平な判断を下し、この状況から私を助け出してくれると信じていた。

2017年3月27日(月)
法律事務所へ相談に訪れ、職場の上司による性被害と、県まで報告してほしいと市教委に伝えたことを話した。対応してくれた松永弁護士は「どんな内容で県まで報告したのか教えてもらいましょう。それによってどうするか決めていきましょうか。」と言った。「警察でも強制わいせつ罪(※2017年当時)に当たると言われたので、教育委員会もきちんと処分してくれると思います。」と言うと、彼女は冷静に「どうして教育委員会を信じているのですか。」と返した。

「どうしてって…。」

教育機関は正しくあるべきだから?私も教職員の一人として働いてきたから?
結局、松永弁護士の「どうして」に答えることができなかった。

相談を終えてすぐ、法律事務所の駐車場から市教委へ電話をかけた。D課長が電話口に出て「相手も事実と認め、概ね一致しており、県にも報告した」と言ったので、どんな内容で県に報告したのか教えてもらうために直接伺いたい旨を伝えた。

2017年3月28日(火)15:00
延岡市教委を訪ねた。以前通された相談室で、B課長補佐から「A教頭が事実として認め、私が話した内容と概ね一致している。」と聞く。

宮崎県教委に提出する報告書の開示依頼をするが「県への報告は電話で、口頭で行われただけで報告書はまだ作成していない。現時点で手元にあるのは聞き取りをした時のメモだけ。相手方が市教委に対して任意で話したことなのでメモは見せられない。また、報告書についても見せることができるか分からない。私は担当じゃないので確認する時間がほしい。」と言われた。

報告書が出来上がった後に開示できるかどうかだけでも知りたい。そんな思いで情報開示について質問し続けると、「先程、何度も申し上げたように少し時間をいただけないかな、というところです。」「出せるかどうかということについては、少しお時間をください、と言っている意味が分かりますか?」と言われた。

言っている意味は分かっていたが、少しでも早く事件を解決し、今すぐにでもこの苦しい状況から抜け出したかった。確認ができ次第、連絡を貰うということで私も了承し、その日はそのまま引き取った。

何かちょっとおかしいかも…。言葉の端々に感じた違和感がもやもやと胸に広がった。

2017年3月29日(水)
被害についての事実申立書提出のために、小学校へ来るよう校長先生から言われるが、A教頭のいる小学校へ行きたくないという気持ちから、相談センターを受け渡し場所として私が指定し、校長先生へ事実申立書を提出した。

「明日の離任式ではA教頭に会うことになりますね。校長先生もご配慮をお願いします。」と木谷さんが離任式でのことを校長先生にお願いしてくれた。私の事実申立書を受け取った校長先生は、延岡市教委へA教頭の事実申立書と共に事故報告書を提出するため、相談センターから市教委へ向かった。その日、14時過ぎに市教委のB補佐から電話が入った。

B補佐
Bです。昨日はありがとうございました。今、少しお時間宜しいでしょうか。昨日お尋ねのあった「聞き取ったものの開示」についてなんですけども、結論から申し上げますと、開示の方はちょっと難しいということになりました。理由として、この資料を公文書的な取扱いにはなり、今後それを資料として処分等を進めていくことになるものですから公文書的なものにはなる、ということなんですが、これを情報開示するということは誰でも見れるということになるものなんですね。


当事者の私も知らされないということですか。

B補佐
はい。当事者というか、相手方の話したことになるもので、結局向こうの方にしてもこちらに対して話をしたというもので、こちらの方が任意でお見せすることはできない、ということになるようですので、こういう場合に第三者が請求等はできるみたいなんですけれども、ただ請求を出された場合でも「個人の利益を害する恐れがある」という風なことで情報開示請求からは出せない、という風な判断になるんではないかということで、昨日、海野さんが来られた後すぐに市役所の総務課に行って相談をしてきたところだったんですが、そちらと相談した結果が今、申し上げたことなんですね。開示請求のもの自体が、例えば海野さんだけじゃなくて、例えば仮にという設定で「近くの定食屋さん」がそういった話を耳にし、開示請求をした時にそれが出せるか、と。広く誰にでも出せる状態ものが開示請求になると説明を受けました。


…私と定食屋さんは同じ立場ということですか。

B補佐
うん、一般的にというようなところなんですね。海野さんのお気持ちとか立場とかは私たちも理解しているところなんですけれども、市の考えている、文書についての考え方、一般的な考え方としてそうなんです、ということで今お話をさせていただいているんですけれども、まあ誰が請求しても見ることができて、その中で開示請求をされた場合でも「個人の利益を害する部分」については、ほぼ墨塗になる可能性が高いということのようなんですね。それか、個人に対しての利益を害するということで、請求することはできるけれど開示はできない決定になる可能性はある、ということでした。


はい。状況については理解できました。ありがとうございます。

B補佐
すみません。そのようなところで今…あ、今日校長先生が海野さんの申立書とA教頭の申立書を添えて事故報告書の提出がございましたので、それはそれに沿ってうちの方は行政的なものとして対応を進めていくということはしていきたいと思っていますので。すみません、このような回答になってしまって申し訳ないんですけれども、海野さんのお気持ちというのは、私どもも理解させていただいているところなんですが、こういう組織でという形での回答ということになってしまいますので。


はい。ご連絡いただきありがとうございました。

B補佐
申し訳ございません。


今後とも宜しくお願いいたします。

ショックと怒りで煮えたぎる思いで電話を切る。電話の途中、何度も自分の耳を疑った。

当事者なのに相手の申し立てた事実を知らされない?加害者の個人の利益って被害者より守られるの?被害者を全く関係のない定食屋と同じ立場に例えるってどういうこと?

この電話を受けてから、私は教育委員会に対して不信感を抱くようになっていった。

2017年3月30日(木)
小学校の離任式。体育館の壇上に集まる子どもたちのまなざしに、本当に私はここからいなくなるんだと初めて実感が湧いた。これ以上ここで頑張れないと小学校を離れることを私が決めたのに、こんなに寂しくなるなんて…。この一年も苦しいだけじゃなかったんだと、子どもたちに助けられ、支えられて過ごせていたことに気づいた。心に残る思い出と共に「一緒に過ごしてくれてありがとう。」とお別れの言葉を送った。

離任式を終え、足早に玄関に向かう途中、校長室の前で校長先生に呼び止められた。「本当にこれで良かったのかなと、先生の別れの言葉を聞きながら考えたよ。民事の方で気が済むようにね。」という校長先生に「お世話になりました。」と一礼し、玄関に急ぐ。その時はその言葉の意味を深く考えられず、そそくさと学校を後にした。

後日、B補佐から連絡があり、宮崎県教委からの事情聴取を受けるようにと伝えられた。

2017年4月19日(水)11:00 
宮崎県教委(北部事務所職員2名と県教委の職員課の職員1名)との事実確認のため、延岡市教委に出向いた。対応する職員らは誰も私に名前を告げず、聴き取りが始まった。テーブルを挟んで1.5mほど先に並んで座る県の職員3人と、B補佐同席のもとA教頭の申立書に沿って事実確認が行われた。

「誘われて、特に抵抗なく、食事されたということですか。」「部屋に入るときには抵抗なく入ったのですか。」と「抵抗なく」という質問を何度もされた。「教頭に対する特別な気持ちは?」「異性としては?」とも聞かれた。もちろん「ないです。」と答えた。

それらの質問からA教頭が「同意があった。お互いに異性として特別な感情があった。」と話していることが推測できた。だとしても、事件当日以前に私的なやり取りは一度もなく、当然、被害後に2人で出かけたこともない。ましてや私より24歳も年上の既婚者で、私と同年代の子どもがいるA教頭との間に「同意があった」という主張が酌まれるはずはない。

「見知らぬ人に止めてくださいと言うのと、顔見知りの職場の上司に止めてくださいと言うのでは、顔見知りの上司に言う方がとても言いづらいです。私も傷つきましたが、私だけでなく子どもたちや職場の先生方、保護者の方、家族、みんなを傷つけることを分かってほしいです。」と聴き取りをする職員に訴えた。

聴取の中でも「相手に何を望みますか。民 民とか、訴えたいとか考えていますか。」など、今後どのような対応を考えているか聞かれた。そして今後の処分等など私へ知らせる方法について「電話ですか。それとも書面でいただけますか。」と尋ねると「まぁ、電話だと思います。」と言われた。

私が報告書の開示請求をする時のために、電話での連絡だけにして、なるだけ跡を残さずにこの件を終わりにしようとしているのかも。

私の感じた教育委員会に対する違和感は、少しずつ不信感へと変わり、この聴き取りを終えた後には「この人たちを信じてはいけない」という確信に変わっていた。

2017年5月12日(金)16:19  
市教委からの不在着信に気づく。
新しい職場での勤務中だったが、いてもたってもいられずかけなおした。


こんにちは、私、海野と言いますけれども、お世話になります。たった今、着信があって折り返し、お電話かけたんですけれども。B補佐かと思うんですが。

女性
はい、少々お待ちください。

B補佐
はい、代わりました。Bです。すみません。今、お時間宜しかったでしょうか。先日からA先生の件について書類をお出しいただいて、聴き取り調査もさせていただいていたところではあったんですけれども、行政的な、所謂「処分」の方がおりましたのでお伝えしようと思ってお電話したところだったんですけど。まず、端的に申しますと、訓告処分、文書訓告処分ということになりました。


どういったことですか。

B補佐
この件については、所謂、停職とか減給とかいう風な、県教委か行う処分というところではなく、文書訓告が適当だということを決めたのは県教委の方の判断ではあるんですが、市教育委員会が行う処分ということで「文書によって“遺憾な行為である”という風なことであると教育長から文書によって指導する」という風な処分になりました。


文書で…文書を送るだけということですか。文書を相手の方に送る、ということだけですか。

B補佐
はい。文書を送って教育長から厳重注意をするという風なことになります。教育長と校長、また教育委員会それぞれの課長等々の中で話をするという風な形になりました。ですから、まあ先ほど申し上げたような停職、減給という風なものになりますと、新聞報道等になるんですけれども、そういったことにはならない、というような処分、ということのようになりましたので。


…わかりました。

B補佐
はい、あの…よろしいでしょうか。行政的な処分というのはこういった形で出したことにはなるんですけれども。はい。


行政処分がそのように決定したということは理解しました。

B補佐
はい。よろしいでしょうか。 …何か海野さんの方のお気持ちとしては…?


いや、気持ちとしては色々ありますけれども、そちらでそうやって決められたということは理解しましたので、私はもう弁護士の先生にお話しするつもりです。それしかできないので。

B補佐
はい、わかりました。お伝えしたかったことは以上なんですけれども。


はい、わかりました。

B補佐
申し訳ございません。


ご連絡ありがとうございます。

電話が切れた後、私はただ愕然とした。

たった「文書で厳重注意を受ける」だけ…?
信じられない。嘘でしょう…。どうして?「相手も事実と認め、概ね一致している」はずの相手が申し立てた内容は?どういう事実認定がなされたの?「教育長と校長、また教育委員会それぞれの課長等々の中で話をするという風な形」で処分が決定された?

「停職・減給などにはならないので、新聞報道等にはならない」なんてことはどうでも良かった。憤りながらも浮かんだいくつもの疑問を確かめなければと思ったとき、松永弁護士の「どうして教育委員会が正しい判断をすると信じているのか」の問いかけが、まるでふりこのような反動で、大きな衝撃と共に頭にぶつかった。

どうして私は教育委員会を信じていたんだろう。

押し寄せる怒りとショックで言葉を失い、涙すら出なかった。

宮崎県が作っている「教職員の懲戒処分に係る基準」は以下のように書かれている。
—--------------------------------------------------------------------------------------------------
ア 暴行若しくは脅迫を用いてわいせつな行為をし、又は職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いることにより強いて性的関係を結び若しくはわいせつな行為をした者

イ 相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞、性的内容の電話や電子メールの送付、身体的接触、つきまとい等の性的言動(以下「わいせつな言辞等の性的言動」という。)を繰り返したもの。

ウ 相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞等の性的言動を繰り返したことにより、相手を強度の心的ストレスによる精神疾患に罹患させた者

エ 相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞等の性的言動を行った者
—--------------------------------------------------------------------------------------------------
とある。「相手の意に反することを認識の上で」という文言が4項目中3項目あり、まさにA教頭は「相手の意に反することを認識せず」との主張に終始したのだった。

また「相手の意に反することを認識の上で」の記載がない「職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いることにより」の項目に関し、教育委員会は「職場で起こったことではなく私とA教頭の個人的な私的な交流でのこと」だと後の裁判で繰り返した。教育委員会は、A教頭が職務上知り得た私の携帯電話番号を私的に使い、誘い出した食事を私的な交流だと主張したのだ。

私がA教頭から受けた「強制わいせつ行為」は、懲戒処分にするほどのことではないと「教育長と校長、また教育委員会それぞれの課長等々」に判断され「文書訓告」が決定されてしまったのだ。

公務員はスピード違反も名前が公表されて処分を受けるのに、警察署では「被害届を出さないのか」と何度も確認されたのに、私がA教頭から受けた被害は教育委員会によって、こっそりと「終わったこと」にされてしまった。

その後、新聞記者の取材に対し、教育委員会は「『相手の意に反することを認識の上で』に当たるかどうか、同意があったか、なかったかを認定できなかった」と答えていたが、そもそも、被害前に、一度も私的なやり取りのない独身女性の非常勤講師と、24歳上の既婚者で、私と年も近い子どもがいる父親世代のA教頭の当事者の間に「同意があったか、なかったかを認定できなかった」と結論づける教育委員会の考えが理解できなかった。

私はA教頭の処遇を知りたいというより「正しい教育委員会の判断」を望んでいた。被害に対して事実確認をしっかり行わず、被害の全容も正しく調査しようとせず、身内に甘い措置を取った「教育長と校長、また教育委員会それぞれの課長等々」は私からしてみれば、非常勤講師に乱暴しようとしたA教頭と同じだった。

組織として、教育機関として、性暴力を許さないという姿勢をきちんと示してほしかった。「組織を形作る、全ての立場に立つ想像力をもつ人たち」が組織のトップでいてほしかった。

鬱屈した気持ちから解放されることを願い、勇気を振り絞って被害を申告したのに、解放されるどころか教育委員会への不信感が加わり、更なる苦しみが増していく。今まで私も教職員の一人として働いてきたのに…。教育行政として教育委員会を信頼していた分、深く傷つき、ひどく裏切られた気持ちになった。

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